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私がアメリカのネオナチ運動に傾倒し 抜け出すまで

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    私が暴力的過激主義に
    背を向け始めたのは22年前になります
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    人種差別主義を非難し
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    自ら立ち上げに貢献した
    アメリカ人白人至上主義者の
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    スキンヘッド運動を抜けました
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    (拍手喝采)
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    当時まだ22歳でしたが
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    14歳で アメリカで最も暴力的な
    ヘイト運動に
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    初期の最年少メンバーのひとりとして
    参加してからすでに8年が経ち
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    その頃にはリーダーの座に
    上り詰めていました
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    でもそういう家庭に
    生まれた訳ではありません
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    実は 真逆だったのです
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    私は比較的普通の子供時代を過ごしました
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    両親はイタリア系移民で
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    1960年代半ばにアメリカにやってきて
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    シカゴのサウスサイドに定住しました
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    そこで2人は出会い
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    小さな美容室を開きました
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    私が生まれてすぐ
    生活が厳しくなりました
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    2人は幼い子供を育てながら
    新しい店をやっていくのに必死で
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    1週間休めなかったり
    1日14時間働くことも
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    めずらしくなく
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    わずかな生活費を稼ぐために
    仕事を2つも3つも掛け持ちしました
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    ですから両親との楽しい時間は
    ほとんどなかったといえます
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    とても愛されていることは
    分かっていたけれど
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    成長するにつれて
    見捨てられた気分になりました
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    孤独を感じ
    引きこもるようになり
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    両親に腹を立て
    激しい怒りを抱えるようになりました
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    そして成長して10代になると
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    両親の関心を引こうと
    やさぐれました
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    そして14歳のある日
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    裏通りに立って
    マリファナタバコを吸っていたら
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    黒いロングブーツを履いた
    私の倍くらいの年齢のスキンヘッドの男が
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    近づいてきて
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    私の口からマリファナタバコを
    奪い取りました
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    そして私の肩に手を置き
    目をじっと見て
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    こう言いました
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    「こんなもの お前を従順にさせておきたい
    共産主義やユダヤ人の連中の
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    思うツボだぞ」
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    私はまだ14歳
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    野球カードを交換したり
    『ハッピー・デイズ』を観ている歳で
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    ユダヤ人が何かも知りませんでした
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    (笑)
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    本当なんです
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    それに私が知る唯一の共産主義者は
    大好きなロッキーの映画に出てくる
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    あの悪いロシア人の男だけでした
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    (笑)
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    今日は皆さんにすべて
    さらけ出す気でいるので
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    打ち明けますが 「従順」という言葉の
    意味も知りませんでした
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    (笑)
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    本当ですよ
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    でも あの裏通りで会った男が
    命綱を渡してくれたかのように感じました
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    14年間 私はのけ者にされている
    いじめられていると感じていました
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    自分に自信がありませんでした
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    正直に言うと 自分が何者で
    どこに属し 何を目的に生きているのか
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    分かっていませんでした
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    自分を見失っていたのです
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    そして 私を勧誘してきた あの男が
    差し出した「命綱」を
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    全身全霊で掴んだ私は
    一夜にして
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    恋愛ドラマを観るような少年から
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    ガチでナチになったのです
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    一夜のうちにです
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    私はナチ演説を聞くようになり
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    それを信じました
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    また この組織のリーダー達が
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    疎外感を感じている
    多感な若者をターゲットにして
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    楽園を約束して引き入れ
    その約束を破る様子を
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    間近で見るようになりました
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    そして私自身も勧誘を始めました
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    ホワイトパワーミュージックを
    作るというやり方でした
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    そして間もなく 私は
    あの日 あの裏道で私を勧誘した男—
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    アメリカ初のネオナチのスキンヘッドであり
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    私を過激化した男が率いる
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    悪名高い組織のリーダーの座につきました
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    それからの8年
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    私は与えられた嘘の数々を信じました
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    そしてまったく何の根拠もないのに
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    ヨーロッパで白人大虐殺が
    起きていると思い込み
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    それを多文化主義的政策で
    助長しているとして
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    世界中のユダヤ人を
    ためらいなく非難しました
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    また 有色人種の人々を
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    街にはびこる犯罪 暴力 ドラッグの
    根源であると非難しましたが
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    一方で 自分こそが毎日のように
    暴力行為を行っていたという事実や
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    多くの場合 市街地にドラッグを
    持ち込んでいるのは
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    白人至上主義者たちであるという事実は
    完全に棚に上げていました
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    そして私は移民を非難しました
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    白人のアメリカ人から仕事を奪っていると
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    一方で 自分の両親も 誰の支援も受けずに
    なんとかやっていこうとしている—
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    働き者の移民であるという事実は
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    完全に無視していました
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    その後の8年で
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    友人が何人か亡くなり
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    何人かは刑務所に入り
    数えきれないほど多くの被害者と
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    その家族の人生に計り知れない
    痛みを与えました
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    運動に参加していた若い女性からは
    おぞましい話を聞きました
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    信頼すべき相手だと教えられた男たちから
    残忍にレイプされたそうです
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    そして私も人々に暴力を振るいました
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    ただ 肌の色が違うという理由や
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    誰を愛しているかや
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    その人が信仰する神が理由です
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    私はもうすぐ起こると思い込んでいた
    人種間戦争のために武器を備蓄していました
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    高校では6回転校し
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    うち4校は退学処分を受けました
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    うち1校からは2回もです
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    そして25年前 私は
    人種差別的な曲を書いて 披露しました
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    それがのちのインターネット時代になって
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    ある白人愛国主義者の若者に影響を与え
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    サウスカロライナ州チャールストンの
    神聖な教会に乗り込み
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    罪のない人々を9人無差別に殺害する
    事件を起こすきっかけの一端となりました
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    しかしあるとき
    人生が変わりました
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    19歳のとき ある若い女性と出会いました
    運動には参加しておらず
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    人種差別主義的のかけらも
    持ち合わせていない人で
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    私たちは恋に落ちました
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    そして19歳で結婚し
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    長男が生まれました
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    その日 分娩室で息子を腕に抱いたとき
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    14歳のときに失った純粋さを
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    少し取り戻しただけでなく
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    そもそも 私を運動に惹きつけた—
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    とても重要な事柄に疑いを持ち始めました
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    アイデンティティ コミュニティ
    そして人生の目的
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    少年時代の私を悩ませていたものです
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    私は再び 自分は何者なのかという
    思いに悩むようになりました
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    私は ネオナチの差別扇動家なのか
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    それとも愛情深い父であり夫なのか?
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    私が属するのは
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    自分に感じた嫌悪感を
    他人に投影したいがために
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    自尊心を高めようとして
    周りに作り上げたコミュニティなのか
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    それとも私自身の体でもって
    命を与えたコミュニティなのか?
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    私の目的は地球を焼き尽くすことなのか
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    それとも家族のために
    良くしていくことなのか?
  • 7:41 - 7:45
    そして突然 まるで
    頭をガツンと殴られたかのように
  • 7:45 - 7:50
    この8年間の自分に対して
    ひどく混乱し始めました
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    もし この時点で
    当時の状況から抜け出す勇気や
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    自分の中で起きていた葛藤を
    理解する勇気があったら
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    悲劇は防げていたのかもしれません
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    代わりに 私は妥協をしました
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    家族のために
    街頭での活動を止めました
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    私が刑務所に入るか死ぬかしたら
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    家族を残すことになると
    不安だったからです
  • 8:18 - 8:20
    そこで リーダーから退き
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    レコード店を開きました
  • 8:23 - 8:27
    もちろん
    ホワイトパワーミュージックを売るためです
  • 8:27 - 8:29
    ヨーロッパから輸入していたのです
  • 8:30 - 8:35
    でも人種差別主義的な音楽だけを売る
    人種差別主義的な店など
  • 8:35 - 8:38
    地域社会が許容しないだろうと
    分かっていたので
  • 8:38 - 8:42
    他の音楽も置くことにしました
  • 8:42 - 8:45
    パンクロックやヘビーメタル
  • 8:45 - 8:46
    ヒップホップなどです
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    ホワイトパワーミュージックの売上が
  • 8:49 - 8:52
    総売上の75%を占めていました
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    ホワイトパワーミュージックを売る
    唯一の店だったので
  • 8:55 - 8:57
    国中から買い手が集まってきたのです
  • 8:58 - 9:03
    そんな中で 他の種類の音楽を
    買いに来る客もいて
  • 9:03 - 9:06
    次第に 話しかけられるようになりました
  • 9:07 - 9:12
    ある日 10代の黒人の少年がやってきて
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    見るからに動揺していたので
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    何があったのか聞くことにしました
  • 9:18 - 9:22
    すると 母親が乳がんと
    診断されたとのことでした
  • 9:23 - 9:26
    この若い黒人の少年とは
  • 9:27 - 9:31
    大した会話や交流をしたことも
    なかったのですが
  • 9:31 - 9:33
    不意に心が通じ合いました
  • 9:33 - 9:37
    なぜなら私の母も乳がんだったので
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    彼の痛みを理解できたからです
  • 9:41 - 9:44
    ゲイのカップルが
    子連れで来たこともありました
  • 9:44 - 9:49
    私自身が息子を心から愛するのと同じように
    彼らも自分たちの息子を愛していることは
  • 9:49 - 9:53
    否定しようがありませんでした
  • 9:54 - 9:59
    そして突然 私は自分の頭の中にあった偏見を
    正当化することも弁解することも
  • 9:59 - 10:01
    できなくなりました
  • 10:02 - 10:05
    ホワイトパワーミュージックを
    売るのは止めました
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    新しい友人たちの前で売ることが
    恥ずかしくなったのです
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    すると当然 店を維持できなくなり
  • 10:11 - 10:13
    閉店することになりました
  • 10:13 - 10:18
    そして同時に
    人生のほぼすべてを失いました
  • 10:18 - 10:21
    私はこれを8年間身を投じた運動から
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    抜け出す機会として利用しました
  • 10:24 - 10:28
    運動は唯一自分がよく知るアイデンティティ
    コミュニティ そして人生の目的でした
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    私には誰もいなくなりました
  • 10:32 - 10:34
    店を畳んだので生計を失いました
  • 10:34 - 10:38
    両親とあまり良い関係ではありませんでした
    あちらは努力してくれていましたが
  • 10:39 - 10:41
    そして妻と子どもは出ていきました
  • 10:41 - 10:45
    運動から足を洗うのが遅すぎたからです
  • 10:46 - 10:47
    そして突然
  • 10:49 - 10:51
    自分が何者なのか
  • 10:51 - 10:52
    居場所はどこか
  • 10:53 - 10:55
    人生の目的は何か
    また分からなくなりました
  • 10:56 - 10:58
    心の中は惨めでした
  • 10:59 - 11:02
    目覚めなければよかったと思いながら
    朝 目を覚ますことも
  • 11:02 - 11:03
    よくありました
  • 11:06 - 11:07
    5年くらいして
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    数少ない友人の一人が
    私の状態を心配して
  • 11:11 - 11:13
    訪ねてきて言いました
  • 11:13 - 11:16
    「何かしなきゃダメよ
    あなたが死ぬのを見たくない」
  • 11:18 - 11:22
    そして自分の勤め先の仕事に
    応募するよう勧めてきました
  • 11:22 - 11:23
    IBMという会社です
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    私も彼女の正気を疑いましたよ
  • 11:27 - 11:29
    (笑)
  • 11:29 - 11:34
    引きこもりで ヘイトタトゥーだらけの
    元ナチですよ
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    大学には行かず
  • 11:35 - 11:39
    いくつもの高校から
    何回も追い出されています
  • 11:40 - 11:42
    パソコンさえ持っていません
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    でも応募しました
  • 11:45 - 11:48
    そしてどういう訳か 奇跡的に
    仕事をもらえました
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    わくわくしました
  • 11:52 - 11:55
    でもすぐに恐怖におののきました
  • 11:55 - 11:58
    昔通った高校に送られると
    知ったからです
  • 11:58 - 12:01
    2度退学になった高校です
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    パソコンを設置するためです
  • 12:04 - 12:08
    かつてその高校で
    私は生徒や設備に
  • 12:08 - 12:10
    暴力行為をはたらきました
  • 12:10 - 12:15
    白人の地位向上を主張して
    学校の前で抗議運動をしました
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    さらには学食で座り込みをして
  • 12:18 - 12:20
    白人学生の自治会設立を要求しました
  • 12:22 - 12:25
    だから 当然の報いだったのでしょう
  • 12:25 - 12:27
    到着して数時間と経たぬうちに
  • 12:28 - 12:32
    そばを通り過ぎたのは
    他でもないジョニー・ホームズ氏でした
  • 12:32 - 12:35
    かつて殴り合いの喧嘩をした
    屈強な黒人の警備員です
  • 12:36 - 12:38
    その結果 2度目の退学になり
  • 12:38 - 12:40
    私は手錠をかけられ
    学校から連行されたのでした
  • 12:42 - 12:43
    彼は私に気付きませんでした
  • 12:44 - 12:45
    でも私は彼を見かけて
  • 12:46 - 12:49
    どうしていいか分からず
    凍り付いていました
  • 12:49 - 12:51
    運動を抜けて何年も経ち
    もうすっかり大人です
  • 12:51 - 12:54
    そんな私が冷や汗をかき
    震えていました
  • 12:55 - 12:57
    でも何かしなければと思いました
  • 12:58 - 13:02
    そして己の過去の重みを背負い
    苦しむべきだと決意しました
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    5年間その重みから
    逃れようとしていたのですから
  • 13:05 - 13:08
    私は新しい友人を作ろうとして
    長袖でタトゥーを隠し
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    過去を認めませんでした
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    自分がかつてしたのと同じように
  • 13:11 - 13:14
    人々に判断されるのが怖かったからです
  • 13:15 - 13:19
    さて その日私は駐車場まで
    ホームズ氏を追いかけることにしました
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    あまり賢い決断じゃなかったかも
  • 13:21 - 13:23
    (笑)
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    彼を見つけたとき
    車に乗り込もうとしていたので
  • 13:25 - 13:27
    肩をたたきました
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    振り返って
    私が何者か気付いた彼は
  • 13:30 - 13:33
    恐れから後ずさりしました
  • 13:35 - 13:37
    言葉が出てきませんでした
  • 13:38 - 13:42
    ついに口から出てきた
    唯一考えついた言葉は
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    「ごめんなさい」
  • 13:44 - 13:46
    すると彼は私を抱きしめて
  • 13:46 - 13:48
    許してくれました
  • 13:50 - 13:53
    自分を許してあげなさいとも
    言われました
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    彼には これが単に
    夢も希望も行き場もない若者が
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    ギャングに入り
    刑務所行きになる話ではなく
  • 14:03 - 14:08
    すべての多感な若者に共通する話なのだと
    分っていたのです
  • 14:08 - 14:11
    アイデンティティや居場所や
    人生の目的を探し求め
  • 14:11 - 14:12
    壁にぶつかり
  • 14:12 - 14:14
    答えを見つけることができず
  • 14:14 - 14:16
    暗黒の道へと進んだ若者の話だと
  • 14:17 - 14:20
    そして一つ約束を求められました
  • 14:20 - 14:23
    聞いてくれる人には誰にでも
    自分の話を伝えるようにと
  • 14:23 - 14:24
    18年前のことです
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    それからずっと実践しています
  • 14:27 - 14:32
    (拍手)
  • 14:37 - 14:39
    疑問に思う方もいるでしょう
  • 14:39 - 14:42
    働き者の移民一家に生まれた
    善良な子が
  • 14:42 - 14:45
    どうしてこんな暗黒の道を進んだのか?
  • 14:45 - 14:48
    一言でいうと「穴ぼこ」でした
  • 14:49 - 14:50
    そう 道端にある「穴ぼこ」です
  • 14:50 - 14:53
    子供の頃 たくさんの「穴ぼこ」に
    つまづきました
  • 14:54 - 14:55
    みんなそうです
  • 14:55 - 14:58
    人生の中で
    それにぶつかったが最後
  • 14:58 - 15:01
    どうしても 自然と
    自分の道からそれてしまうのです
  • 15:01 - 15:03
    それがそのまま解決されず
  • 15:03 - 15:05
    処置もされず
  • 15:06 - 15:07
    放置されたままだと
  • 15:08 - 15:12
    時に 私たちはひどく暗い道に入り込んで
    危険な迷い方をしてしまうものです
  • 15:12 - 15:14
    「穴ぼこ」に当たるものとは
    トラウマだったり
  • 15:14 - 15:17
    虐待 失業
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    ネグレクト
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    未治療の心の病
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    特権さえもありえます
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    そしてもし人生の旅路において
    多くの穴ぼこにつまづき
  • 15:28 - 15:31
    それを迂回したり
    そこから引っ張り出してくれるような
  • 15:31 - 15:33
    手段も助けもなかったら
  • 15:34 - 15:37
    いい人が悪いことを
    してしまうこともあるでしょう
  • 15:40 - 15:43
    そんな一人がダレルです
  • 15:43 - 15:45
    ダレルはニューヨーク州北部出身です
  • 15:45 - 15:48
    私の自伝を読んで
  • 15:48 - 15:50
    結末にとても動揺しました
  • 15:50 - 15:52
    私は運動から抜けており
  • 15:52 - 15:54
    彼はまだ属していたからです
  • 15:54 - 15:57
    こんなメールが来ました
  • 15:57 - 16:00
    「結末が気に入らなかった」
  • 16:00 - 16:02
    私は言いました
    「そうか ごめん」
  • 16:02 - 16:03
    (笑)
  • 16:03 - 16:06
    「でも このことについて話したければ
    ぜひそうしよう」
  • 16:06 - 16:09
    それからダレルと数週間やりとりして
  • 16:09 - 16:15
    彼が31歳の負傷した退役軍人だと知りました
  • 16:15 - 16:18
    イスラム教徒を殺すために
    アフガニスタンに行けないことに
  • 16:18 - 16:20
    とても腹を立てていました
  • 16:21 - 16:22
    ある日 電話で
  • 16:22 - 16:26
    膝まづいて祈るイスラム教徒の男性を
    公園で見かけたとき
  • 16:26 - 16:30
    顔を蹴とばしたくて
    仕方なかったと言われました
  • 16:31 - 16:33
    私は翌日バッファローに飛び
  • 16:34 - 16:36
    ダレルと膝を交えて
  • 16:37 - 16:38
    聞きました
  • 16:38 - 16:42
    「今までにイスラム教徒の人と
    会ったことはあるのか?」
  • 16:42 - 16:44
    彼は言いました「ない!
  • 16:44 - 16:46
    そんなこと したくもない
  • 16:46 - 16:48
    やつらは悪魔だ 関わりたくない」
  • 16:49 - 16:50
    私は「分かった」と言って
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    席を立ち トイレに行きました
  • 16:53 - 16:55
    トイレで電話を取り出し
  • 16:55 - 16:57
    地元のモスクをググりました
  • 16:58 - 17:00
    そしてトイレから
    こっそり電話をかけました
  • 17:00 - 17:04
    「すみません導師 お願いがあります
  • 17:04 - 17:05
    キリスト教徒の人が
  • 17:05 - 17:08
    お宅の宗教についてすごく
    学びたがっているのです」
  • 17:08 - 17:11
    (笑)
  • 17:11 - 17:13
    「伺ってもいいですか?」
  • 17:14 - 17:17
    ダレルの説得に
    少し苦労しましたが
  • 17:17 - 17:19
    最終的にはモスクに連れて行き
  • 17:19 - 17:21
    ドアをノックすると
  • 17:21 - 17:24
    導師は15分しか時間がないと言いました
  • 17:24 - 17:26
    礼拝の準備をしていたからです
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    私は「構いません」と言い
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    中に入りました
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    そして2時間半後に出てきた頃には
    私たちは抱き合って泣き
  • 17:35 - 17:39
    とてもおかしなことに
    なぜかチャック・ノリスで意気投合しました
  • 17:39 - 17:40
    (笑)
  • 17:40 - 17:42
    一体なんだったのか分かりませんが
  • 17:42 - 17:43
    そんなことがありました
  • 17:44 - 17:48
    そして嬉しいことに
    ダレルと導師は今では
  • 17:48 - 17:50
    地元のファラフェルを売る屋台で
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    よく一緒にランチを食べています
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    (拍手)
  • 18:00 - 18:03
    そう 問題はお互いからの断絶なのです
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    憎しみは無知から生まれます
  • 18:05 - 18:09
    「恐れ」が父で
    「孤独」が母です
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    私たちは理解できないものを
    恐れる傾向があります
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    そしてそのまま避け続けていると
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    恐れが増大し
    憎しみへと変わることがあります
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    私は運動を抜けてから
    100人以上に
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    過激派運動や白人至上主義組織から
    抜ける手助けをしてきました
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    (拍手)
  • 18:34 - 18:36
    ジハード主義組織からさえもです
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    私のやり方は
    言い争うのではなく
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    討論するのでもなく
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    君たちは間違っていると
    伝えるのでもありません
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    時々すごくそうしたくなりますけどね
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    でもしません
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    その代わり 彼らを突き放さずに
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    近づいていきます
  • 18:53 - 18:58
    彼らにとっての「穴ぼこ」について
    じっくり話を聞いてから
  • 18:58 - 19:00
    その穴を埋めていきます
  • 19:01 - 19:03
    私は人々が もっと打たれ強くなり
  • 19:03 - 19:04
    もっと自信を持ち
  • 19:05 - 19:09
    市場で競えるスキルを伸ばせるように
    尽力しています
  • 19:09 - 19:12
    そうすることで
    彼らが会ったこともない他人を
  • 19:13 - 19:15
    責めなくて済むようにです
  • 19:16 - 19:20
    最後に 皆さんにお伝えしたいことが
    あとひとつあります
  • 19:21 - 19:24
    私が手を貸してきた人たちは
    全員同じことを言うでしょう
  • 19:24 - 19:28
    まず 彼らが過激派になったのは
  • 19:28 - 19:32
    居場所が欲しかったからです
    信条や教義のためではありません
  • 19:33 - 19:35
    次に そこから抜け出せたのは
  • 19:36 - 19:38
    思いやりを受けたおかげです
  • 19:38 - 19:41
    自分が思いやりを施されるのに
    最も不相応な相手から
  • 19:41 - 19:43
    最も思いやりに値しない時期にです
  • 19:43 - 19:45
    (拍手)
  • 19:45 - 19:47
    皆さんに課題を出して終わりたいと思います
  • 19:48 - 19:51
    今日 明日 できれば毎日
    外に出て
  • 19:52 - 19:57
    あなたからの思いやりに
    値しないと思う人を探して
  • 19:57 - 19:58
    思いやりを与えてください
  • 19:59 - 20:00
    彼らこそ 間違いなくそれを
  • 20:00 - 20:02
    一番必要としているからです
  • 20:03 - 20:04
    ありがとうございます
  • 20:04 - 20:06
    (拍手)
Title:
私がアメリカのネオナチ運動に傾倒し 抜け出すまで
Speaker:
クリスチャン・ピッチョリーニ
Description:

14歳のとき、無邪気な少年だったクリスチャン・ピッチョリーニは白人至上主義者に、そしてすぐにアメリカ初のネオナチスキンヘッド集団のリーダーになりました。では、どのように過激化し、そしてどのようにして最終的にこの運動から抜け出したのでしょうか? この思い切ったトークでは、あらゆる形の「ヘイト」(特定の集団に憎悪を向けること)について、ピッチョリーニが驚くべき、かつ反直感的な解決策を示します。

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Video Language:
English
Team:
closed TED
Project:
TEDTalks
Duration:
20:18

Japanese subtitles

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