-
1978 年
『スペースインベーダー』が大ヒットした
-
だがゲーム業界全体がタイトーの成功を真似ることに
強く集中していた中で
-
ある開発者は全く違うことを
やることにしたのだった…
-
岩谷徹は 1977 年
ナムコに入社した
-
彼はピンボールマシンに
夢中だったので
-
『ジービー』や『キューティQ』などの
ピンボール形式のアーケードゲームを制作した
-
だがこの若いゲーム開発者は自分のゲームが
稼働しているゲームセンターを見て落胆した
-
そこは薄汚れた臭い場所で
少年や野郎しかいないように見えたからだ
-
岩谷は「当時出回っていた
コンピュータゲームは——」
-
「戦争ゲームやスペースインベーダー型といった
暴力的なものばかりでした」
-
「みんなが楽しめるゲームはありませんでした」
と述べる
-
そこで彼は女性やカップルに受けそうな
ゲームを作るために
-
可愛いグラフィックス、明るい色
非暴力的なテーマを使うことを考えた
-
そして 1980 年の夏、岩谷とナムコは
『パックマン』を世に出した
-
岩谷徹は「食べること」をテーマに
企画を始めた
-
パックマンは日本語の
「口」を横にしたものと
-
一枚欠けた「ピザ」
-
そして食べる擬音語である
「ぱくぱく」が融合したものだ
-
パックマンは迷路を探索してドット、巨大クッキー
ボーナス得点のフルーツまで食べる
-
フルーツは一定間隔で
画面中央に出現するが
-
これはスペースインベーダーの
UFO に似ている
-
そして岩谷は敵を導入した
-
敵はゴーストだったが、親しみやすく
カラフルで、個性にあふれていた
-
目的はゴーストを避けながら
同時にドットを食べることだ
-
パワークッキーを食べて
形勢を変えることもできる
-
このゴーストは恐らく
パックマン最大の発明だろう
-
プレイ中、ゴーストは本当に
プレイヤーを追ってるように見える
-
パックマンをただ尾行するわけでも
ランダムに動くわけでもない
-
チームで活動できるほど賢く
戦術的な作戦を展開する
-
これはパックマンが当時としては非常に高度な
人工知能システムを備えていたからだ
-
『スペースインベーダー』の
単純な横移動や
-
『Frogs』の予測しやすい
蝶々の動きのことを考えてくれ
-
このゴーストは別格だった
-
まず、ゴーストは
3つの異なる状態を遷移する
-
「追跡状態」では
パックマンを追いかける
-
「分散状態」では諦めて
画面の隅へ移動する
-
パックマンがパワークッキーを食べると
「イジケ状態」になって逃げ回る
-
これは「有限状態機械」と
呼ばれている
-
これは AI キャラが異なる動作状態を
遷移することだ
-
『Batman Arkham Asylum』を
考えてみてくれ
-
敵の警備員の行動パターンは
待機中、不審な動きへの反応
-
バットマンと積極的に交戦
ビクビクしながら捜索のどれかだ
-
基本的な考えは同じだ
-
だがこの3つの状態を詳しく見ると
パックマンのウルトラ聡明な設計の理解が深まる
-
「追跡状態」から始めよう
-
各ゴーストは独自の方法で
パックマンを追いかける
-
4体のゴーストにはそれぞれ独自の目標があり
目標への最短ルートを探し続けている
-
これは交差点ごとに決めている
-
これを視覚化するためにパックマンのコードが動作する
マス目システムをお見せしよう
-
赤ゴーストのブリンキーは
パックマン自身が標的で
-
最も攻撃的で
予測しやすい敵になっている
-
ピンキーは
パックマンを先回りしようとして
-
パックマン正面の
4マス先にある地点を目指す
-
青色のインキーの目標地点は独特で
-
ブリンキーとパックマンの正面2マス目との間に
直線を引き
-
その線を2倍に伸ばした先へ移動する
-
最後はオレンジ色のクライドだ
-
この内気な幽霊はパックマンの方へ向かうのだが
半径8マス以内に近付くと
-
怖くなって左下の角まで逃げていく
-
この魅力的なシステムでは
ゴーストの動きを予測するのは難しいが
-
ひどくランダムなわけでもない
-
時間をかけてゴーストの動きを学習して
戦略や戦術を作ることができる
-
また無限のリプレイ性が得られる
-
『スペースインベーダー』とは異なり
遊ぶたびに全く違う状況になるからだ
-
だが最も巧妙なのはゴーストが
協力しているように見える仕組みだ
-
赤とピンクのゴーストが背後から近付いて
パックマンの正面に現れると
-
挟み撃ちのように見える
-
さらに青とオレンジのゴーストは
その周りで動いている
-
ゲームの AI キャラは
今でも納得感のある連携に苦労しており
-
複雑な黒板システムを使って
ユニット間で情報共有したり
-
特殊エンティティを作って
敵の部隊全員に命令を割り当てたりしている
-
パックマンは何十年も前に、非常に単純なルールで
協力という錯覚を実現したのだ
-
次は「イジケ状態」だ
-
パックマンが4つあるパワークッキーの1つを取ると
突然身を守れるようになり
-
ゴーストは怖気づく
-
パックマンはゴーストを食べることが可能になり
中央の塀へ送り返してプレイヤーは得点を得る
-
無敵で制止できない敵を
最終的に撃破するというアイデアは強力で
-
今でも『バイオ RE2』などで見られる
-
逃げ回った後でついに Mr. X を倒すと
最高の喜びが得られるのだ
-
現在、パワークッキーは
かなり普通のことに思える
-
だが当時はこれが新発見だったのだ
最も初期のパワーアップだったからだ
-
ひょっとしたら
一番最初かもしれない
-
「プレイヤーキャラに一時的な利益や能力を
付与する収集可能な物体」として定義され
-
パワーアップは瞬く間に
ゲーム設計の必需品になった
-
『ドンキーコング』でハンマーを掴めば
一瞬で「樽叩き愛好家」になるだろう
-
また『Super Mario Bros.』のキノコとフラワーは
ダメージを受けるまでパワーを付与する
-
一時的な強化といえば
『ソニック』でアイテム箱を破壊したり
-
『Doom (2016)』で
バーサーカー状態になるのも同じだ
-
各マップのパワークッキーは4個だけなので
その有効性と得点を最大化するためには
-
よく考えて食べていく必要がある
-
またクッキーは「有力と無力」を往復する
素晴らしいリズムを作り出す
-
ペースは絶えず変化し
ゴーストの最後の状態でもそれは確認できる
-
「分散状態」だ
-
ゴーストは時々
パックマンを追い続けるのを止めて
-
画面の隅へ散るように命令される
-
このアイデアの目的は
プレイヤーに休息する機会を与え
-
持続する緊張感を解消して
瞬間的にホッとさせることだ
-
「パックマンのような人間が
絶えず包囲され続け——」
-
「追い詰められるのはかなり疲弊するだろうと
感じました」と岩谷は話す
-
「そこで敵が断続的に襲うようにしました」
-
「攻撃した後は退却します」
-
「時間が経つと再結集して攻撃し
また解散するのです」
-
「攻撃がずっと続くよりも自然に思えました」
-
こうした変調は
かなり後の『Left 4 Dead』でも見られる
-
AI Director はゾンビがプレイヤーをいつ襲って
いつ解放するのか決定し
-
緊張と安堵の波を作り出している
-
岩谷がパックマンを寛容にした方法は
他にもある
-
別の例では、パックマンが交差点を
数ドット過ぎた所でスティックを動かしても——
-
プレイヤーは角を曲がることができる
-
これは「コヨーテ・タイム」に似ている
足場の端から飛び出ていても
-
ジャンプできるようにする
システムだ
-
「楽しいゲームを作ることは開発者として
自己満足することではありません」と岩谷は説明する
-
「実際に遊ぶ人たちが全てなのです」
-
「ゲームを設計するときに一番重要なことは
このゲームを遊ぶ人のことを把握し」
-
「その人がどう感じて、どう反応するのかを
理解することです」
-
「彼らの心の働きを本当に理解することなのです」
-
「追跡・分散」の変化と「有力・無力」の往復を
組み合わせることで
-
パックマンはテンポを絶え間なく変化させ
ゲームの繰り返し感を防いでいる
-
ここにさらに難易度曲線が加わる
-
『インベーダー』と同様にパックマンの
難易度はレベルの経過とともに上昇する
-
赤色のブリンキーは
一定数のドットを食べた後は速度が上がり
-
残り 20 ドットになると分散状態にならず
常に追いかけてくる
-
他の3体は最初の2回は7秒間
分散して
-
次の2回は5秒間
その後は永久に追い続ける
-
またこれも『インベーダー』と同様に
各レベルは前より要求が厳しくなる
-
ゴーストのイジケ時間はどんどん短くなり
パックマンは移動が高速化して操作が難しくなる
-
ゴーストが塀にいる時間も短くなる
-
このようにパックマンは前回の動画で見た
難易度曲線を完璧に捉えているのだ
-
パックマンはステージの間にも
革命的な特徴がある
-
「カットシーン」だ
-
この魅力的なアニメは開発者がプレイの途中に
非操作性の映画を入れた最初の例の1つで
-
その後のビデオゲームの
全ての物語的要素の前身になるだろう
-
同僚からは「時間とリソースの無駄だ」と
不満の声があったにもかかわらず
-
岩谷はパックマンには休憩時間が必要だと確信していた
彼は「コーヒーブレイク」と呼んだ
-
これはプレイヤーに手を休める機会や
緊張の後の平穏を提供し
-
何よりも重要なのは、この出来事に
キャラと物語の感覚を加えたことだ
-
パックマンの真の遺産とは
彼が最初のビデオゲームキャラだったことだろう
-
それ以前のゲームは
無生物の宇宙船や自動車
-
図形の卓球ラケットや
名無しの人間として遊んでいた
-
だが今では名前も顔も
個性もある主人公がいる
-
彼はゲーム史上初のマスコットだった
-
Qバート、マリオ、クラッシュ・バンディクーより
ずっと前のことだ
-
よく考えると、日本の会社がゲームキャラの登場に
貢献したことは驚きではない
-
日本でのマスコット、非人間の重要度
アニメに対するこだわりがその理由だ
-
日本と海外、両方のアニメだ
-
だからパックマンのドタバタ行動は
『トムとジェリー』の影響だし
-
パワークッキーの形勢逆転は
『ポパイ』に着想を得たものだ
-
彼はホウレン草を食べて超強くなる
-
そしてゴーストは『オバケのQ太郎』と
米国の『キャスパー』から着想を得た
-
岩谷曰く「当時の北米ではゲームと言えば
カーレースか戦争ものでした」
-
「彼らが現実世界を真似たゲームを求めた一方で
日本はおとぎ話を求めていたのです」
-
本作の最初の稼働(ロケテスト)は
1980 年 5 月 22 日
-
東京都渋谷区の映画館だった
-
当初は『Puck-Man』と呼ばれていたが
日本での評判は微妙だった
-
そこのゲーマーは主に
ナムコの別のゲーム…
-
インベーダー系シューターでお馴染みの
『ギャラクシアン』を好んだ
-
米国では Midway 社が『インベーダー』の契約に
成功した後、新たなアーケードを探しており
-
『ギャラクシアン』と『Puck-Man』の
両方を手に入れた
-
だが悪ガキのいたずら防止のために
名前を『Pac-Man』に変えた
-
文字通り世界の誰もが知ってるトリビアだが
僕は言及するしかなかった
-
コメント欄で「忘れてるよ」と
指摘されるのを防ぐためにね
-
YouTube を見てるなら
分かるだろう
-
「ええ 驚きだわ」
-
パックマンはその後 1980 年 10 月に
米国のゲームセンターで稼働して
-
すぐに大成功を収めた
-
最初の年で 10 万台以上の
筐体が販売され
-
プレイヤーは 10 億ドル相当の
25 セント硬貨をつぎ込んだ
-
ビルボードの順位表には
パックマンの楽曲があり
-
お店にはパックマンの関連商品があり
テレビ番組さえもあった
-
『インベーダー』同様 Atari はパックマンの
移植権を Atari 2600 用に獲得した
-
だが品質は最悪だった
-
ゲームを性別不問にするという岩谷の努力が
本当に成功したかどうかは不明だが
-
『How to Win at Video Games』という本では
本作の男女比は「女性 60%、男性 40%」としており
-
岩谷自身も女性に人気があったと述べている
-
Midway が『Ms. Pac-Man』を作ったのも
それが理由だろう
-
この準続編は
恐らくナムコの承認なしで作られ
-
パックマンに新しい遊びと
さらに優れた AI をもたらした
-
それだけでなく、リボン、口紅
バラ色の頬、ハイヒール、まつ毛も…
-
「リボンの私はパックマン以上」
-
続編もたくさん出た アクションの『パックランド』は
実は『Super Mario Bros.』より前だ
-
3D っぽい『パックマニア』
-
奇妙な物語の『パックワールド』家庭用機版
-
病みつきになる『Pac-Man 256』
-
凄いネオンに刷新した
『パックマン CHAMPIONSHIP EDITION』は
-
岩谷自身が監修している
-
そして『インベーダー』と同様に
大量のパックマン型ゲームがその後何年も発売された
-
セガの
『Ali Baba and 40 Thieves』
-
Rock-Ola の『Nibbler』
-
Data East の『Lock 'N' Chase』
-
Universal Games の『Lady Bug』
-
また Magnavox のオデッセイには
著しく図々しい『K.C. Munchkin!』があり
-
Midway と Atari は 著作権侵害訴訟で
これに勝訴した
-
これはゲーム業界初の訴訟の1つだった
-
そして迷路ベースのゲームは
一時的に人気が急上昇した
-
だがパックマンはインベーダー系や STG のような
長く残るジャンルを確立しなかった
-
とはいえ、その遺産は驚くべき場所で
発見できる
-
ナムコの『ドルアーガの塔』は同じハードで動く
ファンタジーパックマンだったし
-
『ゼルダの伝説』にも決定的な影響を与えた
-
John Romero は『Wolfenstein 3D』や『Doom』の
ステージ設計の影響としてパックマンを挙げている
-
また小島秀夫はパックマンと『Metal Gear』の
脅威から逃げるという類似性を指摘する
-
パックマンを振り返ると
本当に目指していたのは単純さだった
-
岩谷は優れたアーケードゲームの
設計についてこう語る
-
「プレイヤーは即座に要点を掴むべきです」
-
「ゴルフを初めて見ると
ボールが穴へ入ることが分かります」
-
「任天堂の Super Mario Bros. やピンボールマシンも
同じです 何をすべきか分かるのです」
-
これはパックマンも同じだ
ドットを食べてモンスターを避ける
-
誰かの肩越しに画面を見ればすぐに分かるし
言葉も文化的図解も不要だった
-
本作は男女問わずプレイヤーを魅了した
-
漫画風のアート、カラフルなグラフィックス
楽しいカットシーンを使ったからだ
-
彼らが「自分も遊べるぞ」と自信を持ったのは
ルールが明確で操作が単純だったからだ
-
だが一旦始めると夢中になった
それは革命的な人工知能や
-
形勢が変わる展開や
完璧な難易度曲線
-
これらのおかげで
止めるのが難しかったからだ
-
その結果、パックマンは世界的な現象となり
史上最も認知されたゲームキャラの1つになった
-
そして非常に簡単に
「デザインアイコン」になったのだ
-
(字幕翻訳:Nekofloor)