光あれ 隠れようとしてもできない 夜の男が1人 むなしく誰かを求めている 空っぽの部屋で 誰かとつながりを求めている 青ざめた月灯りの下で 悪魔と踊ったことは? ♪♪♪ この男だ この男だ この男だ その男は演じていた その男は隠れようとしていた ♪♪♪ 準備はいい? 前向いてて アレックス どう? はい 大丈夫 手が届く 私も オーケー てっぺんができたからもう大丈夫… ♪予兆的なジャズ♪ このキャラクターや  イメージやオブジェは 夢の世界に存在します ♪特徴ある電子音楽♪ 心をできるだけ解放したいけれど 簡単にはいかないので  こうやってキャラクターを研究し キャラクターとともに 時間をすごしてみます “なれるかどうかわからないけど やるだけやってみる” 私が影響を受けた 過去の人物と私の間には 距離があります 平面的な記号である アイコンに対して どう奥行きを与えるのか? つまり 私が憧れる人や 私を困惑させる人に 奥行きを与えたい 出来た 待って 肩まであるんだっけ? そうだよ アーティストへの道のりは 長く曲がりくねった 道でした 20代のはじめは アニメーションを学んでいました でもそこから先 どう進んだらいいかわからず 彫刻をつくりたくても 方法を知りませんでした 彫刻を作る人たちはみな 木や金属の工房で作業しますが そういう場所が私には不安でした ゲイの若者にとっては 落ち着ける場所ではなかった そんな行き詰まりのような 時があって そこで… 自分がつくりたい彫刻について ゆっくり考えてみました 私は祖母を手本に 縫い物を始めて 大きなケチャップの 瓶をつくりました ♪夢ごごちなアンビエント♪ 私は過去のパフォーマンスを 再現して撮影しました クレス・オルデンバーグが 歯磨き粉を抱えて街を歩く 写真の再現です ただしケチャップの瓶で 私はフィラデルフィアの街を 大きなケチャップの瓶を抱えて 歩きました それが私の彫刻の入口となり そして 縫うことは私の 強力な手法になりました ♪♪♪ この包み込むというアイデアー 固そうなものをソフトにする 私のやり方は マチズモを一段下げて こういうのです “もっとやさしいやり方があるよ もっとやわらかいやり方で 人間を理解できるよ” と ♪♪♪ 私とスタッフは みな同じ作業をして 同じ志を持っています 新しい未知のものに向かって働く 人々が集う コミュニティです これが最後どうなるのか 誰にもわかりません だからこそみんな 日々スタジオに通って わからないことに ただ没頭するのです これがどうなるか見てみよう ♪♪♪ 明日には変わる それが 狙いだ ♪♪♪ これはクレス・オルデンバーグの 《マウス・ミュージアム》の複製です 彼はドクメンタに向けて 制作しました 私は昔からこうしたモノに 囲まれるのが好きでした プラスチックの小さなオブジェたち 小さい頃からたくさん 集めていて 部屋にはそういうモノで 溢れたバケツが たくさんありました こうしたオブジェや 私が作った小さな彫刻は どれも私にとって重要なものです いわば私の彫刻言語を 構成しています ただしミニチュアサイズで この小さなビッグバードは メトロポリタン美術館で展示した 大きな作品の原型のようなもの 複製による私の作品は 複製では終わりません なぜなら 複製をコラージュして 新しい世界に送り出すこともまた 重要だからです ♪明るい環境音楽♪ それによってキャラクターや イメージやオブジェは ロジックが刷新されたか 一時停止した世界に またはスローダウンした 或いは裏返しの世界に存在して それまでの認識や道理は 宙吊りにされます アーティストを目指していた はじめの頃は ディズニーの世界を 作っていると思っていました このマジカルな世界に 参加したかったのです 自分がいてもいいと思える場所に ピッツバーグとジャージーの 郊外で育ちました ベネズエラのカラカスにも いました 引っ越しが多かった少年は いつも落ち着かなかった おそらくそのせいで 夢見がちになりました 一つの場所から次の場所へ 引っ越しを繰り返しながら ここが住処と思える場所を 求めていた それは現実の世界にはない 心のどこか遠いところに ある場所でした ♪♪♪ 今作っているこの家は 無数の断片からなります いろんな場所のコラージュであり また多様なバージョンの 私自身でもあります ♪♪♪ 人はどうやって前を向きながら 過去を理解し どこから来たかを知るのか? この展示室をよく訪れます ブランクーシの部屋 ブランクーシについて いつも思うのは この彫刻のように てっぺんから床まですべてが ひとつだということです 基礎や台座も 実は作品の一部である それを私はこう解釈します 我々のルーツや歴史は 現在に大きく関わっていて いま見えているものに 影響を与えていると そして改めてこの作品に どのように応答して 紐解いていけるかを考える これらの作品に囲まれながら 思うことは “ブランクーシの時はうまくいったけど いま自分はどうしたらうまくやれるだろう? 折り合いをつけよう” ♪♪♪ ♪あなたを見た時に…♪ ♪あの娘と話してるのを…♪ ♪♪♪ では回します よーい… … アクション カットして別バージョンにしよう ああ 部分的に使える やり直す? それとも続ける? もう一回やろう 了解 いいね ♪ソフトなピアノ曲♪ 今日アレックスが撮影してるのは マルセル・デュシャンが女装した ローズ・セラヴィのシーンです デュシャンが創作した 想像上のペルソナが ピンクのスポットライトの下で 歌うところを演じます 両親はこっそり私にたずねます “これにはどんな意味が?”(笑) “なぜケチャップなの? なぜこのキャラクターなの?” 私はこう答えます “いっしょにいると安心なんだ” どんなに奇妙な アイデアだとしても 人間であることの意味や その核の部分についてー 確かに語っている そこが私には大切で 作る理由や方法の 原動力になっていると 思うのです ♪なぜ鳥たちは♪ ♪とつぜん現れるの♪ [拍手] ♪いつも♪ ♪あなたがそばにいるときは♪ ♪ウー ベイビー♪ ♪私と同じ♪ ♪鳥たちも…♪ 本来の自分と こうなりたい自分 または かつての自分との 境界線を歩きながら いつも掛け合っています なんども掛け合う それらがいつか 完璧な人間になれるまで すべて理解したわけではないけれど 知っています 人がなにかを世界に送り出す その理由はー 質問したいから 新しいことを知りたいから ♪♪♪ ♪だから♪ ♪エアリーなアンビエント♪