「ヒッチハイカー」
人知を超えた5次元がある
そこは宇宙ほど広大で
無限ほどに時がない
光と影の中間地で
科学と迷信の間にあり
人間の恐怖の穴と
人知の頂点の間にある
これは想像の次元であり
そこは我々がTゾーンと
呼ぶ領域である
彼女の名はナン・アダムス
27歳
職業 NYデパートでの買主
現在休暇中で 国を横断し
カルフォルニア州LAから
マンハッタンまで走行中
速度はいくらだった?
う〜ん 90から100キロくらい
パンク スリップ痕
軟な路肩
時速100キロじゃ
今頃天使の脇にいますよ
本来なら修理工を
呼んでなかった筈だ
誰かが霊柩車を呼んだ筈だ
町までついてきて
新しいタイヤで直せるか
見ますよ
有難う
ペンシルバニアの11号線に
おける小事
おそらく
「無傷で立ち去る事故」として
しまい込まれるもの
だがこの瞬間から
N・アダムスのカルフォルニアへの
旅は恐怖となる
経路は恐怖
目的地は全く未知
呼び出しに5ドル
タイヤに22ドル10セント
税金2ドル60セント
全部で29ドル70セントです
葬式より安いわよね?
全くその通りですよ
はいどうぞ
お釣りです
他のタイヤも調べたけど
大丈夫そうだ
どうかした?
いいえ
何でもないわ
ただ見てただけ あの...
あのヒッチハイカーを
どのヒッチハイカー?
もういないわ
乗せて貰えたのね
多分
だけど変ね
さっき彼を見たわ
タイヤ交換の時に
僕達が通り過ぎてすぐ
乗せて貰えたのかも
そうかもね
いろいろ有難う
どう致しまして
どうぞ安全な良い旅を
有難う
80キロ先でまた彼を見た
更に又 バージニアの
長い真っ直ぐな道で
ただ立ってるだけで
実際に脅してはいない
どちらかといえば さえなく
少し内気な
みすぼらしく
愚かにみえるかかし人間
彼のことを何も考える
べきでないのだが
偶然の一致なのだ
私がどこへ行っても
彼がいるという事実
どこで止まっても 彼が見える
どんなに遠く どんなに速く
行っても
彼は私の前方にいる
今有料高速道路にいる
理由は分からないが
私はおびえている
その対象とほぼ同じ位曖昧な恐怖
本当は恐怖でないのかも
むしろ不安感なのかも
どこか少しおかしいという感じ
あやふやだ
そのヒッチハイカーがそうだから
彼は不明瞭なのだ
彼は何故いつもいるのかしら
何故彼をまけないのかしら
この辺にヒッチハイカーは
多い?
ヒッチハイカー ここに?
まれ?
まれでもないだろ
高速道路でヒッチハイクする
人はばかだろ
見てみろよ
何十キロも真っ直ぐな道で
実際上速度制限なしだ
そんな状態で誰が
車を止め人を乗せる?
あんたは乗せるかい?
いいえ 乗せないわ
高速道路の始点では
乗れるかもな
ほら 多分料金所とかではな
だがそれでもかなり長い
距離になる
大抵の車はそんなに長く
人を乗せたくないだろよ
しかもこの辺は寂しいところだ
平原 山々 そういうね
ヒッチハイクの誰も
見なかったろ?
ええ! そんな人は見なかったわ
ただ思ってただけなの
どうかしたのか?
分からない 私--
私は--
ただ思っていたの--
車で走るのをやめられたら
いいなと
とても--
あの車がいやだわ
少し待って
前は工事中なんで
分かった
西へ向かう?
いいえ!
西へ行かないの
ごめんなさい
西じゃないわ
道を少し進むだけよ!
どこへ行く?
今はもう恐怖は曖昧じゃない
恐怖は無形ではなく
実体がある
彼は私を手招きしていた
あの安い粗末なスーツの
細い陰気な男は
私を手招きしていた
私を渡らせたがった
私を死なせたがった
今はそれが分かる
どうすべきか分からない
向きを変えNYに戻るべきか
先へ進むべきか
頭にはがんがん思いが打ち込まれ
嫌な 脅えた思い
明日とその翌日の予測
平原を走り
砂漠を走る
とてつもなく
悪夢のように一人で
そしてまた彼を見るのだ
迂回路でも
鉄道の踏切でも彼に会う
赤信号で私を見てる
どうしたらいい
どうしたら?
どうしたらいいか分からない
もう三日三晩走ってる
テネシーを過ぎアーカンソーへ
三日三晩
食事に止まり
また走る
食事に止まり また走る
食事に止まり--
同じ繰り返し
名前も知らず町を過ぎる
形のない風景
もう旅ですらない
逃走だ
80号線はもう公道じゃない
逃走路だ
私は進み続ける
一つだけ意識して
目的地に着かなくちゃ
あのヒッチハイカーを
近づかせないと
4日目
ニューメキシコの途中で
ヒッチハイカーをまこうと
脇道に入った
夜の11時に
エンジンが止まった
私は運転席に座り
恐怖に凍えた
ガス欠!
お願い 誰か!
お願い 誰か 助けて!
何だ?
どうした?
何の用だ?
ガス欠なの
車はすぐそこの
1キロ位にあるわ
明朝来たら
やってあげるよ
お願い!
一晩中ここにいられないわ
ガソリンが欲しいの
もう真夜中を過ぎてる
11時を少し過ぎただけよ
ここは9時に閉店してるよ
お願い!
ガソリン一缶を
一人でここにいられないの
そこに怪しい男がいるのよ
どういう男だ?
彼はどうしていた?
ええと
あ 何も 私--
私--
彼は-- ただ立ってて
ずっと--
いつもこの男を見てきたの
だけど彼はただいるだけで
何もしないわ
そんなので眠ってる最中に
人を起こすなよ
強盗しそうで 私--
強盗されたら また来てくれ
保安官を呼ぶから
いや 助けて お願い
君?
はい
私のことね
私だわ
こんなに遅く外で
どうしたの?
ここで働いてるの?
君の家?
いいえ
ガス欠になったの
すぐそこの道なんだけど
彼はガソリンをくれないの
車を見たよ
キーをつけたままだった
この近くに住んでるの?
いやいや
休暇から帰る途中だ
どこへ?
船に戻る
サンディエゴ
そこに船がある
そこへ行くんだ
サンディエゴへ
車に乗らない?
冗談か?
いいえ 本気よ
サンディエゴまで乗せて行くわ
一緒に乗ってくれる?
望むところだ
是非乗せてもらうよ
でもガソリンがないわ
手配しようよ
ここの人は?
寝てるの
じゃ起こそう
おい ここにお客がいるぞ!
靴を脱いでいいかな?
足が熱くて
ええ どうぞ
有難う
ね ずっと考えてるんだ
目が覚める
夜中に
車もなく 何もない
誰に会うか?
映画スターのような女性だ
船の仲間に話したら
一人でも僕の話を信じると
思うかい?
「一人でも信じるか」と
言ったんだよ
宣誓供述書を書くわ
それに署名する公証人を
得られるわ
よくヒッチハイクするの?
大抵は休暇の往復にね
この広原ではちょっと厳しいね
トラックは大丈夫だ
乗せてくれる
だが君は乗用車で困ってた
乗用車の大抵の人は
夜にヒッチハイカーを乗せないよ
そうだと思うわ
ねぇ もしも
うまく速い車に乗れたら
別の車の 別の人より
きっと速く行けるわね?
そうだろな
たとえば 私だけど
国を時速70キロ位の
一定速度で
横断してるとして
道端で乗せてくれるのを待つ
あなたのような人が
次々と私より先に町に着く?
もし彼が100キロから110キロで
走る車に毎回乗せて貰えたら?
あり得るかしら?
そうだろな
そうかもしれないし
そうじゃないかもな
だからどうなんだ?
どうもしないわ ほんと 私
ただ馬鹿げたことを
考えてるだけなの
そうだな
だけど暇潰しにはいいと思うよ
どうなってる?
どうした?
あの男を見た?
誰?
きっと見た筈よ
道端に立ってる人よ
誰も見なかった
何もなかったよ
道から外れる気か?
細い陰気な男よ
誰も見なかった
君は疲れすぎてるんじゃないか
誰も見えなかった-- 何も
私は見たわ
僕と運転を代わった方がいいよ
あなたは今度は見た筈よ
いや 誰も見なかった
君はどうしようとしてたんだ?
彼を轢こうとしてたの
えっ?
そうよ 轢こうとしてたの
殺せたら 彼を止められるかと
思ったの
どこへ行くの?
特にどこでもない
ただ消えるだけ
この車と僕の間に―
距離をおくどこでも行くよ
行かないで ただ私--
自分でもどうしたのか--
行かないで
僕は無事に船に戻りたいんだ
君と一緒じゃ--
戻れる保証がないよ
行かないで 今度は注意して
運転するから 約束するわ
悪いね ほんとに
だが失礼するよ
だめよ 分かって
お願い
サンディエゴまで連れて行くわ
波止場まで行く
約束するわ
有難う
だが 結構
ね あなたが好きなの
ほんとにとても好きなの
だから乗せたの--
好きだから
友達になれると思ったわ
デートをしたいとも
本当よ
お願い?
済まないけど
ああ お願い お願いよ!
気が変だと思ってるんでしょ
だけどこの男を見てきたの
彼は国中ずっと私についてるの
浜に着くまで一緒にいて
行かないで!
お願い?
靴をくれ
いいかい
君に必要なのは
よく眠ることだ
必要なのは男友達じゃなく
よく眠ることだ
じゃあな
やめて!
行かないで!
行かないで...
今ツーソン近くの食堂の外にいる
外に電話があり
家に電話するところだ
ニューヨークの
母に電話をかけるの
馴染みのある人
愛する人と話ができる
私に現実を戻してくれる人と
声だけでも
気が変にならずに済む
暖かい馴染みのある声
NYの自宅に電話したいの
私はナン・アダムス
電話番号はトラファルガー41098
もしもし お母さん?
こちらはアダムス夫人宅です
どなたにおかけですか?
あなたは誰?
ウィットニーです
ウィットニーさん?
ウィットニーさんって知らないわ
そちらはトラファルガー41098?
はい そうです
母はどこ?
アダムス夫人はどこ?
まだ入院中です
神経衰弱で
神経衰弱?
だけど母はどこも悪くないわ
神経衰弱ってどういうこと?
娘さんの死から始まったんですよ
娘の死?
どう--どういうこと
娘の死って?
あなた誰?
これどこの番号?
ほんとに急なことで
ナンがペンシルバニアの
交通事故で
丁度6日前に死んだんです
タイヤが破裂し
車が引っくり返ったんですよ
とても変
もう恐怖は去っていた
私は麻痺し 何も感じない
まるで誰かが体のプラグを
抜いたようで
全てが 感情 感覚
恐怖が 出てしまった
今や私は冷たい殻だ
今は周りの物に気付いている--
アリゾナの茫漠とした夜
暗闇を見下ろす星々
前方には何千キロも伸びる
何もない高原--
山々 大草原 砂漠
そのどこかで
彼は私を待っている
どこかで
彼が誰か私は発見する
私は発見するのだ
彼が何の用か発見する
だが今
初めて
夜を眺めながら
私は知ってる気がする
私は知ってるのだ
君は行くんだね
私と同じ方へ?
ナン・アダムス
27歳
カルフォルニアから
LAへ走っていた
彼女は着けなかった
迂回路で
Tゾーンを通ったのだ