これからするお話の中では抽象という言葉をよく使いますから、 ここでこの言葉の定義をしてみたいと思います。 更に大事なことは 抽象という言葉を感覚としてつかむことです。 抽象(abstract)という言葉は形容詞で、 例えば抽象観念とか 抽象画などと言いますね。 また、動詞としても使います。 抽象化するとか、様々な考え方から ひとつの考え方を抽出する、という時にも使います。 更に名詞としても使います。 要約(アブストラクト)などがそうですが、 名詞として使う場合、 私がよく使うのは、 論文のアブストラクト、つまり、 論文の要点を抽出したものです。 つまりその論文の概要です。 この抽象という言葉は、 どんなふうに使おうが、 どのような文脈で使おうが、 常に、現実の世界にあるものの 特徴を表すものであるという共通点があります。 名詞、形容詞、動詞として使う場合にもそれは同じです。 さて、こちらを現実の世界、 現実の世界です。 そしてこちら側が 観念や概念の世界です。 一般的に、抽象とか 抽象化するという場合、 現実の世界にある、 ある物を、 考えや概念に置き換えることをいいます。 私の場合、抽象ということを最も具体的に、 抽象的なものを具体的に、というと矛盾しているようですが、 最もわかりやすい方法は、 ある形を考えるのです。 では、身の回りにある立方体を考えてみましょう。 スター・トレックに出てくる ボーグ・キューブや、 サイコロでもいいですね。 立方体ということですから、 サイコロを二つ描きましょう。 サイコロ一組、 こんな感じです。 ルービック・キューブでも結構です。 何でも、結構です。 例えば、立方体の建物もありますね。 立方体の建物です。 あるいは家の中に立方体の箱があるかもしれません。 さて、あなたは今一般的な立方体を思い浮かべているでしょう。 私が考えているような立方体です。 このように、一般化するということはある物の特徴を理解することなのです。 つまり立方体とは何かということです。 が、一つ一つの立方体はそれぞれ違います。 これは手で持てるようなプラスチック製品、 こっちは白いものですね。 こういったものは正確には立方体ではありません こちら側には小さな点があります。 これは大型のボーグ・キューブです。 実際には存在しませんから 想像上のものです。 けれどもどれも立方体の特徴を持っています。 これが幾何学の面白いところです。 実際の物の形の特徴を抽出できるのです。 もちろん幾何学では定義があります。 それはこんな形で、 どの辺も同じ長さです。 この辺は1,こちらも1 これも1です。 1でなくてもいいんですが。 この辺の長さが どれほどでも、 他の辺の長さと同じなのです。 この辺の長さはこれと同じです。 厳密な意味での定義ではありませんが、 そこには確かに 立方体の特徴というものが 存在するのです。 しかし現実の世界には 完全な立方体というものは存在しません。 型と同じものを作る場合や その寸法を正確に測る場合、 全く同じ寸法を得ることはできません。 が、抽象化すれば、この辺とこの辺、そしてこの辺は 全く同じ長さであり、どの辺でも 全く同じ長さとすることができます。 つまりこちらの現実世界の具体的な物から 別のものになるわけです。 24世紀や25世紀の世界を想像するとき、 それは現実世界ではありません。つまり一般化されるのです。 芸術の世界で使われる抽象画 という言葉をご存知でしょう。 これが抽象画です。 これもやはり一般化という作業です。 辞書を引いてみると 抽象(abstract)には、20ほど意味があります。 しかし基本的にはどれも同じことをいっています。 抽象画というのは現実にあるものをそのまま 描こうとするものではありません。 ルネッサンス芸術では 物の形が非常に 精緻に描かれています。 が、抽象画家は 現実の世界をそのまま 描こうとはしません。 彼らが表現するのは生の感覚、つまり 色や質感から受ける感じをそのまま表現するのです。 これはジャクソン・ポロックの作品です。 ちょっと発音を間違えましたが、 写真をとったのは仲間の歴史学者スティーブン・ザッカーです。 何が描いてあるのかよくわかりませんね。 ジャクソン・ポロックが描こうとしたのは、 犬や馬などのようなものではなく、 眼に見えないもの、 つまり現実の世界では見えない、 全く別の何かなのです。 抽象という言葉は 幾何学や芸術にだけ使うものではありません。 普通の暮らしの中でも殆どの物に当てはまります。 人と話している時や、 言葉や記号を使うとき、 私たちはいろいろなものを抽象化しているのです。 現実のものの特徴を抽象化、つまり一般化しているのです。 例えば犬という言葉です。 これは私たちが犬として思い浮かべるものを 表すための記号です。 頭の中には実際の犬の 姿が浮かんでいます。 足が四本、 やわらかい耳があって、撫でてやりたくなる。 私たち人間の一番の友だちですね。 これが犬というものであり、 犬の特徴です。 しかし現実の犬は それぞれ互いに大きく違います。 グレート・デンと 小型のプードルでは随分違います。 が、犬であることは分かるのです。 犬の特徴を抽象化してこれが犬だと分かるのです。 そしてさらにこれを抽象化すると文字という記号になり、 この文字を見れば犬を思い浮かべるのです。 数字の場合を考えてみましょう。 例えば5という数字、 非常によく使いますから、 抽象的なものとは思えないかもしれませんが、 そうではないのです。 数字は単に物の数を表しているだけなのです。 こんな風に 5という数字を表すこともできます。 あるいはローマ数字で表すことも、 こんなふうに書くこともできます。 どれにも共通しているのは それが物の数を表しているということです。 5はどれかと聞かれれば これを指差す人もいるかも知れませんが、 どれも5を表す記号ですが、 非常に抽象的なものです。 抽象という概念が お分かりいただけたでしょうか。 つまり、 なかなかいい言葉が見つかりませんが、 まあこれが、抽象概念というわけです。 あまり親しみやすい言葉じゃありませんね。