1 00:00:00,880 --> 00:00:02,440 ちょうど1年ほど前 2 00:00:02,840 --> 00:00:05,366 人生で3回目なんですが 私は存在しなくなりました 3 00:00:05,366 --> 00:00:10,100 ちょっとした手術を受けて 脳に麻酔がすっかり効いていたんです 4 00:00:10,520 --> 00:00:13,590 切り離されて バラバラになった感じで 5 00:00:13,590 --> 00:00:15,520 寒かったのを覚えています 6 00:00:15,780 --> 00:00:18,386 その後 元に戻りました ぼんやりして 混乱していましたが 7 00:00:18,386 --> 00:00:20,080 確かに そこにいました 8 00:00:20,280 --> 00:00:21,830 深い眠りから覚めた時 9 00:00:21,830 --> 00:00:25,526 時間が分からなかったり 寝坊したのではと不安になるかもしれません 10 00:00:25,526 --> 00:00:27,276 でも時間が過ぎたという 11 00:00:27,276 --> 00:00:30,486 過去と現在の連続性の 基本的な感覚は 常にあるものです 12 00:00:30,486 --> 00:00:32,616 麻酔から醒めるのは 全く別物です 13 00:00:32,640 --> 00:00:35,090 5分間だったかもしれないし 5時間かもしれない 14 00:00:35,090 --> 00:00:36,576 5年 いや50年かもしれない 15 00:00:36,600 --> 00:00:38,056 私は単に存在せず 16 00:00:38,080 --> 00:00:39,900 意識はすっかり消失しました 17 00:00:40,240 --> 00:00:42,296 麻酔とは 現代の魔法です 18 00:00:42,320 --> 00:00:45,320 人間を物体に変えてしまい 19 00:00:45,320 --> 00:00:47,620 それから また人間に戻すのです 願わくば 20 00:00:47,620 --> 00:00:48,916 そしてこの過程には 21 00:00:48,916 --> 00:00:52,350 科学や哲学で未だ 大きな謎とされるものがあります 22 00:00:52,350 --> 00:00:54,056 意識はいかにして生じるのか 23 00:00:54,056 --> 00:00:56,256 1人1人の脳内では 24 00:00:56,260 --> 00:01:00,026 それぞれが小さな生物学的マシンである 神経細胞が何十億個もあって 25 00:01:00,026 --> 00:01:02,070 結びついて活動しており 26 00:01:02,070 --> 00:01:04,276 それが どのようにしてか 意識経験を生成しています 27 00:01:04,276 --> 00:01:05,936 単なる意識の経験でなく 28 00:01:05,936 --> 00:01:08,535 今 ここにおける 皆さんの意識の経験です 29 00:01:08,535 --> 00:01:10,105 これはいかにして起きるのか 30 00:01:10,520 --> 00:01:12,766 この問いに答えるのは 非常に重要です 31 00:01:12,766 --> 00:01:15,570 なぜなら 我々の意識が 在るもののすべてだからです 32 00:01:15,570 --> 00:01:18,040 意識がなければ 世界は存在しません 33 00:01:18,400 --> 00:01:19,776 自分も存在しません 34 00:01:19,800 --> 00:01:21,336 何も存在しないのです 35 00:01:21,360 --> 00:01:23,483 苦しいときには 苦しいと意識します 36 00:01:23,483 --> 00:01:25,777 心の病であれ 痛みであれ 37 00:01:26,400 --> 00:01:29,476 そして私たちが喜びや苦しみを 経験できるのであれば 38 00:01:29,476 --> 00:01:31,250 他の動物はどうなのでしょう 39 00:01:31,260 --> 00:01:32,876 動物にも意識があるのか 40 00:01:32,876 --> 00:01:34,546 自分という感覚もあるのか 41 00:01:34,546 --> 00:01:37,550 そしてコンピューターが もっと速く 賢くなっていったら 42 00:01:37,550 --> 00:01:39,710 もしかすると そう遠くない将来 43 00:01:39,710 --> 00:01:43,116 私のiPhone も 自分の存在の感覚を 持つようになるのか 44 00:01:43,116 --> 00:01:47,810 実のところ 意識を持つAIの可能性は 低いと 私は考えています 45 00:01:47,810 --> 00:01:50,180 それというのも 私の研究が示すところでは 46 00:01:50,180 --> 00:01:52,670 意識というのは 純粋な知能とよりも 47 00:01:52,670 --> 00:01:57,640 生きて呼吸する 生命体としての性質との 関わりが深いものだからです 48 00:01:57,640 --> 00:01:59,840 意識と知能は全く別物なんです 49 00:01:59,840 --> 00:02:04,430 苦しむのに賢さは必要ありませんが 生きている必要はあるでしょう 50 00:02:05,200 --> 00:02:06,660 これからお話しするのは 51 00:02:06,660 --> 00:02:10,529 自分の身の周りの世界と その中にいる自分という意識経験は 52 00:02:10,529 --> 00:02:14,136 ある意味 制御された幻覚であり それは生きた身体があってこそ 53 00:02:14,136 --> 00:02:17,840 生きた身体を通じ 生きた身体が故に 生じるということです 54 00:02:17,840 --> 00:02:21,316 さて 脳や身体が どのように意識を生み出すのかは 55 00:02:21,316 --> 00:02:24,096 全く分かっていないと 聞いたことがあるかもしれません 56 00:02:24,096 --> 00:02:27,096 それは科学を超えたものだとさえ 言う人もいます 57 00:02:27,120 --> 00:02:28,250 しかし実際には 58 00:02:28,250 --> 00:02:32,686 ここ25年で この領域に関する 科学的研究は爆発的に増えました 59 00:02:32,686 --> 00:02:35,636 皆さんがサセックス大学の 私の研究室にお越しになったら 60 00:02:35,636 --> 00:02:38,960 あらゆる分野の科学者や 61 00:02:39,200 --> 00:02:41,820 時には哲学者まで 目にすることでしょう 62 00:02:41,820 --> 00:02:45,816 私たちが理解を試みているのは 意識が生じる仕組みと 63 00:02:45,816 --> 00:02:47,930 それが上手くいかないと どうなるかです 64 00:02:47,930 --> 00:02:50,066 その方法は非常に単純です 65 00:02:50,066 --> 00:02:51,520 意識について考えるには 66 00:02:51,520 --> 00:02:54,260 生物についてと 同じ考え方をすればいいんです 67 00:02:54,260 --> 00:02:56,770 かつては 「生きている」 ということの特質は 68 00:02:56,770 --> 00:02:59,706 物理学や化学では 説明できないと考えられていました 69 00:02:59,706 --> 00:03:02,450 生命は単なるメカニズム以上の ものであるはずだと 70 00:03:02,450 --> 00:03:04,376 でも今や そうは考えられていません 71 00:03:04,400 --> 00:03:05,410 生物学者が 72 00:03:05,410 --> 00:03:08,916 生命システムの特質を 物理学や化学の観点から説明する― 73 00:03:08,916 --> 00:03:10,526 研究を進めました 74 00:03:10,526 --> 00:03:13,536 代謝や生殖機構 ホメオスタシスなどですね 75 00:03:13,560 --> 00:03:17,586 生命とは何かという基本的な謎は それに伴い 姿を消していき 76 00:03:17,586 --> 00:03:19,940 「生命の力」や「生命の飛躍」みたいな 77 00:03:19,940 --> 00:03:23,160 魔術的な答えが提案されることは なくなりました 78 00:03:23,160 --> 00:03:25,926 生命についてと同じく 意識についてもそうすべきです 79 00:03:25,926 --> 00:03:27,460 意識の性質を 80 00:03:27,460 --> 00:03:31,740 脳や身体の内部で起きていることから 説明しようとし始めれば 81 00:03:31,740 --> 00:03:35,000 意識とは何かという 解明不能と思われた謎は 82 00:03:35,000 --> 00:03:36,976 姿を消していくはずです 83 00:03:37,000 --> 00:03:39,260 少なくとも 青写真ではそうです 84 00:03:39,280 --> 00:03:40,606 では始めましょう 85 00:03:40,606 --> 00:03:42,480 意識の性質とは どんなものでしょうか 86 00:03:42,480 --> 00:03:45,794 意識に関する科学が説明すべきことは 何なのでしょうか 87 00:03:45,960 --> 00:03:49,400 今日は意識について 2つの方法で考えたいと思います 88 00:03:49,400 --> 00:03:52,176 私たちの周りの世界に関する 経験というものがあります 89 00:03:52,176 --> 00:03:54,636 光や 音や においに満ちていて 90 00:03:54,636 --> 00:03:58,980 多様な感覚を伴う パノラマ的で3Dの 完全に没入的な 心の中の映画があり 91 00:03:58,980 --> 00:04:01,050 そして意識を持った自己があります 92 00:04:01,050 --> 00:04:03,676 「自分である」という独自の経験です 93 00:04:03,676 --> 00:04:06,166 それが この心の中の映画の 主人公であり 94 00:04:06,166 --> 00:04:09,810 おそらく意識のその側面に みんな最も強くしがみついているのです 95 00:04:09,840 --> 00:04:12,446 まずは身の周りの世界 という経験と 96 00:04:12,446 --> 00:04:16,175 予測エンジンとしての脳という 重要な考えについて考えてみましょう 97 00:04:16,175 --> 00:04:18,460 脳の身になって 想像してください 98 00:04:18,460 --> 00:04:20,175 固い頭蓋骨に 閉じ込められ 99 00:04:20,175 --> 00:04:22,626 外の世界で何が起きているのか 理解しようとしています 100 00:04:22,626 --> 00:04:25,616 頭蓋骨の中には 光はありません 音もありません 101 00:04:25,616 --> 00:04:28,526 唯一利用できる電気的インパルスに 頼らざるを得ないのですが 102 00:04:28,526 --> 00:04:30,590 これは何であれ 世界の事物とは 103 00:04:30,590 --> 00:04:33,320 間接的に関わっているに すぎません 104 00:04:33,320 --> 00:04:35,816 ですから何がそこにあるかを 知るという「知覚」は 105 00:04:35,816 --> 00:04:38,706 情報に基づく推測の過程に ならざるを得ません 106 00:04:38,706 --> 00:04:41,430 そこでは脳は これらの感覚的な信号を 107 00:04:41,430 --> 00:04:45,740 世界がどんなものかについての 事前の期待や信念と結びつけて 108 00:04:45,740 --> 00:04:49,076 何がその信号を起こしたのか 最善の推測を構成します 109 00:04:49,076 --> 00:04:51,836 脳が音を聞いたり光を見たり している訳ではありません 110 00:04:51,836 --> 00:04:56,440 私たちが知覚するのは 世界で起きていることに関する最善の推測です 111 00:04:57,000 --> 00:05:00,370 ここまでお話ししたことの例を いくつか挙げましょう 112 00:05:00,370 --> 00:05:02,476 この目の錯覚は ご存じかもしれませんが 113 00:05:02,476 --> 00:05:04,604 新たな方向から 考えて頂きたいと思います 114 00:05:04,604 --> 00:05:07,050 AとBの2つの区画を 見ていただくと 115 00:05:07,050 --> 00:05:10,420 灰色の濃さが非常に異なって 見えるはずです 116 00:05:11,040 --> 00:05:13,960 でも実際は全く同じ濃さなんです 117 00:05:13,960 --> 00:05:15,666 それを示すことができます 118 00:05:15,666 --> 00:05:17,550 第2バージョンの絵では 119 00:05:17,550 --> 00:05:20,290 2つの区画を 灰色のバーで繋いでいて 120 00:05:20,290 --> 00:05:22,290 全く違いがなく見えますね 121 00:05:22,290 --> 00:05:24,136 灰色の濃さは全く同じなんです 122 00:05:24,160 --> 00:05:25,800 もしまだ信じられないなら 123 00:05:25,800 --> 00:05:28,600 バーをずらして 区画に重ねてみましょう 124 00:05:28,640 --> 00:05:32,670 一色の灰色の塊になり 違いは全くありません 125 00:05:32,710 --> 00:05:34,430 これは手品でも何でもなく 126 00:05:34,430 --> 00:05:35,840 灰色の濃さは同じです 127 00:05:35,840 --> 00:05:38,810 でも バーを取りのけると また違って見えるようになります 128 00:05:39,140 --> 00:05:40,606 何が起きているのかというと 129 00:05:40,606 --> 00:05:43,180 脳は事前の期待を 用いているのです 130 00:05:43,180 --> 00:05:46,536 それは視覚野の回路の中に 深く構築されており 131 00:05:46,536 --> 00:05:49,566 「影がかかると 物の表面は より暗く見える」ということです 132 00:05:49,566 --> 00:05:53,080 それでBが実際より 明るく見えるんです 133 00:05:53,920 --> 00:05:55,326 もう1つの例があります 134 00:05:55,326 --> 00:05:58,376 脳がいかに素早く 新しい予測を使って 135 00:05:58,400 --> 00:06:00,816 意識経験を変化させられるかを 示すものです 136 00:06:00,816 --> 00:06:02,510 これをお聴きください 137 00:06:03,440 --> 00:06:06,480 (ゆがんだ音声) 138 00:06:07,320 --> 00:06:08,896 なんか奇妙に聞こえますよね 139 00:06:08,920 --> 00:06:11,629 何か分かるか もう一度聴いてみましょう 140 00:06:11,760 --> 00:06:14,930 (ゆがんだ音声) 141 00:06:15,880 --> 00:06:17,136 やっぱり変ですよね 142 00:06:17,160 --> 00:06:18,670 ではこれをお聴きください 143 00:06:18,920 --> 00:06:21,976 (音声) I think Brexit is a really terrible idea. (ブレグジットは全くひどい考えだなあ) 144 00:06:22,000 --> 00:06:23,270 (笑) 145 00:06:23,270 --> 00:06:24,510 ほんとにそう思います 146 00:06:24,510 --> 00:06:26,380 言っていることが 聞き取れましたね 147 00:06:26,380 --> 00:06:29,536 では最初の音声をもう一度聴いてください 同じものを再生します 148 00:06:29,560 --> 00:06:32,616 (ゆがんだ音声)I think Brexit is a really terrible idea. 149 00:06:32,640 --> 00:06:35,136 今回は言葉が聞き取れたでしょう 150 00:06:35,160 --> 00:06:36,670 おまけで もう1回 151 00:06:37,040 --> 00:06:40,270 (ゆがんだ音声) 152 00:06:41,000 --> 00:06:43,256 ではここで 何が起きているのでしょう 153 00:06:43,280 --> 00:06:44,960 注目すべきことは 154 00:06:44,960 --> 00:06:48,590 脳に届く感覚情報は 全く変わっていないことです 155 00:06:48,610 --> 00:06:49,930 ここで変わったのは 156 00:06:49,930 --> 00:06:53,296 感覚情報の原因に対する 皆さんの脳の 最善の推測だけです 157 00:06:53,320 --> 00:06:56,410 その推測が 意識して聞く内容を 変えるのです 158 00:06:56,410 --> 00:06:58,920 このことは 知覚に関する 脳の基礎を考える上で 159 00:06:58,920 --> 00:07:01,356 少し違った観点を 与えてくれます 160 00:07:01,356 --> 00:07:02,610 知覚というのは 161 00:07:02,610 --> 00:07:06,560 外の世界から脳に入ってくる 信号に頼るだけでなく 162 00:07:06,560 --> 00:07:09,000 それに勝るとも劣らず 163 00:07:09,000 --> 00:07:13,530 反対向きの知覚的な予測にも 依存しているのです 164 00:07:14,070 --> 00:07:16,256 私たちは単に受動的に 世界を知覚するのではなく 165 00:07:16,256 --> 00:07:18,106 能動的に世界を生成しています 166 00:07:18,106 --> 00:07:19,870 私たちが経験している世界は 167 00:07:19,870 --> 00:07:21,660 外側から来るだけでなく 168 00:07:21,660 --> 00:07:23,620 それに勝るとも劣らず 内側からも作られる訳です 169 00:07:23,640 --> 00:07:25,750 例をもう1つ紹介しましょう 170 00:07:25,750 --> 00:07:29,320 この能動的な 構築の過程としての 知覚の例です 171 00:07:29,320 --> 00:07:34,536 ここでは没入型バーチャル・リアリティと 画像処理を組み合わせて 172 00:07:34,560 --> 00:07:37,536 過剰に強い知覚的予測が 経験に及ぼす効果を 173 00:07:37,560 --> 00:07:38,896 シミュレーションしました 174 00:07:38,920 --> 00:07:41,770 このパノラマ映像では 世界が変容しています 175 00:07:41,770 --> 00:07:43,896 この場合はサセックス大学構内を 176 00:07:43,896 --> 00:07:45,870 サイケデリックな遊び場に変えました 177 00:07:45,870 --> 00:07:49,470 Google の Deep Dream に基づく アルゴリズムを用いて素材を処理し 178 00:07:49,470 --> 00:07:53,590 過剰に強い知覚的予測の効果を シミュレートしました 179 00:07:53,590 --> 00:07:55,376 今回は 犬が見えるようにしました 180 00:07:55,400 --> 00:07:57,460 これは非常に奇妙に見えるでしょう 181 00:07:57,460 --> 00:08:01,056 こんなふうに 知覚的予測が強すぎると 182 00:08:01,080 --> 00:08:05,470 薬物の影響下の人が報告する 幻覚のように見えます 183 00:08:05,470 --> 00:08:08,460 精神病の状態にも 似ているかもしれません 184 00:08:09,120 --> 00:08:10,787 これを少し考えてみましょう 185 00:08:11,160 --> 00:08:16,120 もし幻覚が ある種 制御を外れた知覚だとしたら 186 00:08:16,120 --> 00:08:20,440 今ここにおける知覚もまた 一種の幻覚であり 187 00:08:20,440 --> 00:08:23,116 ただ こちらの方は 制御が効いていて 188 00:08:23,116 --> 00:08:24,660 脳の予測は 189 00:08:24,660 --> 00:08:28,110 外からの感覚情報に 従っています 190 00:08:28,110 --> 00:08:31,176 実際には 私たちは皆 ずっと幻覚を見続けているんです 191 00:08:31,200 --> 00:08:32,746 今ここでもです 192 00:08:32,746 --> 00:08:35,370 幻覚について 一同が合意している時 193 00:08:35,370 --> 00:08:37,220 それを「現実」と呼ぶんです 194 00:08:37,220 --> 00:08:41,216 (笑) 195 00:08:41,240 --> 00:08:44,420 次にお話しするのは 皆さんの「自己」という経験― 196 00:08:44,420 --> 00:08:46,676 つまり 自分であるという 独自の経験も 197 00:08:46,676 --> 00:08:50,066 脳によって生成された 制御された幻覚だということです 198 00:08:50,066 --> 00:08:52,106 すごく奇妙な考えに思えるでしょう 199 00:08:52,106 --> 00:08:54,136 錯覚に目は欺かれるとしても 200 00:08:54,160 --> 00:08:58,120 「私である」という感覚が 欺かれるはずないと 201 00:08:58,130 --> 00:08:59,300 私たちの大半にとって 202 00:08:59,300 --> 00:09:00,716 1人の人間だという経験は 203 00:09:00,716 --> 00:09:03,276 とても馴染み深く ひとまとまりのもので 連続性もあるため 204 00:09:03,276 --> 00:09:05,376 それが当然ではないと考えるのは 難しいものです 205 00:09:05,400 --> 00:09:07,306 でも当然だと 受け取るべきではありません 206 00:09:07,306 --> 00:09:10,380 実際 自分であるという経験には 様々な面があります 207 00:09:10,380 --> 00:09:14,056 自分には身体があり その身体が自分である という経験があります 208 00:09:14,080 --> 00:09:18,160 世界を自分が知覚している という経験があります 209 00:09:18,190 --> 00:09:20,576 何かをしようとしている という経験や 210 00:09:20,576 --> 00:09:23,630 世界で起きることの原因になっている という経験があります 211 00:09:23,640 --> 00:09:28,670 時間を通じて 連続性のある 1人の人間であるという経験もあって 212 00:09:28,670 --> 00:09:32,210 それは記憶や 人との関わりの 豊かな組み合わせから成っています 213 00:09:32,210 --> 00:09:33,646 多くの実験が示しており 214 00:09:33,646 --> 00:09:35,996 精神科医や神経科学者なら とても良く知っていることですが 215 00:09:35,996 --> 00:09:38,610 このような様々な形の 自分であるという経験は 216 00:09:38,610 --> 00:09:40,576 破綻してしまうこともあります 217 00:09:40,576 --> 00:09:44,336 つまり統一体としての自分である ということの基本的な背景となる経験は 218 00:09:44,336 --> 00:09:47,960 脳による 結構もろい構築物であり 219 00:09:47,960 --> 00:09:50,200 他のものと同じように 220 00:09:50,200 --> 00:09:52,600 説明を要する経験なのです 221 00:09:52,600 --> 00:09:54,666 身体的な自分の話に戻りましょう 222 00:09:54,666 --> 00:09:57,256 その身体が自分であるとか 自分には身体があるという経験を 223 00:09:57,280 --> 00:09:58,536 脳はどうやって生成するのか 224 00:09:58,560 --> 00:10:00,416 全く同じ原理が適用されます 225 00:10:00,440 --> 00:10:02,116 脳は 何が自分の身体の一部で 226 00:10:02,116 --> 00:10:04,900 何がそうでないのか 最善の推測を行うのです 227 00:10:04,900 --> 00:10:08,520 神経科学には これを例証する 素晴らしい実験があります 228 00:10:08,520 --> 00:10:10,616 大半の神経科学的な実験と違って 229 00:10:10,640 --> 00:10:12,240 これは家でもできます 230 00:10:12,240 --> 00:10:14,166 必要なのはこのゴムの手だけ 231 00:10:14,166 --> 00:10:15,336 (笑) 232 00:10:15,360 --> 00:10:17,540 あとは絵筆2本です 233 00:10:18,880 --> 00:10:20,256 この「ゴムの手の錯覚」では 234 00:10:20,280 --> 00:10:22,140 本物の手は 見えないよう隠されていて 235 00:10:22,140 --> 00:10:25,116 偽のゴム製の手が 参加者の 目の前に置かれています 236 00:10:25,116 --> 00:10:28,176 そして本物と偽物の手が 同時に絵筆で撫でられる間 237 00:10:28,200 --> 00:10:31,250 その人は偽の手を見つめています 238 00:10:31,260 --> 00:10:33,476 すると 大抵の人は しばらくすると 239 00:10:33,476 --> 00:10:35,416 非常に奇妙な感覚を覚えます 240 00:10:35,440 --> 00:10:38,970 偽物の手を自分の身体の一部だと 感じるようになるのです 241 00:10:39,640 --> 00:10:44,016 つまり 概ね手があるはずの場所にある 手に似た物体が撫でられるのを見て 242 00:10:44,016 --> 00:10:48,040 それが撫でられる感覚と 一致しているなら 243 00:10:54,436 --> 00:10:57,230 (突然 偽の手が突き刺される — 笑) 244 00:10:48,040 --> 00:10:51,146 その偽物の手は 自分の身体の一部だという風に 245 00:10:51,146 --> 00:10:54,436 脳が最善の推測を行うための 証拠としては 十分なのです 246 00:11:03,240 --> 00:11:05,706 巧妙な測定法はいろいろあるでしょう 247 00:11:05,706 --> 00:11:08,816 皮膚伝導反応や驚愕反応を 測ることもできます 248 00:11:08,840 --> 00:11:10,096 でもそんな必要はありません 249 00:11:10,120 --> 00:11:13,326 青シャツの青年は明らかに 偽物の手を自分の手のように感じていました 250 00:11:13,326 --> 00:11:16,300 つまり何が自分の身体か という経験すら 251 00:11:16,300 --> 00:11:18,306 一種の 最善の推測に過ぎず 252 00:11:18,306 --> 00:11:21,350 脳による 一種の 制御された幻覚なんです 253 00:11:21,480 --> 00:11:22,930 もう1つあります 254 00:11:24,120 --> 00:11:27,776 私たちは自分の身体を 外界の中にある 物体としてだけ経験する訳ではありません 255 00:11:27,800 --> 00:11:29,776 身体の経験は内部からも生じます 256 00:11:29,776 --> 00:11:34,360 その身体が自分であるという感覚を 私たちは皆 内側から経験しています 257 00:11:35,000 --> 00:11:37,550 そして身体の内部から来る感覚信号は 258 00:11:37,550 --> 00:11:41,600 脳に内臓器官の状態を 継続的に伝えます 259 00:11:41,600 --> 00:11:44,240 心臓の動きがどうか 血圧はどれ位かなど 260 00:11:44,240 --> 00:11:45,470 多くの事柄をです 261 00:11:45,470 --> 00:11:48,600 この類の知覚は 「内受容」と呼ばれ 262 00:11:48,600 --> 00:11:50,040 見逃されがちですが 263 00:11:50,040 --> 00:11:51,606 非常に重要なものです 264 00:11:51,606 --> 00:11:54,896 なぜなら身体内部状態の 知覚と調節によってこそ 265 00:11:54,920 --> 00:11:57,340 私たちは生き続けられるのですから 266 00:11:57,400 --> 00:11:59,570 これは「ゴムの手の錯覚」の 別バージョンで 267 00:11:59,570 --> 00:12:01,250 私たちの研究室でのものです 268 00:12:01,250 --> 00:12:04,730 ここで参加者は 自分の手の 仮想現実版を見ます 269 00:12:04,730 --> 00:12:07,276 心拍に合った あるいは 外れたタイミングで 270 00:12:07,276 --> 00:12:09,440 肌が赤みを帯びるように なっています 271 00:12:09,440 --> 00:12:11,920 心拍に同期して赤くなる時 272 00:12:11,920 --> 00:12:15,420 自分の身体の一部である という感覚をより強く持ちます 273 00:12:15,720 --> 00:12:18,080 ですから 自分には身体があるという経験は 274 00:12:18,080 --> 00:12:21,900 内部からの身体の知覚に 深く根付いているんです 275 00:12:23,510 --> 00:12:26,336 皆さんに注意を向けてほしいことが 最後にもう1つあります 276 00:12:26,360 --> 00:12:29,310 内部から来る 身体の経験は 277 00:12:29,310 --> 00:12:32,096 身の周りの世界の経験と 大きく違うことです 278 00:12:32,120 --> 00:12:34,816 周りを見回すと 世界には物体があふれているようです 279 00:12:34,840 --> 00:12:37,016 テーブル、椅子、ゴムの手、 280 00:12:37,040 --> 00:12:38,776 皆さん しかも大勢 281 00:12:38,800 --> 00:12:40,720 私の身体さえも 世界の中にあります 282 00:12:40,720 --> 00:12:43,136 自分の身体は外側の物体として 知覚することもできますが 283 00:12:43,136 --> 00:12:44,970 内部からの身体の経験は 284 00:12:44,970 --> 00:12:46,100 それとは全く異なります 285 00:12:46,100 --> 00:12:48,656 別にこんな風に知覚はしません 「腎臓はここだな」とか 286 00:12:48,680 --> 00:12:50,256 「肝臓はここ」とか 287 00:12:50,280 --> 00:12:51,536 それから脾臓は・・・ 288 00:12:51,560 --> 00:12:53,200 どこか分かんないけど 289 00:12:53,200 --> 00:12:54,856 どっかにあるんでしょう 290 00:12:54,880 --> 00:12:57,136 私は自分の内部を 物体として知覚しません 291 00:12:57,136 --> 00:13:00,640 何か問題がない限りは 意識もしません 292 00:13:01,400 --> 00:13:03,410 これが重要なのだと思います 293 00:13:03,600 --> 00:13:05,696 身体内部の状態についての知覚は 294 00:13:05,720 --> 00:13:07,806 どこに何があるか知る ということではなく 295 00:13:07,806 --> 00:13:09,846 制御と調節に関するものです 296 00:13:09,846 --> 00:13:12,260 生理学的な変数を 297 00:13:12,260 --> 00:13:15,890 生存可能な狭い範囲内に 収めるということです 298 00:13:16,640 --> 00:13:19,676 そこに何があるのかを理解しようと 脳が予測を用いる時 299 00:13:19,676 --> 00:13:22,616 私たちは物体を 感覚の原因として知覚します 300 00:13:22,640 --> 00:13:26,090 脳が制御や調節のために 予測を用いる時は 301 00:13:26,090 --> 00:13:29,960 私たちは制御が上手くいっているか いないかを経験します 302 00:13:29,960 --> 00:13:32,866 ですから自分であるという 私たちの最も基本的な経験― 303 00:13:32,866 --> 00:13:35,116 肉体を持つ生命体である という経験は 304 00:13:35,116 --> 00:13:39,470 私たちを生かし続けている 生物学的機構に深く根ざしているのです 305 00:13:40,760 --> 00:13:42,990 そしてこの考えに すっかり従うならば 306 00:13:42,990 --> 00:13:46,986 私たちの意識経験の全体が どのようなものか見えてきます 307 00:13:46,986 --> 00:13:50,320 全ては生きるという 基本的な衝動に由来する 308 00:13:50,320 --> 00:13:54,850 予測に基づく知覚という 同じメカニズムに依存しているからです 309 00:13:54,850 --> 00:13:57,810 私たちの世界や自分の経験は 生きた身体があってこそ 310 00:13:57,810 --> 00:14:01,470 生きた身体を通じて 生きた身体が故に 生じるのです 311 00:14:01,560 --> 00:14:04,330 少しずつ まとめをしていきましょう 312 00:14:04,560 --> 00:14:06,336 私たちが意識の上で 見ているものは 313 00:14:06,336 --> 00:14:08,646 何があるかという 脳の最善の推測に依存しています 314 00:14:08,646 --> 00:14:10,856 私たちが経験する世界は 外側からだけではなく 315 00:14:10,880 --> 00:14:12,600 内側からも作られます 316 00:14:12,600 --> 00:14:14,330 「ゴムの手の錯覚」は そのことが 317 00:14:14,330 --> 00:14:18,440 何が自分の身体で 何がそうでないのかという 経験にも当てはまることを示しています 318 00:14:18,440 --> 00:14:22,326 これらの自分に関係する事柄の予測は 身体内部の深いところから来る― 319 00:14:22,326 --> 00:14:24,410 感覚信号に 強く依存しています 320 00:14:24,410 --> 00:14:25,530 そして最後に 321 00:14:25,530 --> 00:14:29,140 身体を持つという経験は どこに何があるかよりも 322 00:14:29,140 --> 00:14:32,110 制御や調節に関するものです 323 00:14:32,840 --> 00:14:36,056 ですから身の周りの世界の経験や その中にいる自分自身の経験は 324 00:14:36,080 --> 00:14:38,280 制御された幻覚のようなもので 325 00:14:38,280 --> 00:14:41,150 危険と機会に満ちた世界で 生き残るために 326 00:14:41,150 --> 00:14:44,460 何百万年という進化の中で 形作られたものです 327 00:14:44,480 --> 00:14:47,730 私たちは 予測によって 存在し続けられているのです 328 00:14:48,520 --> 00:14:51,570 では最後に 3つのことを 示唆しておきたいと思います 329 00:14:51,600 --> 00:14:53,810 その1 世界を誤って 知覚することがあるように 330 00:14:53,810 --> 00:14:55,786 自分自身を 誤って知覚することもあります 331 00:14:55,786 --> 00:14:58,026 予測のメカニズムが うまく働かない時にです 332 00:14:58,026 --> 00:15:02,496 これを理解することで 精神医学や神経科学に 多くの新しい可能性が開けます 333 00:15:02,496 --> 00:15:05,096 抑うつや統合失調症などに対し 334 00:15:05,096 --> 00:15:07,146 症状に対処するだけではなく 335 00:15:07,146 --> 00:15:09,640 そのメカニズムに たどりつけるかもしれません 336 00:15:09,690 --> 00:15:10,936 その2 337 00:15:10,960 --> 00:15:13,630 「私である」ということは ロボット内部のプログラムに 338 00:15:13,630 --> 00:15:17,176 変換もできなければ アップロードもできません 339 00:15:17,200 --> 00:15:19,416 いくら賢く洗練された ロボットでもです 340 00:15:19,440 --> 00:15:22,056 私たちは生き物で 血も肉もあります 341 00:15:22,080 --> 00:15:25,336 意識経験というのは 私たちを生かし続ける 生物学的メカニズムによって 342 00:15:25,360 --> 00:15:28,280 あらゆる水準で形作られるものです 343 00:15:28,280 --> 00:15:32,440 コンピューターをただ賢くしても 感覚を持たせられる訳ではありません 344 00:15:33,000 --> 00:15:34,200 その3 345 00:15:34,200 --> 00:15:36,366 私たち独自の 個人的な内的宇宙である 346 00:15:36,366 --> 00:15:37,900 意識のありようは 347 00:15:37,900 --> 00:15:41,050 ほんの1つの形でしかありません 348 00:15:41,840 --> 00:15:43,770 そして人間が意識しているのも 349 00:15:43,770 --> 00:15:47,700 意識として考えうる領域のうち ほんのわずかにすぎません 350 00:15:47,700 --> 00:15:51,496 1人1人の自己と世界は その人に特有のものですが 351 00:15:51,520 --> 00:15:54,886 誰の場合でも 生物学的メカニズムに基礎があり 352 00:15:54,886 --> 00:15:57,890 そのことは多くの他の生物と 共通しています 353 00:15:57,920 --> 00:16:01,650 さて これらは私たちがいかに 自分自身を理解するかを 354 00:16:01,650 --> 00:16:04,016 根本的に変えるものですが 355 00:16:04,040 --> 00:16:05,810 これは喜ぶべきことだと思います 356 00:16:05,810 --> 00:16:07,410 科学ではよくあるように 357 00:16:07,410 --> 00:16:10,164 私たちは宇宙の中心にいる訳ではないとした コペルニクスから 358 00:16:10,164 --> 00:16:12,960 私たちは全ての生物と関係しているとした ダーウィン 359 00:16:12,960 --> 00:16:15,920 そして今日まで それが続いているんですから 360 00:16:16,320 --> 00:16:18,950 理解の感覚が強まれば 361 00:16:18,950 --> 00:16:21,496 不思議さに打たれる感覚も強くなり 362 00:16:21,520 --> 00:16:23,956 私たちは自然の構成要素であって 363 00:16:23,956 --> 00:16:28,350 切り離された存在ではないと より強く認識するようにもなります 364 00:16:28,920 --> 00:16:30,390 そして・・・ 365 00:16:30,720 --> 00:16:32,960 意識の終わりが来ても 366 00:16:32,960 --> 00:16:36,060 恐れるべきことなんてー 367 00:16:36,060 --> 00:16:38,410 何もないのです 368 00:16:38,430 --> 00:16:39,806 ありがとうございました 369 00:16:39,806 --> 00:16:47,746 (拍手)