0:00:00.880,0:00:02.440 ちょうど1年ほど前 0:00:02.840,0:00:05.366 人生で3回目なんですが[br]私は存在しなくなりました 0:00:05.366,0:00:10.100 ちょっとした手術を受けて[br]脳に麻酔がすっかり効いていたんです 0:00:10.520,0:00:13.590 切り離されて バラバラになった感じで 0:00:13.590,0:00:15.520 寒かったのを覚えています 0:00:15.780,0:00:18.386 その後 元に戻りました[br]ぼんやりして 混乱していましたが 0:00:18.386,0:00:20.080 確かに そこにいました 0:00:20.280,0:00:21.830 深い眠りから覚めた時 0:00:21.830,0:00:25.526 時間が分からなかったり[br]寝坊したのではと不安になるかもしれません 0:00:25.526,0:00:27.276 でも時間が過ぎたという 0:00:27.276,0:00:30.486 過去と現在の連続性の[br]基本的な感覚は 常にあるものです 0:00:30.486,0:00:32.616 麻酔から醒めるのは[br]全く別物です 0:00:32.640,0:00:35.090 5分間だったかもしれないし[br]5時間かもしれない 0:00:35.090,0:00:36.576 5年 いや50年かもしれない 0:00:36.600,0:00:38.056 私は単に存在せず 0:00:38.080,0:00:39.900 意識はすっかり消失しました 0:00:40.240,0:00:42.296 麻酔とは 現代の魔法です 0:00:42.320,0:00:45.320 人間を物体に変えてしまい 0:00:45.320,0:00:47.620 それから また人間に戻すのです[br]願わくば 0:00:47.620,0:00:48.916 そしてこの過程には 0:00:48.916,0:00:52.350 科学や哲学で未だ[br]大きな謎とされるものがあります 0:00:52.350,0:00:54.056 意識はいかにして生じるのか 0:00:54.056,0:00:56.256 1人1人の脳内では 0:00:56.260,0:01:00.026 それぞれが小さな生物学的マシンである[br]神経細胞が何十億個もあって 0:01:00.026,0:01:02.070 結びついて活動しており 0:01:02.070,0:01:04.276 それが どのようにしてか[br]意識経験を生成しています 0:01:04.276,0:01:05.936 単なる意識の経験でなく 0:01:05.936,0:01:08.535 今 ここにおける[br]皆さんの意識の経験です 0:01:08.535,0:01:10.105 これはいかにして起きるのか 0:01:10.520,0:01:12.766 この問いに答えるのは[br]非常に重要です 0:01:12.766,0:01:15.570 なぜなら 我々の意識が [br]在るもののすべてだからです 0:01:15.570,0:01:18.040 意識がなければ [br]世界は存在しません 0:01:18.400,0:01:19.776 自分も存在しません 0:01:19.800,0:01:21.336 何も存在しないのです 0:01:21.360,0:01:23.483 苦しいときには[br]苦しいと意識します 0:01:23.483,0:01:25.777 心の病であれ 痛みであれ 0:01:26.400,0:01:29.476 そして私たちが喜びや苦しみを[br]経験できるのであれば 0:01:29.476,0:01:31.250 他の動物はどうなのでしょう 0:01:31.260,0:01:32.876 動物にも意識があるのか 0:01:32.876,0:01:34.546 自分という感覚もあるのか 0:01:34.546,0:01:37.550 そしてコンピューターが[br]もっと速く 賢くなっていったら 0:01:37.550,0:01:39.710 もしかすると[br]そう遠くない将来 0:01:39.710,0:01:43.116 私のiPhone も 自分の存在の感覚を[br]持つようになるのか 0:01:43.116,0:01:47.810 実のところ 意識を持つAIの可能性は[br]低いと 私は考えています 0:01:47.810,0:01:50.180 それというのも [br]私の研究が示すところでは 0:01:50.180,0:01:52.670 意識というのは [br]純粋な知能とよりも 0:01:52.670,0:01:57.640 生きて呼吸する 生命体としての性質との[br]関わりが深いものだからです 0:01:57.640,0:01:59.840 意識と知能は全く別物なんです 0:01:59.840,0:02:04.430 苦しむのに賢さは必要ありませんが[br]生きている必要はあるでしょう 0:02:05.200,0:02:06.660 これからお話しするのは 0:02:06.660,0:02:10.529 自分の身の周りの世界と[br]その中にいる自分という意識経験は 0:02:10.529,0:02:14.136 ある意味 制御された幻覚であり[br]それは生きた身体があってこそ 0:02:14.136,0:02:17.840 生きた身体を通じ[br]生きた身体が故に 生じるということです 0:02:17.840,0:02:21.316 さて 脳や身体が[br]どのように意識を生み出すのかは 0:02:21.316,0:02:24.096 全く分かっていないと[br]聞いたことがあるかもしれません 0:02:24.096,0:02:27.096 それは科学を超えたものだとさえ[br]言う人もいます 0:02:27.120,0:02:28.250 しかし実際には 0:02:28.250,0:02:32.686 ここ25年で この領域に関する[br]科学的研究は爆発的に増えました 0:02:32.686,0:02:35.636 皆さんがサセックス大学の[br]私の研究室にお越しになったら 0:02:35.636,0:02:38.960 あらゆる分野の科学者や 0:02:39.200,0:02:41.820 時には哲学者まで [br]目にすることでしょう 0:02:41.820,0:02:45.816 私たちが理解を試みているのは[br]意識が生じる仕組みと 0:02:45.816,0:02:47.930 それが上手くいかないと[br]どうなるかです 0:02:47.930,0:02:50.066 その方法は非常に単純です 0:02:50.066,0:02:51.520 意識について考えるには 0:02:51.520,0:02:54.260 生物についてと[br]同じ考え方をすればいいんです 0:02:54.260,0:02:56.770 かつては 「生きている」[br]ということの特質は 0:02:56.770,0:02:59.706 物理学や化学では[br]説明できないと考えられていました 0:02:59.706,0:03:02.450 生命は単なるメカニズム以上の[br]ものであるはずだと 0:03:02.450,0:03:04.376 でも今や そうは考えられていません 0:03:04.400,0:03:05.410 生物学者が 0:03:05.410,0:03:08.916 生命システムの特質を[br]物理学や化学の観点から説明する― 0:03:08.916,0:03:10.526 研究を進めました 0:03:10.526,0:03:13.536 代謝や生殖機構[br]ホメオスタシスなどですね 0:03:13.560,0:03:17.586 生命とは何かという基本的な謎は[br]それに伴い 姿を消していき 0:03:17.586,0:03:19.940 「生命の力」や「生命の飛躍」みたいな 0:03:19.940,0:03:23.160 魔術的な答えが提案されることは[br]なくなりました 0:03:23.160,0:03:25.926 生命についてと同じく [br]意識についてもそうすべきです 0:03:25.926,0:03:27.460 意識の性質を 0:03:27.460,0:03:31.740 脳や身体の内部で起きていることから[br]説明しようとし始めれば 0:03:31.740,0:03:35.000 意識とは何かという[br]解明不能と思われた謎は 0:03:35.000,0:03:36.976 姿を消していくはずです 0:03:37.000,0:03:39.260 少なくとも 青写真ではそうです 0:03:39.280,0:03:40.606 では始めましょう 0:03:40.606,0:03:42.480 意識の性質とは[br]どんなものでしょうか 0:03:42.480,0:03:45.794 意識に関する科学が説明すべきことは[br]何なのでしょうか 0:03:45.960,0:03:49.400 今日は意識について[br]2つの方法で考えたいと思います 0:03:49.400,0:03:52.176 私たちの周りの世界に関する[br]経験というものがあります 0:03:52.176,0:03:54.636 光や 音や においに満ちていて 0:03:54.636,0:03:58.980 多様な感覚を伴う パノラマ的で3Dの [br]完全に没入的な 心の中の映画があり 0:03:58.980,0:04:01.050 そして意識を持った自己があります 0:04:01.050,0:04:03.676 「自分である」という独自の経験です 0:04:03.676,0:04:06.166 それが この心の中の映画の[br]主人公であり 0:04:06.166,0:04:09.810 おそらく意識のその側面に[br]みんな最も強くしがみついているのです 0:04:09.840,0:04:12.446 まずは身の周りの世界[br]という経験と 0:04:12.446,0:04:16.175 予測エンジンとしての脳という[br]重要な考えについて考えてみましょう 0:04:16.175,0:04:18.460 脳の身になって[br]想像してください 0:04:18.460,0:04:20.175 固い頭蓋骨に[br]閉じ込められ 0:04:20.175,0:04:22.626 外の世界で何が起きているのか[br]理解しようとしています 0:04:22.626,0:04:25.616 頭蓋骨の中には 光はありません[br]音もありません 0:04:25.616,0:04:28.526 唯一利用できる電気的インパルスに[br]頼らざるを得ないのですが 0:04:28.526,0:04:30.590 これは何であれ[br]世界の事物とは 0:04:30.590,0:04:33.320 間接的に関わっているに[br]すぎません 0:04:33.320,0:04:35.816 ですから何がそこにあるかを[br]知るという「知覚」は 0:04:35.816,0:04:38.706 情報に基づく推測の過程に[br]ならざるを得ません 0:04:38.706,0:04:41.430 そこでは脳は [br]これらの感覚的な信号を 0:04:41.430,0:04:45.740 世界がどんなものかについての[br]事前の期待や信念と結びつけて 0:04:45.740,0:04:49.076 何がその信号を起こしたのか[br]最善の推測を構成します 0:04:49.076,0:04:51.836 脳が音を聞いたり光を見たり[br]している訳ではありません 0:04:51.836,0:04:56.440 私たちが知覚するのは[br]世界で起きていることに関する最善の推測です 0:04:57.000,0:05:00.370 ここまでお話ししたことの例を[br]いくつか挙げましょう 0:05:00.370,0:05:02.476 この目の錯覚は [br]ご存じかもしれませんが 0:05:02.476,0:05:04.604 新たな方向から[br]考えて頂きたいと思います 0:05:04.604,0:05:07.050 AとBの2つの区画を[br]見ていただくと 0:05:07.050,0:05:10.420 灰色の濃さが非常に異なって[br]見えるはずです 0:05:11.040,0:05:13.960 でも実際は全く同じ濃さなんです 0:05:13.960,0:05:15.666 それを示すことができます 0:05:15.666,0:05:17.550 第2バージョンの絵では 0:05:17.550,0:05:20.290 2つの区画を[br]灰色のバーで繋いでいて 0:05:20.290,0:05:22.290 全く違いがなく見えますね 0:05:22.290,0:05:24.136 灰色の濃さは全く同じなんです 0:05:24.160,0:05:25.800 もしまだ信じられないなら 0:05:25.800,0:05:28.600 バーをずらして[br]区画に重ねてみましょう 0:05:28.640,0:05:32.670 一色の灰色の塊になり[br]違いは全くありません 0:05:32.710,0:05:34.430 これは手品でも何でもなく 0:05:34.430,0:05:35.840 灰色の濃さは同じです 0:05:35.840,0:05:38.810 でも バーを取りのけると[br]また違って見えるようになります 0:05:39.140,0:05:40.606 何が起きているのかというと 0:05:40.606,0:05:43.180 脳は事前の期待を[br]用いているのです 0:05:43.180,0:05:46.536 それは視覚野の回路の中に[br]深く構築されており 0:05:46.536,0:05:49.566 「影がかかると 物の表面は[br]より暗く見える」ということです 0:05:49.566,0:05:53.080 それでBが実際より[br]明るく見えるんです 0:05:53.920,0:05:55.326 もう1つの例があります 0:05:55.326,0:05:58.376 脳がいかに素早く[br]新しい予測を使って 0:05:58.400,0:06:00.816 意識経験を変化させられるかを[br]示すものです 0:06:00.816,0:06:02.510 これをお聴きください 0:06:03.440,0:06:06.480 (ゆがんだ音声) 0:06:07.320,0:06:08.896 なんか奇妙に聞こえますよね 0:06:08.920,0:06:11.629 何か分かるか [br]もう一度聴いてみましょう 0:06:11.760,0:06:14.930 (ゆがんだ音声) 0:06:15.880,0:06:17.136 やっぱり変ですよね 0:06:17.160,0:06:18.670 ではこれをお聴きください 0:06:18.920,0:06:21.976 (音声) I think Brexit is a really terrible idea. [br](ブレグジットは全くひどい考えだなあ) 0:06:22.000,0:06:23.270 (笑) 0:06:23.270,0:06:24.510 ほんとにそう思います 0:06:24.510,0:06:26.380 言っていることが[br]聞き取れましたね 0:06:26.380,0:06:29.536 では最初の音声をもう一度聴いてください[br]同じものを再生します 0:06:29.560,0:06:32.616 (ゆがんだ音声)I think Brexit is a really terrible idea. 0:06:32.640,0:06:35.136 今回は言葉が聞き取れたでしょう 0:06:35.160,0:06:36.670 おまけで もう1回 0:06:37.040,0:06:40.270 (ゆがんだ音声) 0:06:41.000,0:06:43.256 ではここで[br]何が起きているのでしょう 0:06:43.280,0:06:44.960 注目すべきことは 0:06:44.960,0:06:48.590 脳に届く感覚情報は[br]全く変わっていないことです 0:06:48.610,0:06:49.930 ここで変わったのは 0:06:49.930,0:06:53.296 感覚情報の原因に対する[br]皆さんの脳の 最善の推測だけです 0:06:53.320,0:06:56.410 その推測が 意識して聞く内容を[br]変えるのです 0:06:56.410,0:06:58.920 このことは 知覚に関する[br]脳の基礎を考える上で 0:06:58.920,0:07:01.356 少し違った観点を[br]与えてくれます 0:07:01.356,0:07:02.610 知覚というのは 0:07:02.610,0:07:06.560 外の世界から脳に入ってくる [br]信号に頼るだけでなく 0:07:06.560,0:07:09.000 それに勝るとも劣らず 0:07:09.000,0:07:13.530 反対向きの知覚的な予測にも[br]依存しているのです 0:07:14.070,0:07:16.256 私たちは単に受動的に[br]世界を知覚するのではなく 0:07:16.256,0:07:18.106 能動的に世界を生成しています 0:07:18.106,0:07:19.870 私たちが経験している世界は 0:07:19.870,0:07:21.660 外側から来るだけでなく 0:07:21.660,0:07:23.620 それに勝るとも劣らず[br]内側からも作られる訳です 0:07:23.640,0:07:25.750 例をもう1つ紹介しましょう 0:07:25.750,0:07:29.320 この能動的な 構築の過程としての[br]知覚の例です 0:07:29.320,0:07:34.536 ここでは没入型バーチャル・リアリティと[br]画像処理を組み合わせて 0:07:34.560,0:07:37.536 過剰に強い知覚的予測が[br]経験に及ぼす効果を 0:07:37.560,0:07:38.896 シミュレーションしました 0:07:38.920,0:07:41.770 このパノラマ映像では[br]世界が変容しています 0:07:41.770,0:07:43.896 この場合はサセックス大学構内を 0:07:43.896,0:07:45.870 サイケデリックな遊び場に変えました 0:07:45.870,0:07:49.470 Google の Deep Dream に基づく[br]アルゴリズムを用いて素材を処理し 0:07:49.470,0:07:53.590 過剰に強い知覚的予測の効果を[br]シミュレートしました 0:07:53.590,0:07:55.376 今回は 犬が見えるようにしました 0:07:55.400,0:07:57.460 これは非常に奇妙に見えるでしょう 0:07:57.460,0:08:01.056 こんなふうに[br]知覚的予測が強すぎると 0:08:01.080,0:08:05.470 薬物の影響下の人が報告する[br]幻覚のように見えます 0:08:05.470,0:08:08.460 精神病の状態にも[br]似ているかもしれません 0:08:09.120,0:08:10.787 これを少し考えてみましょう 0:08:11.160,0:08:16.120 もし幻覚が ある種 [br]制御を外れた知覚だとしたら 0:08:16.120,0:08:20.440 今ここにおける知覚もまた[br]一種の幻覚であり 0:08:20.440,0:08:23.116 ただ こちらの方は[br]制御が効いていて 0:08:23.116,0:08:24.660 脳の予測は 0:08:24.660,0:08:28.110 外からの感覚情報に[br]従っています 0:08:28.110,0:08:31.176 実際には 私たちは皆[br]ずっと幻覚を見続けているんです 0:08:31.200,0:08:32.746 今ここでもです 0:08:32.746,0:08:35.370 幻覚について[br]一同が合意している時 0:08:35.370,0:08:37.220 それを「現実」と呼ぶんです 0:08:37.220,0:08:41.216 (笑) 0:08:41.240,0:08:44.420 次にお話しするのは[br]皆さんの「自己」という経験― 0:08:44.420,0:08:46.676 つまり 自分であるという[br]独自の経験も 0:08:46.676,0:08:50.066 脳によって生成された [br]制御された幻覚だということです 0:08:50.066,0:08:52.106 すごく奇妙な考えに思えるでしょう 0:08:52.106,0:08:54.136 錯覚に目は欺かれるとしても 0:08:54.160,0:08:58.120 「私である」という感覚が[br]欺かれるはずないと 0:08:58.130,0:08:59.300 私たちの大半にとって 0:08:59.300,0:09:00.716 1人の人間だという経験は 0:09:00.716,0:09:03.276 とても馴染み深く ひとまとまりのもので[br]連続性もあるため 0:09:03.276,0:09:05.376 それが当然ではないと考えるのは[br]難しいものです 0:09:05.400,0:09:07.306 でも当然だと[br]受け取るべきではありません 0:09:07.306,0:09:10.380 実際 自分であるという経験には[br]様々な面があります 0:09:10.380,0:09:14.056 自分には身体があり その身体が自分である[br]という経験があります 0:09:14.080,0:09:18.160 世界を自分が知覚している[br]という経験があります 0:09:18.190,0:09:20.576 何かをしようとしている[br]という経験や 0:09:20.576,0:09:23.630 世界で起きることの原因になっている[br]という経験があります 0:09:23.640,0:09:28.670 時間を通じて 連続性のある[br]1人の人間であるという経験もあって 0:09:28.670,0:09:32.210 それは記憶や 人との関わりの[br]豊かな組み合わせから成っています 0:09:32.210,0:09:33.646 多くの実験が示しており 0:09:33.646,0:09:35.996 精神科医や神経科学者なら[br]とても良く知っていることですが 0:09:35.996,0:09:38.610 このような様々な形の[br]自分であるという経験は 0:09:38.610,0:09:40.576 破綻してしまうこともあります 0:09:40.576,0:09:44.336 つまり統一体としての自分である[br]ということの基本的な背景となる経験は 0:09:44.336,0:09:47.960 脳による 結構もろい構築物であり 0:09:47.960,0:09:50.200 他のものと同じように 0:09:50.200,0:09:52.600 説明を要する経験なのです 0:09:52.600,0:09:54.666 身体的な自分の話に戻りましょう 0:09:54.666,0:09:57.256 その身体が自分であるとか[br]自分には身体があるという経験を 0:09:57.280,0:09:58.536 脳はどうやって生成するのか 0:09:58.560,0:10:00.416 全く同じ原理が適用されます 0:10:00.440,0:10:02.116 脳は 何が自分の身体の一部で 0:10:02.116,0:10:04.900 何がそうでないのか[br]最善の推測を行うのです 0:10:04.900,0:10:08.520 神経科学には これを例証する[br]素晴らしい実験があります 0:10:08.520,0:10:10.616 大半の神経科学的な実験と違って 0:10:10.640,0:10:12.240 これは家でもできます 0:10:12.240,0:10:14.166 必要なのはこのゴムの手だけ 0:10:14.166,0:10:15.336 (笑) 0:10:15.360,0:10:17.540 あとは絵筆2本です 0:10:18.880,0:10:20.256 この「ゴムの手の錯覚」では 0:10:20.280,0:10:22.140 本物の手は[br]見えないよう隠されていて 0:10:22.140,0:10:25.116 偽のゴム製の手が 参加者の[br]目の前に置かれています 0:10:25.116,0:10:28.176 そして本物と偽物の手が[br]同時に絵筆で撫でられる間 0:10:28.200,0:10:31.250 その人は偽の手を見つめています 0:10:31.260,0:10:33.476 すると 大抵の人は [br]しばらくすると 0:10:33.476,0:10:35.416 非常に奇妙な感覚を覚えます 0:10:35.440,0:10:38.970 偽物の手を自分の身体の一部だと[br]感じるようになるのです 0:10:39.640,0:10:44.016 つまり 概ね手があるはずの場所にある[br]手に似た物体が撫でられるのを見て 0:10:44.016,0:10:48.040 それが撫でられる感覚と[br]一致しているなら 0:10:54.436,0:10:57.230 (突然 偽の手が突き刺される — 笑) 0:10:48.040,0:10:51.146 その偽物の手は [br]自分の身体の一部だという風に 0:10:51.146,0:10:54.436 脳が最善の推測を行うための[br]証拠としては 十分なのです 0:11:03.240,0:11:05.706 巧妙な測定法はいろいろあるでしょう 0:11:05.706,0:11:08.816 皮膚伝導反応や驚愕反応を[br]測ることもできます 0:11:08.840,0:11:10.096 でもそんな必要はありません 0:11:10.120,0:11:13.326 青シャツの青年は明らかに[br]偽物の手を自分の手のように感じていました 0:11:13.326,0:11:16.300 つまり何が自分の身体か[br]という経験すら 0:11:16.300,0:11:18.306 一種の 最善の推測に過ぎず 0:11:18.306,0:11:21.350 脳による 一種の[br]制御された幻覚なんです 0:11:21.480,0:11:22.930 もう1つあります 0:11:24.120,0:11:27.776 私たちは自分の身体を 外界の中にある[br]物体としてだけ経験する訳ではありません 0:11:27.800,0:11:29.776 身体の経験は内部からも生じます 0:11:29.776,0:11:34.360 その身体が自分であるという感覚を[br]私たちは皆 内側から経験しています 0:11:35.000,0:11:37.550 そして身体の内部から来る感覚信号は 0:11:37.550,0:11:41.600 脳に内臓器官の状態を[br]継続的に伝えます 0:11:41.600,0:11:44.240 心臓の動きがどうか[br]血圧はどれ位かなど 0:11:44.240,0:11:45.470 多くの事柄をです 0:11:45.470,0:11:48.600 この類の知覚は[br]「内受容」と呼ばれ 0:11:48.600,0:11:50.040 見逃されがちですが 0:11:50.040,0:11:51.606 非常に重要なものです 0:11:51.606,0:11:54.896 なぜなら身体内部状態の[br]知覚と調節によってこそ 0:11:54.920,0:11:57.340 私たちは生き続けられるのですから 0:11:57.400,0:11:59.570 これは「ゴムの手の錯覚」の[br]別バージョンで 0:11:59.570,0:12:01.250 私たちの研究室でのものです 0:12:01.250,0:12:04.730 ここで参加者は 自分の手の[br]仮想現実版を見ます 0:12:04.730,0:12:07.276 心拍に合った あるいは[br]外れたタイミングで 0:12:07.276,0:12:09.440 肌が赤みを帯びるように[br]なっています 0:12:09.440,0:12:11.920 心拍に同期して赤くなる時 0:12:11.920,0:12:15.420 自分の身体の一部である[br]という感覚をより強く持ちます 0:12:15.720,0:12:18.080 ですから [br]自分には身体があるという経験は 0:12:18.080,0:12:21.900 内部からの身体の知覚に[br]深く根付いているんです 0:12:23.510,0:12:26.336 皆さんに注意を向けてほしいことが[br]最後にもう1つあります 0:12:26.360,0:12:29.310 内部から来る 身体の経験は 0:12:29.310,0:12:32.096 身の周りの世界の経験と[br]大きく違うことです 0:12:32.120,0:12:34.816 周りを見回すと[br]世界には物体があふれているようです 0:12:34.840,0:12:37.016 テーブル、椅子、ゴムの手、 0:12:37.040,0:12:38.776 皆さん しかも大勢 0:12:38.800,0:12:40.720 私の身体さえも [br]世界の中にあります 0:12:40.720,0:12:43.136 自分の身体は外側の物体として[br]知覚することもできますが 0:12:43.136,0:12:44.970 内部からの身体の経験は 0:12:44.970,0:12:46.100 それとは全く異なります 0:12:46.100,0:12:48.656 別にこんな風に知覚はしません[br]「腎臓はここだな」とか 0:12:48.680,0:12:50.256 「肝臓はここ」とか 0:12:50.280,0:12:51.536 それから脾臓は・・・ 0:12:51.560,0:12:53.200 どこか分かんないけど 0:12:53.200,0:12:54.856 どっかにあるんでしょう 0:12:54.880,0:12:57.136 私は自分の内部を[br]物体として知覚しません 0:12:57.136,0:13:00.640 何か問題がない限りは[br]意識もしません 0:13:01.400,0:13:03.410 これが重要なのだと思います 0:13:03.600,0:13:05.696 身体内部の状態についての知覚は 0:13:05.720,0:13:07.806 どこに何があるか知る[br]ということではなく 0:13:07.806,0:13:09.846 制御と調節に関するものです 0:13:09.846,0:13:12.260 生理学的な変数を 0:13:12.260,0:13:15.890 生存可能な狭い範囲内に[br]収めるということです 0:13:16.640,0:13:19.676 そこに何があるのかを理解しようと[br]脳が予測を用いる時 0:13:19.676,0:13:22.616 私たちは物体を[br]感覚の原因として知覚します 0:13:22.640,0:13:26.090 脳が制御や調節のために[br]予測を用いる時は 0:13:26.090,0:13:29.960 私たちは制御が上手くいっているか[br]いないかを経験します 0:13:29.960,0:13:32.866 ですから自分であるという[br]私たちの最も基本的な経験― 0:13:32.866,0:13:35.116 肉体を持つ生命体である[br]という経験は 0:13:35.116,0:13:39.470 私たちを生かし続けている[br]生物学的機構に深く根ざしているのです 0:13:40.760,0:13:42.990 そしてこの考えに[br]すっかり従うならば 0:13:42.990,0:13:46.986 私たちの意識経験の全体が[br]どのようなものか見えてきます 0:13:46.986,0:13:50.320 全ては生きるという [br]基本的な衝動に由来する 0:13:50.320,0:13:54.850 予測に基づく知覚という [br]同じメカニズムに依存しているからです 0:13:54.850,0:13:57.810 私たちの世界や自分の経験は[br]生きた身体があってこそ 0:13:57.810,0:14:01.470 生きた身体を通じて[br]生きた身体が故に 生じるのです 0:14:01.560,0:14:04.330 少しずつ まとめをしていきましょう 0:14:04.560,0:14:06.336 私たちが意識の上で[br]見ているものは 0:14:06.336,0:14:08.646 何があるかという[br]脳の最善の推測に依存しています 0:14:08.646,0:14:10.856 私たちが経験する世界は[br]外側からだけではなく 0:14:10.880,0:14:12.600 内側からも作られます 0:14:12.600,0:14:14.330 「ゴムの手の錯覚」は [br]そのことが 0:14:14.330,0:14:18.440 何が自分の身体で 何がそうでないのかという[br]経験にも当てはまることを示しています 0:14:18.440,0:14:22.326 これらの自分に関係する事柄の予測は[br]身体内部の深いところから来る― 0:14:22.326,0:14:24.410 感覚信号に 強く依存しています 0:14:24.410,0:14:25.530 そして最後に 0:14:25.530,0:14:29.140 身体を持つという経験は[br]どこに何があるかよりも 0:14:29.140,0:14:32.110 制御や調節に関するものです 0:14:32.840,0:14:36.056 ですから身の周りの世界の経験や[br]その中にいる自分自身の経験は 0:14:36.080,0:14:38.280 制御された幻覚のようなもので 0:14:38.280,0:14:41.150 危険と機会に満ちた世界で[br]生き残るために 0:14:41.150,0:14:44.460 何百万年という進化の中で[br]形作られたものです 0:14:44.480,0:14:47.730 私たちは 予測によって[br]存在し続けられているのです 0:14:48.520,0:14:51.570 では最後に 3つのことを[br]示唆しておきたいと思います 0:14:51.600,0:14:53.810 その1 世界を誤って[br]知覚することがあるように 0:14:53.810,0:14:55.786 自分自身を[br]誤って知覚することもあります 0:14:55.786,0:14:58.026 予測のメカニズムが[br]うまく働かない時にです 0:14:58.026,0:15:02.496 これを理解することで 精神医学や神経科学に[br]多くの新しい可能性が開けます 0:15:02.496,0:15:05.096 抑うつや統合失調症などに対し 0:15:05.096,0:15:07.146 症状に対処するだけではなく 0:15:07.146,0:15:09.640 そのメカニズムに[br]たどりつけるかもしれません 0:15:09.690,0:15:10.936 その2 0:15:10.960,0:15:13.630 「私である」ということは[br]ロボット内部のプログラムに 0:15:13.630,0:15:17.176 変換もできなければ[br]アップロードもできません 0:15:17.200,0:15:19.416 いくら賢く洗練された[br]ロボットでもです 0:15:19.440,0:15:22.056 私たちは生き物で [br]血も肉もあります 0:15:22.080,0:15:25.336 意識経験というのは 私たちを生かし続ける[br]生物学的メカニズムによって 0:15:25.360,0:15:28.280 あらゆる水準で形作られるものです 0:15:28.280,0:15:32.440 コンピューターをただ賢くしても[br]感覚を持たせられる訳ではありません 0:15:33.000,0:15:34.200 その3 0:15:34.200,0:15:36.366 私たち独自の[br]個人的な内的宇宙である 0:15:36.366,0:15:37.900 意識のありようは 0:15:37.900,0:15:41.050 ほんの1つの形でしかありません 0:15:41.840,0:15:43.770 そして人間が意識しているのも 0:15:43.770,0:15:47.700 意識として考えうる領域のうち[br]ほんのわずかにすぎません 0:15:47.700,0:15:51.496 1人1人の自己と世界は[br]その人に特有のものですが 0:15:51.520,0:15:54.886 誰の場合でも [br]生物学的メカニズムに基礎があり 0:15:54.886,0:15:57.890 そのことは多くの他の生物と[br]共通しています 0:15:57.920,0:16:01.650 さて これらは私たちがいかに[br]自分自身を理解するかを 0:16:01.650,0:16:04.016 根本的に変えるものですが 0:16:04.040,0:16:05.810 これは喜ぶべきことだと思います 0:16:05.810,0:16:07.410 科学ではよくあるように 0:16:07.410,0:16:10.164 私たちは宇宙の中心にいる訳ではないとした[br]コペルニクスから 0:16:10.164,0:16:12.960 私たちは全ての生物と関係しているとした[br]ダーウィン 0:16:12.960,0:16:15.920 そして今日まで[br]それが続いているんですから 0:16:16.320,0:16:18.950 理解の感覚が強まれば 0:16:18.950,0:16:21.496 不思議さに打たれる感覚も強くなり 0:16:21.520,0:16:23.956 私たちは自然の構成要素であって 0:16:23.956,0:16:28.350 切り離された存在ではないと[br]より強く認識するようにもなります 0:16:28.920,0:16:30.390 そして・・・ 0:16:30.720,0:16:32.960 意識の終わりが来ても 0:16:32.960,0:16:36.060 恐れるべきことなんてー 0:16:36.060,0:16:38.410 何もないのです 0:16:38.430,0:16:39.806 ありがとうございました 0:16:39.806,0:16:47.746 (拍手)