1
00:00:21,000 --> 00:00:23,923
数学についてお話しましょう

2
00:00:23,923 --> 00:00:27,000
みなさん数学は大好きですよね？

3
00:00:27,000 --> 00:00:28,876
そうでもない？

4
00:00:28,876 --> 00:00:33,000
みんながみんな数学が
好きではない事は分かっています

5
00:00:33,000 --> 00:00:34,008
正直に言って

6
00:00:34,008 --> 00:00:38,000
数学が嫌いな方はこの中に
どれくらいいらっしゃいますか？

7
00:00:38,000 --> 00:00:40,140
そんなには多くない
いいですね

8
00:00:40,147 --> 00:00:42,005
実際に数学を嫌っている多くの人が

9
00:00:42,005 --> 00:00:44,972
数学って数のことだろうとか
計算や公式とか

10
00:00:45,007 --> 00:00:48,085
そういうつまらないものの事だ
と思っているようですが

11
00:00:48,085 --> 00:00:51,917
本当はそうじゃないんです

12
00:00:51,917 --> 00:00:54,307
ひとつ面白い話があります

13
00:00:54,307 --> 00:00:58,625
19世紀にエルンスト・クンマー
という偉大な数学者がいました

14
00:00:58,625 --> 00:01:00,578
彼はとても有名な数学者で

15
00:01:00,578 --> 00:01:06,289
今では 彼は「整数論の父」
と呼ばれています

16
00:01:06,289 --> 00:01:10,479
しかし彼は簡単な計算が
そんなに得意ではありませんでした

17
00:01:10,479 --> 00:01:13,862
ある時 授業中に

18
00:01:13,862 --> 00:01:16,975
７×９の計算に行き詰まりました

19
00:01:16,975 --> 00:01:18,726
７×９ですよ

20
00:01:18,726 --> 00:01:21,133
黒板に書きながら

21
00:01:21,133 --> 00:01:24,702
「７×９は？」

22
00:01:24,702 --> 00:01:27,193
１人の学生が「61です」

23
00:01:27,193 --> 00:01:29,435
別の学生が「69です！」
と答えました

24
00:01:29,435 --> 00:01:32,604
そこでクンマーは
「君たち 落ち着いて考えなさい

25
00:01:32,604 --> 00:01:37,028
61か69の両方であるわけがない
どちらかであるはずだ」

26
00:01:37,028 --> 00:01:39,154
この話おもしろいはずなんですが・・・

27
00:01:39,154 --> 00:01:41,005
これは有名な笑い話なんですが

28
00:01:41,005 --> 00:01:45,661
全ての数学者が数を扱うのが
得意なわけではないんです

29
00:01:46,621 --> 00:01:48,691
彼は有名な整数論の…

30
00:01:48,691 --> 00:01:50,463
どうも ありがとうございます

31
00:01:50,792 --> 00:01:54,181
数学は数だけの世界ではありません

32
00:01:54,181 --> 00:01:56,034
実際 僕は数について触れずに

33
00:01:56,034 --> 00:01:57,009
数学について何日間でも

34
00:01:57,009 --> 00:02:00,991
お望みならば一週間でも
しゃべり続けることができるでしょう

35
00:02:00,991 --> 00:02:02,867
毎日新たな定理が証明され

36
00:02:02,867 --> 00:02:08,003
新たなアイデアや概念が創造されています

37
00:02:08,003 --> 00:02:12,365
数学は完全に終わりのない
閉じていない創造行為なんです

38
00:02:12,365 --> 00:02:15,132
そういう意味で
数学は音楽に似ています

39
00:02:15,132 --> 00:02:18,006
例えば 何がかっこ良く何がイケてないか

40
00:02:18,006 --> 00:02:21,809
数学ではそれが時代や
文化で変わっていきます

41
00:02:21,809 --> 00:02:23,889
例えば ある人は圏論を
最もかっこいいと思い—

42
00:02:23,889 --> 00:02:26,009
「圏論」という言葉は

43
00:02:26,009 --> 00:02:28,006
聞いたことがないかもしれませんが—

44
00:02:28,006 --> 00:02:33,215
中には「集合論」ほどセクシーな
数学はないと思う人もいます

45
00:02:36,245 --> 00:02:41,099
ある国では具体的な数学を
得意とする人が多く

46
00:02:41,099 --> 00:02:45,251
ある国では抽象的な数学を
得意とする人が多いことがあります

47
00:02:45,251 --> 00:02:47,008
数学は 皆様が思い描いているほど

48
00:02:47,008 --> 00:02:49,637
自由が利かないものではないんです

49
00:02:49,637 --> 00:02:53,266
数学と音楽の間では決定的な違いとは

50
00:02:53,266 --> 00:02:58,631
音楽の世界には素晴らしい作曲家がいて
曲を創造します

51
00:02:58,631 --> 00:03:03,437
と同時に 素晴らしい演奏家が
その曲を演奏します

52
00:03:03,437 --> 00:03:05,005
それでバッハやベートーベン

53
00:03:05,005 --> 00:03:08,637
モーツアルトなど 
偉大な作曲家の美しい音楽が聞けます

54
00:03:08,637 --> 00:03:10,004
でも それらを今聞けるのは

55
00:03:10,004 --> 00:03:12,553
偉大な演奏家たちがいるからです

56
00:03:12,553 --> 00:03:14,111
グレングールドやヨーヨーマなど

57
00:03:14,111 --> 00:03:16,631
他の全ての演奏家たちが
音楽を演奏して初めて

58
00:03:16,631 --> 00:03:19,169
私たちはその音楽に
アクセスできるのです

59
00:03:19,169 --> 00:03:22,053
でも数学の世界では 残念なことに

60
00:03:22,053 --> 00:03:23,752
すばらしい作曲家がいて

61
00:03:23,752 --> 00:03:26,472
毎日たくさんの新しい数学が
創造されているのに

62
00:03:26,472 --> 00:03:29,844
誰もその数学を演奏していないのです

63
00:03:29,844 --> 00:03:32,004
なので 美しい数学の世界に
アクセスできるのは

64
00:03:32,004 --> 00:03:36,606
プロの数学者に限られてしまいます

65
00:03:36,606 --> 00:03:39,477
僕はこの状況を少しでも変えたいのです

66
00:03:39,477 --> 00:03:41,003
実際 僕は3年ほど前から

67
00:03:41,003 --> 00:03:43,543
「数学の演奏会」というのを始めました

68
00:03:43,543 --> 00:03:46,637
ここのようなホール レストラン 
お寺などの場所で

69
00:03:46,637 --> 00:03:48,007
僕は数学のことを話し

70
00:03:48,007 --> 00:03:50,007
そこへは数学者ではない方々が

71
00:03:50,007 --> 00:03:53,096
数学を「聴きに」いらっしゃいます

72
00:03:53,096 --> 00:03:56,285
僕は もちろん僕だけでなく

73
00:03:56,285 --> 00:03:58,995
より多くの人が「数学の演奏会」を開いて

74
00:03:58,995 --> 00:04:01,000
美しい数学の世界を

75
00:04:01,000 --> 00:04:05,505
数学者でない人に知ってもらいたい
と思っています

76
00:04:05,505 --> 00:04:07,797
では 話を本題に戻しましょう

77
00:04:07,797 --> 00:04:10,362
数学は数だけの世界ではない
と言いました

78
00:04:10,362 --> 00:04:13,079
では数学とは何なのでしょう？

79
00:04:13,079 --> 00:04:16,007
数学は日本語で「SUGAKU」と表されます

80
00:04:16,007 --> 00:04:19,474
「SU」とは数を表わし
「GAKU」とは学習を表わします

81
00:04:19,474 --> 00:04:22,016
つまり「SUGAKU」とは
数を学ぶものであると

82
00:04:22,016 --> 00:04:26,098
僕はこの訳があまりいいとは思えません

83
00:04:26,098 --> 00:04:28,913
というのも この訳では数学は
数についての学問なのだ

84
00:04:28,913 --> 00:04:31,435
という印象をもってしまうからです

85
00:04:31,435 --> 00:04:35,472
しかし「数学（mathematics)」
の本来の言葉はギリシャ語で

86
00:04:35,472 --> 00:04:38,665
ta mathemata という言葉でした

87
00:04:38,665 --> 00:04:40,513
ta mathemataの意味は

88
00:04:40,513 --> 00:04:42,979
「我々が『つかみ取る』
ことによって得られるもの」

89
00:04:42,979 --> 00:04:45,512
ただ 通常の「つかみ取る」
という意味ではなく

90
00:04:45,512 --> 00:04:48,756
我々がすでに持っているものを
「つかみ取る」という意味です

91
00:04:48,756 --> 00:04:51,001
普通「つかみ取る」という単語は

92
00:04:51,001 --> 00:04:52,841
我々が持っていない何かを
「つかみ取る」という意味です

93
00:04:52,841 --> 00:04:54,282
でも ta mathemataとは

94
00:04:54,282 --> 00:04:56,473
我々が何か手に入るものを「つかみ取る」

95
00:04:56,473 --> 00:04:58,493
でも「すでに得ているもの」
をつかみ取るという意味です

96
00:04:58,493 --> 00:04:59,945
ちょっと難しい概念ですが

97
00:04:59,945 --> 00:05:03,402
言い換えると 数学の元々の意味は

98
00:05:03,402 --> 00:05:05,838
すでに持っているものを「つかみ取る」

99
00:05:05,838 --> 00:05:08,940
すでに知っているものを
「知る」ということです

100
00:05:08,940 --> 00:05:12,437
それはどういうことなのでしょうか？

101
00:05:12,437 --> 00:05:15,594
日本人の数学者で岡潔という人がいます

102
00:05:15,594 --> 00:05:20,191
みなさん このプレゼン後も
是非この名前を覚えておいて下さい

103
00:05:20,191 --> 00:05:22,271
彼はここ京都に住んでいたこともあります

104
00:05:22,271 --> 00:05:28,329
世界で最も知られた
日本人の数学者の１人です

105
00:05:28,329 --> 00:05:31,001
岡潔はあまりにも偉大過ぎて

106
00:05:31,001 --> 00:05:32,755
ヨーロッパでは「OKA」という名前は

107
00:05:32,755 --> 00:05:34,428
数学者グループの名前だと思われていました

108
00:05:34,428 --> 00:05:37,008
彼らは「岡潔」の全ての仕事を

109
00:05:37,008 --> 00:05:39,008
とても１人で成し遂げたと思えなくて

110
00:05:39,008 --> 00:05:42,712
それを１人でやったとは信じていませんでした

111
00:05:42,712 --> 00:05:45,009
岡潔は偉大な数学者であっただけでなく

112
00:05:45,009 --> 00:05:49,795
彼は偉大な思想家で哲学者でもありました

113
00:05:49,795 --> 00:05:52,007
彼は数学についての
示唆に満ちたエッセイや言葉を

114
00:05:52,007 --> 00:05:55,367
いくつも残しています

115
00:05:55,367 --> 00:05:58,990
特に彼が繰り返し言っていたのが

116
00:05:58,990 --> 00:06:02,806
数学は自然数の最初の数字「1」について

117
00:06:02,806 --> 00:06:06,007
何も説明することができない

118
00:06:06,007 --> 00:06:09,001
確かに数字というのは数学の中で

119
00:06:09,001 --> 00:06:11,006
最もシンプルな概念のひとつですが

120
00:06:11,006 --> 00:06:13,001
でも もしあなたが

121
00:06:13,001 --> 00:06:16,334
「なぜその最初の数『１』は存在するのか？」

122
00:06:16,334 --> 00:06:19,334
「最初の数『１』というのは何か？」

123
00:06:19,334 --> 00:06:21,164
これをどんなに数学的に論理的に

124
00:06:21,164 --> 00:06:22,519
頑張って説明しようとしても

125
00:06:22,519 --> 00:06:25,005
あなたは決してそれを
説明することはできないし

126
00:06:25,005 --> 00:06:28,001
決して証明することもできない

127
00:06:28,001 --> 00:06:30,005
「１」という存在や最初の数
「１」が何であるかを

128
00:06:30,005 --> 00:06:33,004
我々は単にその存在を信じるだけなんです

129
00:06:33,004 --> 00:06:37,008
そして その信念は根拠のないものに
支えられています

130
00:06:37,008 --> 00:06:40,005
この信じる心の力が無ければ

131
00:06:40,005 --> 00:06:42,008
数学というのは全く根拠のない

132
00:06:42,008 --> 00:06:45,533
無意味なものになります

133
00:06:45,533 --> 00:06:49,004
最初に数学とは「数字」であり「計算」であり

134
00:06:49,004 --> 00:06:52,005
または「論理」であり
と思えたかもしれませんが

135
00:06:52,005 --> 00:06:54,006
でも「計算」や「論理」の奥深くには

136
00:06:54,006 --> 00:06:57,002
それを支える広大な心の領域があって

137
00:06:57,002 --> 00:07:01,165
計算や論理を下から支えているのです

138
00:07:01,165 --> 00:07:03,342
なので数学の中心には

139
00:07:03,342 --> 00:07:07,748
数字や論理や計算があるのではなく

140
00:07:07,748 --> 00:07:12,421
我々の心に巨大な
広がりを持つ世界があるのです

141
00:07:12,421 --> 00:07:17,475
岡潔はそれを「情緒」と名付けました

142
00:07:17,475 --> 00:07:20,611
「情緒」という日本語はとても難しい言葉で

143
00:07:20,611 --> 00:07:22,797
僕はしばらくこの「情緒」という日本語に

144
00:07:22,797 --> 00:07:26,004
ふさわしい英語の訳を
しばらく考えてみたのですが

145
00:07:26,004 --> 00:07:29,053
残念ながら ふさわしい言葉が
見つからなかったので

146
00:07:29,053 --> 00:07:33,243
ここではこのまま「Jocho」
と呼ぶことにします

147
00:07:33,243 --> 00:07:35,763
岡潔の言葉を借りれば

148
00:07:35,763 --> 00:07:40,001
数学は数や計算や
論理についての学問ではなく

149
00:07:40,001 --> 00:07:42,001
数学とは「情緒」についての学問である

150
00:07:42,001 --> 00:07:45,333
それは私達の心の内側を
覗き込む行為そのものの事であり

151
00:07:46,008 --> 00:07:50,000
自分自身の心に出会う行為のことです

152
00:07:50,000 --> 00:07:52,005
自分自身の内にある豊かな世界

153
00:07:52,005 --> 00:07:55,000
つまり「情緒」に出会うことである

154
00:07:55,000 --> 00:07:57,000
それで もし数学をしたいと思ったら

155
00:07:57,000 --> 00:08:00,000
なにも難しい問題を
解こうとする必要はありません

156
00:08:00,000 --> 00:08:02,005
まだ誰も証明したことがない定理を証明しよう

157
00:08:02,005 --> 00:08:04,005
そんなことを思う必要もありません

158
00:08:04,005 --> 00:08:06,005
簡単な問題で構わないので

159
00:08:06,005 --> 00:08:08,000
その問題に集中し

160
00:08:08,000 --> 00:08:09,008
自分自身で考えてみることです

161
00:08:09,008 --> 00:08:12,000
決して答えを見たり
ごまかしてはいけません

162
00:08:12,000 --> 00:08:16,750
自分の頭でそれが分かるまで
徹底的に考え抜いてみる事です

163
00:08:17,009 --> 00:08:20,003
ただ それには忍耐力が必要です

164
00:08:20,003 --> 00:08:22,004
そしてそれに集中し続けること

165
00:08:22,004 --> 00:08:27,000
ひとつの問題に忍耐強く
集中し続けることが大切です

166
00:08:27,000 --> 00:08:30,000
そのような心の状態を
辛抱強く耐えていると

167
00:08:30,000 --> 00:08:33,000
自分自身の心に
再び出会うことになるでしょう

168
00:08:33,000 --> 00:08:35,263
もしあなたが幸運であれば

169
00:08:35,263 --> 00:08:41,000
「情緒」の海で泳いでいる
自分自身に出会うでしょう

170
00:08:41,000 --> 00:08:44,000
機会があれば
是非みなさんもやってみて下さい

171
00:08:44,000 --> 00:08:45,235
今回は数学についての

172
00:08:45,235 --> 00:08:48,033
ごく短いプレゼンテーションだったのですが

173
00:08:48,033 --> 00:08:51,000
伝えたいメッセージはただ１つです

174
00:08:51,000 --> 00:08:53,000
数学とは数だけの世界でなく

175
00:08:53,000 --> 00:08:55,000
計算だけの世界でもなく

176
00:08:55,000 --> 00:08:58,000
論理だけの世界でもありません

177
00:08:58,000 --> 00:09:01,290
数学とは自分自身の心の内側を
覗き込んでいく行為のことであり

178
00:09:01,290 --> 00:09:04,623
その過程で自分の中にある
広がりを持った「情緒」の海で

179
00:09:04,623 --> 00:09:09,005
自分自身に出会うという体験
そのもののことである

180
00:09:09,005 --> 00:09:11,002
そういう意味では

181
00:09:11,002 --> 00:09:14,005
あなた自身も含めて
誰もが数学者になれるのです

182
00:09:14,005 --> 00:09:15,414
ありがとうございました

183
00:09:15,414 --> 00:09:17,740
（拍手）