お集まりいただき ありがとうございます
1896年
ロンドン過早埋葬防止協会が
結成されました
結成の目的は明確で
「早すぎる埋葬を防止すること」
特に会員の生き埋めを防止することでした
19世紀のロンドンの医師たちには
死にかけの人と
完全に死んだ人とを見分ける技術が
ありましたが
いま一つ安定していませんでした
その結果「早すぎる埋葬」が
問題になっていました
ただし重大な問題ではありませんでした
実際 1896年のロンドンで
生き埋めになる確率は
2014年のアテネで生き埋めになる確率と
ほぼ同じです
つまり ほぼゼロです
しかし それでもロンドン市民の心配は
なくなりませんでした
彼らは社説を出し
協会を結成し
議員に働きかけて
早すぎる埋葬の恐怖を防ぐため
莫大な費用のかかる法案を
通そうとしました
生き埋めになることなんて
まず ないんですけどね
なぜ私たちは時に小さな脅威を
大きな事のように扱い
大きな脅威を小さな事のように
扱うのでしょう?
今日はその疑問に答えていきたいと
思います
答えは実にシンプルなんですよ
人間の脳は何でも来いの
万能コンピュータではありません
脅威の発生する可能性を評価したり
その結果の規模を査定して
どう対応すべきか
合理的に決めることはできないのです
人間の脳は大変特殊な機械です
ある大変特別な問題を解決するために
進化したコンピュータです
その問題とは20万年前の
アフリカの平原に住んでいた―
ごく少数の狩猟採集民にとって
問題だったことです
現代の我々が直面する脅威と
我々の祖先が直面した脅威が似ている時
私たちは
固い決意をもって
力強く素早く反応します
似ていなければ それに対応するのは
非常に難しくなります
私たちが今日 直面している
2つの脅威を例に考えてみましょう
テロと地球温暖化です
テロは脅威です
非常に実際的な脅威です
平穏な市民社会の仕組みを脅かします
心の安寧を脅かし 人命を脅かします
数十、数百、数千人もの命が
脅かされることもあります
しかし いくら想像力をたくましくしても
テロによって地球上の
すべての生命が脅かされることは
ありません
地球温暖化の脅威は まさにそれです
ところが私たちは今年も
数十億ドルをかけて
テロという「早すぎる埋葬」を
防止しているのです
そして私たちは
地球上の先進工業諸国を集めて
会議を開き
とても温暖化を止められないような
はるかに不十分な条項に
合意することさえ出来ていないのです
この惑星の温暖化が問題なのは
確実です
現代の科学者は
まるで聖書に出てくる預言者です
彼らは今後50年のうちに
主要都市で洪水が起きると言っています
水没する国もあるでしょう
乾燥した地域は
ますます乾燥するでしょう
水害や乾燥がひどくて住めなくなれば
難民が出ますが
彼らには行くところがありません
海水の温度が上昇し
ハリケーンが増え
海岸沿いの都市は破壊されるでしょう
山火事が猛威を振るうでしょう
森林の乾燥が進めば
火災を食い止めることはできません
飢饉が起きるでしょう
後進諸国では農業生産が
10~25%減るでしょう
今でさえ国民を養えていないのにです
虫が南から北へ移動することで
病気が問題になります
マラリアや西ナイル熱ウイルスが
そんな病気と無縁だった地域に
広がっていきます
まるで旧約聖書ですね
血、ブヨ、蛙などの災いを描いた―
『出エジプト記』です
でも本当にそうなるんです
私たち全員に関わります
なぜ私たちは実質的に
何もしていないのでしょう
その答えは私たちの脳です
私たちの脳はある4つの
本質的な特徴を備えた脅威に対して
反応するように進化してきました
脅威にその特徴があれば
私たちは反応しますが
脅威にその特徴がなければ
対応しにくいというわけです
私たちが反応する脅威の特徴は
意図的で不道徳で
切迫していて瞬間的なものです
この4つ それぞれにまつわる心理を
お話しします
「意図的」から行きましょう
ここにお集まりの皆さんはご存じでしょう
人間の脳には異なる部位があり
各部位はちょっとずつ違うことを
担当しています
人間の脳はそれぞれに特化した領域に
極めて重要な機能を任せています
後ろのところに視覚を司る領域があり
こっちには言語を司る領域がある
という具合です
見ることと話すことは
私たちが生きていく上で極めて重要ですから
脳はその役割を担う領域を
それぞれ固有に持っているのです
テニス用の領域や
買い物用の領域はありません
それらは人類の生存において
重要ではないので
脳にはそれを担う固有の場所が
ないのです
ここ15年で どんなことが発見されたと
思いますか
脳には他の人間の心を理解することに
特化したネットワークがあります
他の人間の考えや感情や
意図や計画や野心を理解するためだけの
特別なネットワークです
さらに このネットワークは
オフになることがありません
永久にオンの状態のままです
だから私たちの脳は人間に関することで
いっぱいなのです
こちらの2枚の写真をご覧ください
何のパターンも見えないでしょう
でもひっくり返せば
誰でもすぐに見えるようになります
雲の中に顔があります
トルティーヤにはキリストが!
(笑)
目をこらさなくても
パターンが見えた理由は
この特別なネットワークが常に
人間の営みや知能を組み込んだ
パターンを探しているからです
このため私がスクリーンに点を載せて
特定の動かし方をすると
皆さんには即座に
走ってくる男性が見え
その人が女性に変わったりもするのです
空を見れば
そこにはヘラクレスとゼウスがいます
幻覚が起きたとき
聞こえるのは何ですか?
人の声です
汽笛や目覚まし時計は聞こえません
聞こえるのは人の話し声です
私たちの頭は人間の意図でいっぱいです
だから下着に爆弾を隠している人のことが
気になって仕方がないのです
ちなみに年間を通じて
下着に隠した爆弾による
死亡者はゼロです
(笑)
インフルエンザをひどく心配している人は
いないでしょう
インフルエンザによる死亡者は
年間30万人です
すごい数ですよ
多くの親は見知らぬ人に
我が子が車で連れ去られることを
心配するわりに
子どもがフライドポテトを食べ過ぎるのは
心配しません
しかし見知らぬ人に子どもが誘拐されるのは
極めて稀なことで
ジャンクフードによる肥満は稀どころか
日に日に珍しくなくなってきています
こうした例は 遠くへ行かなくても
見つかります
ここアテネでもアメリカ同様
航空機のニュースを毎日 耳にするでしょう
何らかの謎めいた理由で消息を絶ち
200人が死亡したというニュースです
私はこの航空機のニュースを日に2度
毎日 何ヶ月間も聞き
いまだに週に1度は聞きます
ところが私たちの多くは
同時期に発表された ある別の―
大気汚染による死者が2012年
7百万人だったという記事を見逃しています
大惨事ですよ
まあね でも航空機の話に戻っちゃうんです
航空機の件には人の意図が関わっていて
汚染には その気配がないですからね
研究実験でも同じことが現れます
研究室に協力者を集めて
お金に関わるゲームをしてもらいました
いいですか
協力者は他の人間のプレーヤーが
自分に対して不正な取引をした場合には
激怒しますが
不正取引をしたのがコンピュータだったら
気にしないのです
心理学の研究で電気ショックを与えると
ショックを与えたのが人間の場合は
機械の場合より痛いと回答します
もしこの飛行機が
このビルに突っ込んだ理由が
落雷だったとしたら
会場のどなたも この事件の日付を
言い当てることはできなかったでしょう
しかし アメリカ人全員
そして多くのヨーロッパ人にとって
これはインパクトの強い写真です
一目で「9月11日」と答えられます
地球温暖化には殺意がありません
そこが残念なところです
なぜなら もし地球温暖化が
ヒゲ面の極悪非道な男の陰謀なら
CIAやNSAのような
国家的な情報機関ができていて
明日にでも地球温暖化を止めるべく
頑張っていたでしょう
2つめは私たちが反応する脅威は
道徳的要素を含んだものだということです
人間は社会的な動物です
他人の心を大いに気にしますが
人間は道徳的な動物でもあります
実際のところ
良し悪しや白黒や善悪を
非常に気にする唯一の動物です
しかし気づいていただきたいのです
私たちの道徳的な規則と
それに違反することについて
大変興味深いことがあります
例として こんな話をしましょう
おそらく皆さん全員の
道徳的規則に違反する話です
ジュリーとマークは兄妹です
2人は大学の夏休みに
フランスを旅行中です
ある夜 海辺に近い小屋で
2人っきりになり
セックスをしてみたら
おもしろくて楽しいんじゃないかと思いました
少なくとも2人にとって
新しい経験になります
ジュリーは避妊薬を飲んでいましたが
念のためマークもコンドームを使いました
セックスは楽しめましたが
もう二度としないと決めました
その夜のことは2人の特別な秘密となり
それによって2人の仲は一層深まりました
さて ここで質問です
この話をどう思いますか?
彼らはセックスして良かったのでしょうか?
この質問に何千もの回答がつきましたが
今のところ「はい」という回答は
ありません
全員が2人のセックスを
絶対に間違いだと考えています
回答者はその理由を問われました
さまざまな回答がありました
「だって それはもう
兄と妹がセックスしたら
奇形児ができるじゃない」
いや 話を思い出してください
彼らは2種類の避妊をしていましたよ
子どもはできませんでした
「うーん そのせいで彼らは心理的に
メチャクチャになっちゃうでしょう」
いや 彼らはいたって順調だと
言いましたよね
2人にとって それは特別な出来事で
2人は以前にも増して仲良くなりました
「うーん 法律に違反する」
そうですね ただし2人がいた
フランスでは合法です
(笑)
皆さんは なぜ悪いか
いくらでも並べられます
私はどれも理由にならないと返せますが
皆さんの考えは一切 変わらないでしょう
皆さんがこれを悪いと考える理由は
理由などではないからです
それは感情です
道徳的な規則違反があると
私たちは強い感情を覚え
行動を起こさざるを得なくなります
この話の場合 よく見受けられる感情は
怒りと嫌悪感です
しかし道徳的規則の違反や
道徳的規則そのものについて
あることに注意してください
こうした感情の元は
私たちの祖先が懸念したことと
まったく同じである可能性が高いです
人類の文化には必ず道徳的規則があり
キスしてよい相手や殺してよい相手が
決まっています
しかし人類の文化のどこにも
車のエアコンを使ってよいか
どんな電球を買ったらよいか
そんなことを定めた道徳的規則は
ありません
したがって地球温暖化のような問題には
道徳的な要素が見当たらないのです
確かに心配にはなりますし
気にもかかります
しかし吐き気を催したり
嫌悪感を抱いたりはしません
侮辱されたり
名誉を傷つけられた感じもしません
その結果 私たちは地球温暖化のような
問題に対して
感情がなかなか動かないのです
それより 私たちの目は
同姓婚や国旗を焼く行為など
地球上の生命にとって
重大な他の脅威に向いてしまいます
こうした脅威は種を絶滅させる可能性が
非常に高いですからね
(笑)
「切迫」
私たちは差し迫った脅威に反応します
もし私がこの男のように
靴を取って皆さんに投げつけたら
ブッシュ大統領と同じことをされるでしょう
身をかがめます
ブッシュ大統領にできるんですから
皆さんもきっとできます
(笑)
(拍手)
大統領は機敏な方では
ありませんでしたが
ご覧ください
この身のかわし方の素早いこと
その理由は目前の危機から
身をかわすことが
人間の脳の得意とすることだからです
実際 この惑星に生まれてから
最初の数億年の間
脳の仕事はそれでした
脳は「かわす」専門の重要なマシーンで
捕食者から身をかわすことを
やっていました
ここ200万年で 人間の脳は
ある新しい技を覚えました
まだ現れていない脅威から
身をかわすことを覚えたのです
約200万年前 人間の脳は
新しい国を発見しました
「未来」という名の国です
そこには他の動物は存在しません
人類も まったく見たことのなかった国です
時間的な先を見通し
まだ起きてもいないことの
結果に反応する能力です
飛んでくる靴にだけでなく
いつか飛んでくるかもしれない靴にも
反応できます
これは実に新しい能力です
それは脳の特別な部位と関わっています
「前頭葉」という まったく新しい部位です
前頭葉は脳の進化において
最も新しい部位です
脳の中で最後に成長が完成する部位です
前頭葉が完全に成長するのは
18~19歳になってからです
年を取ると真っ先に衰える部位です
前頭葉は とても脆弱な部位ですが
前頭葉によって可能になったことも
とても脆弱です
未来について考える能力が
私たちに備わってから日が浅いため
私たちは それが得意ではありません
その能力を持たないと―
つまり前頭葉を損傷したら
どうなるか想像してください
こちらは心理学者と患者の会話です
患者は この重要な領域に損傷があります
心理学者の質問は
皆さんなら誰でも答えられるものですが
この患者には
それが とんでもなく悩ましいのです
「明日は何をしますか?」
「わかりません」
「質問を覚えていますか?」
「明日 私が何をするか」
「そうです
それを考えようとした時
頭がどういう状態になるか
教えてくれますか?」
「真っ白だね
眠っているような状態だ
何もない部屋の中で
椅子を探せと言われるんだけど
そこには何もないんだ
湖の真ん中で泳いでいるみたいだ
支える物も道具も 何もない」
永遠の現在に生きるというのは
こういうことです
明日のない現在です
人間の脳を調べると
おもしろいことに気づきます
「今」について心配している領域は
このくらいありますが
「今」以外の時について心配している領域は
このくらいしかありません
だから人々に質問すると
なにやら筋の通らない答えが
返ってくるわけです
12ヶ月のうちに100ユーロ または
13ヶ月のうちに200ユーロ 差し上げましょう
この提案に ほとんどの人が
200ユーロを選択します
なぜか?金額が倍になるのですから
1ヶ月待つ価値があります
そうでしょう?当然です
しかしこの場合をご覧ください
質問は同じですが
今すぐ100ユーロか
1ヶ月のうちに200ユーロか
すると人々は急に待ちきれなくなります
「そりゃ今すぐもらえる方がいい」
なぜか?
「今」には特別な力があるのです
「明日」など目じゃありません
地球温暖化にまつわる問題の1つは
それが後々起きてくるということです
最後は「瞬間的」
私たちは瞬間的な脅威に反応します
この揺らめくキャンドルの炎から
目をそらせる人はいませんよね
理由は人間の脳というものが
変化に大変興味があるからです
場所の変化、光の変化、音の変化―
大きさの変化、圧力の変化、温度の変化に
大いに関心があります
人間の脳はどんなタイプの変化にも
気づきますが
その変化は速くなければダメです
これは静止画ではありません
動画です
今 皆さんが見ているのは動画で
画面上では
実に重大な変化が起きていますが
見えないでしょう
理由はその変化に
20秒もかかっているからです
どこが変化したか気づいた方はいますか?
もう一度 再生しますよ
先ほどの倍速にしましょう
10秒かけて変化するところを
ご覧いただいています
気づいた方がいるようですね
もっと高速にしましょう
5秒で再生してみます
最初にお見せしたのと
まったく同じ変化なのですが
ほとんどの方に見えなかったのは
変化の速度が遅すぎたからです
テロが起こす変化は高速です
そこにあった建物が
翌日なくなっていれば
脳は気づきます
しかし地球温暖化がもたらす変化は
どれもこれも遅いのです
ここ15~20年で
地球上の水や空気や食べ物の純度は
劇的に下がりました
しかしその変化は決まって
日々少しずつなのです
私たちの脳は
そのくらいの遅さで起きる変化を
捉えるようには作られていません
もちろん私たちは
環境を大事にしていますよ
石油会社が1日のうちに
千バレルの原油を流出させれば
私たちは憤慨します
しかし石油会社が毎日1バレルずつ
千日にわたって流出させたら
私たちは気にしません
若者たちよ 気をつけたまえ
(笑)
抜け毛は1本ずつ着々と進むのです
(笑)
(拍手)
もし家に鏡がなかったり
妻がいなかったりしたら
私は抜け毛に気づきもしなかったでしょう
(笑)
重要なのは これです
1989年のある朝 私が目覚めて
鏡の中に
このハゲの男がいたら
悲鳴を上げてますよ
医者に駆け込み
男性用の増毛サロンにも行き
「植毛してください」 と言ったでしょう
しかし進行があまりにも遅かったため
私は抜け毛に気づきもしませんでした
皮肉なことに人間の脳は
動きの遅い敵と戦うようには
設計されていないのです
意図的で不道徳で
切迫していて瞬間的な脅威は
私たちの注意を引き
私たちは反応します
その特徴がない脅威には
無関心で無反応です
地球温暖化は人類の未来にとって
最大の脅威ですが
4つの特性のどれも
持ち合わせていません
人類滅亡は避けられない
ということでしょうか?
我々にできることは何もないのでしょうか?
そんなことは ありません
自然が設計したわけではない物事で
人間がやっていることは数多くあります
私はここへ飛んできました
この哺乳動物がギリシャへ飛ぶなんて
自然には絶対に想像できません
私には代数計算ができます
交響曲が書けます
平和な文明社会で暮らすことができます
どれも自然が設計してくれた物では
ありません
私たちは4つの特徴を持たない脅威にも
反応できるのです
ただ それには努力が必要です
受身の反応ではなく能動的に動くのです
まさに それが人間の成し遂げた偉業です
スターバックス社の方のご好意で
同社のカップの側面に
文章を書くことになり
私は考えに考えました
おそらく私が書くものの中で
その文章ほど―
重要なものは他にないだろうと
思ったからです
なにしろ その文章は
何百万もの人の目に触れるのです
コーヒーを口にする前の
非常に暗示にかかりやすく
何でも信じてしまう人々です
(笑)
じっくり考えて
私はこんな文章を書きました
「人間の脳は
既知の宇宙において唯一
自らの未来を予測し
自らの運を判断できる物体です
結果を予見しながらも
なお私たちには
悲惨な決断ができるわけですが
これぞ人間の営みがもたらす
大いなる未解決の謎です
自らの手に 自らの運命を収め
こぶしを握るのは一体なぜですか?」
答えはわかっていますね
こぶしを握るのは危険に対する
紛れもない自然な反応です
私たちが救われることが
あるとしたら
それは私たちという動物が
脅威にさらされた時 脳を使って
他の動物にはできないことを
可能にした場合です
握った手を開きましょう
ありがとうございました
(拍手)