(音楽) これはウフィッツィ美術館にある サンドロ・ボッティチェリの 謎に満ちた傑作の一つ 「プリマヴェーラ」です 「春」という意味です 聖なる茂みの真ん中に立つ 女神ヴィーナスは まっすぐこちらを見つめています 手前の人物は 左右に分かれているので 中央のヴィーナスと我々鑑賞者は 邪魔されずに互いに見つめ合い 同じ絵画空間を共有することが できるのです 女神の周りの木を透かして 見える空は まるで後光のようです 確かに半円ですね 私は建築物を連想します 後陣です こうした空間に置かれるのは ルネサンス時代なら普通 教会の中の聖母マリアですが ここは自然または神話の世界で 女神ヴィーナスがいるのです そうです そもそもルネサンス時代とは 古代ギリシア・ローマ文明が 見直された時代で この絵で画家はテーマとして 異教の女神ヴィーナスを 取り上げているのです 古代ギリシア・ローマ神話の 他の要素も取り入れていますね 神話上の多くの人物がいます 左側にいるのは三美神です まず彼女たちの話をしましょう 三美神はローマ時代に非常に人気ある 彫刻のテーマでした 彫刻家は人体を同時に 三つの方向から 表現できたからです 少しずつ姿勢を変えた人物像を 三体制作すれば 丸彫りのように 全身を表現できたのです 左端にいるのは戦いの神 マルスです 武器は持っていません この庭園では平和を 楽しんでいるようです 女神の楽園では 誰でもそうでしょう 彼が何をしているのか よく分かりませんね 手に持つ棒で 左から近づく雲を 押しやっているのかもしれません 雲ひとつない晴れた楽園の一日 その通りです 右側にも三人います まず風神ゼフュロス 青い神ですね そう 青い姿の彼は クロリスを 連れ去ろうとしています クロリスの口からこぼれ落ちる 葉の茂った枝は 隣に立つフローラに 向かっています つまり二人は 同一人物かもしれません 誘拐されたクロリスは フローラに変身したのです そしてフローラは花の入った袋から まるで絨毯のような地面に 花をばら撒いています プリマヴェーラ つまり春の絵ですから 実り豊かな自然を 表しているのです 次にヴィーナスのすぐ上には 目隠しをした少年が見えます これはもちろん息子の キューピッドで 三美神の一人に向けて 矢を射ようとしています 誰に矢が当たるか 自分でも分かっていませんが 推測することはできます この画家に特徴的なことですが 人物像は細長く軽やかで あり得ないような姿勢をとっています ルネサンス絵画には 珍しいことです つまり15世紀の伝統から はずれた部分が多いのです 採用されているのは 透視図法ではありません わずかに木立の間の景観には 空間遠近法が 取り入れられていますが それ以外では非常に 正面性の強い絵です まるでフリーズ彫刻のようで 何らかの思想を 表現しているのかもしれません 美術史家たちは 絵に込められた意味を求めて 様々な文献を調査してきました でもこの作品を見にきた 多くの人々にとって 思想など どうでも良いのかもしれません この絵は非常に美しいからです 逆に特別な意味などない方が 21世紀の私たちは 無心に絵を楽しめるのかもしれません 絵の細部には 非常に巧みに描かれた 部分がたくさんあります 例えば三美神の服のひだや 飾り房です 見事としか言いようがありません 特に三美神の手が触れ合う部分では 画家は複雑な指の絡まり合いを 美しく表現しており 遊び心を込めた視覚的な効果を狙って 見事に成功しています この絵に関しては 新プラトン主義思想を 表現しているとか 様々な種類の美を表現したとも 考えられています ヴィーナス自身も 息を飲むような美しさです 頭を傾けて衣装を押さえ そして手振りをして まっすぐこちらを向いています 誰でも彼女の楽園に行きたいと 願わずにいられないでしょう (音楽)