WEBVTT 00:00:06.793 --> 00:00:08.921 人類の歴史を通じて 00:00:08.921 --> 00:00:12.384 たった3文字の ある言葉が 詩人を原稿用紙へ 00:00:12.384 --> 00:00:14.762 哲学者を広場へ 00:00:14.762 --> 00:00:17.102 求道者を神託所へ 向かわせてきました 00:00:17.102 --> 00:00:19.099 「私は誰?」 00:00:19.099 --> 00:00:22.723 アポロ神殿に刻まれた 古代ギリシャの格言にある 00:00:22.723 --> 00:00:24.459 「汝を知れ」 から 00:00:24.459 --> 00:00:27.192 ロックバンドThe Whoの代表曲 『Who Are You?』 00:00:27.192 --> 00:00:30.312 それから哲学者 心理学者 研究者 00:00:30.312 --> 00:00:34.514 科学者 芸術家 神学者 それに政治家まで 00:00:34.514 --> 00:00:38.433 皆がアイデンティティの問題と 格闘してきました 00:00:38.433 --> 00:00:42.990 彼らの説は大きく異なり 有意義な合意に至っていません 00:00:42.990 --> 00:00:44.600 賢くて創造的な人達なのに 00:00:44.600 --> 00:00:49.540 正答にたどり着くのが なぜそんなに難しいのでしょうか? 00:00:49.540 --> 00:00:51.559 確実に言える1つの困難は 00:00:51.559 --> 00:00:56.301 アイデンティティの持続性という 複雑な概念にあります 00:00:56.301 --> 00:00:58.490 まず 対象になるのは 「どの」自分のことでしょう? 00:00:58.490 --> 00:01:00.095 今日の自分? 00:01:00.095 --> 00:01:01.383 5年前の自分? 00:01:01.383 --> 00:01:03.402 50年後の自分? 00:01:03.402 --> 00:01:05.382 それに 自分が 「今」存在するといっても 00:01:05.382 --> 00:01:06.875 今週のことでしょうか? 00:01:06.875 --> 00:01:08.005 今日? 00:01:08.005 --> 00:01:09.143 この時間? 00:01:09.143 --> 00:01:10.531 この瞬間? 00:01:10.531 --> 00:01:13.390 さらに「自分」といっても いろんな側面があります 00:01:13.390 --> 00:01:15.094 物理的な身体のことでしょうか? 00:01:15.094 --> 00:01:16.695 思考や感情のこと? 00:01:16.695 --> 00:01:18.368 行為のこと? 00:01:18.368 --> 00:01:22.153 これらの曖昧で抽象的な思考を 進めていくのは大仕事です 00:01:22.153 --> 00:01:25.752 そこで この複雑さを示すために おそらくぴったりの方法として 00:01:25.752 --> 00:01:31.373 ギリシャの歴史家プルタルコスは 船の例え話を使いました 00:01:31.373 --> 00:01:34.207 「自分」とはどういうことか? 00:01:34.207 --> 00:01:38.669 この物語では神話上の人物で アテネ王家の始祖テセウスが 00:01:38.669 --> 00:01:43.161 悪者である クレタ島のミノタウロスを 誰の手も借りずに倒し 00:01:43.161 --> 00:01:45.757 船で戻ってきます 00:01:45.757 --> 00:01:47.656 この英雄的偉業を讃えるために 00:01:47.656 --> 00:01:54.394 千年のあいだ アテネの人々は 港にある彼の船を 入念に手入れし続け 00:01:54.394 --> 00:01:58.285 毎年 彼の航海の様子を 再現しました 00:01:58.285 --> 00:02:01.319 船の部品が朽ちたり 壊れたりしたときは 00:02:01.319 --> 00:02:05.592 同じ素材の同じ形の部品と 取り替えました 00:02:05.592 --> 00:02:09.439 するとある時点で 元々の部品はなくなってしまいました 00:02:09.439 --> 00:02:11.372 プルタルコスは テセウスの船の話を 00:02:11.372 --> 00:02:14.549 哲学的なパラドックスである 00:02:14.549 --> 00:02:17.667 「アイデンティティの持続性」 の例として 述べました 00:02:17.667 --> 00:02:20.305 ある物の全ての部品が 置き換えられてしまっても 00:02:20.305 --> 00:02:24.022 同一の物が あり続けていると 言えるでしょうか? 00:02:24.022 --> 00:02:26.053 2つの船があると想像しましょう 00:02:26.053 --> 00:02:29.299 テセウスがアテネに係留した船 これをA船とします 00:02:29.299 --> 00:02:35.101 千年後にアテネの人々が乗った船 これをB船とします 00:02:35.101 --> 00:02:40.517 これはすごく単純な問題です― AとBは等しいか? 00:02:40.517 --> 00:02:45.408 千年の間 テセウスの船は 1つしか存在せず 00:02:45.408 --> 00:02:48.493 しかも変化は徐々に起こったので 00:02:48.493 --> 00:02:53.667 この船はこの間 どの時点においても テセウスの船だったと考える人もいるでしょう 00:02:53.667 --> 00:02:56.267 共通する部品は1つもないけれど 00:02:56.267 --> 00:03:01.200 この2つの船は 数的には同一 つまり1隻で同一だ 00:03:01.200 --> 00:03:03.772 だからAはBに等しい 00:03:03.772 --> 00:03:08.981 しかし こう言う人もいるでしょう テセウスは B船に一度も足を踏み入れていない 00:03:08.981 --> 00:03:12.698 この船上に彼が存在したことが 質的には テセウスの船としての 00:03:12.698 --> 00:03:14.762 本質的な要素である 00:03:14.762 --> 00:03:17.169 彼の存在無しに この船は存続しない 00:03:17.169 --> 00:03:20.478 だからこの2つの船は 数的には同一であっても 00:03:20.478 --> 00:03:23.295 質的には同一ではない 00:03:23.295 --> 00:03:26.993 したがって AはBに等しくない 00:03:26.993 --> 00:03:29.523 でも問題を こう変えると どうなるでしょう? 00:03:29.523 --> 00:03:33.605 もし元の船の各部品が 投げ捨てられ 00:03:33.605 --> 00:03:38.744 それを誰かが全部集めて 全く元どおりの船を作ったとしたら? 00:03:38.744 --> 00:03:43.783 それが完成したら 明らかに 2つの船が物理的に存在します 00:03:43.783 --> 00:03:45.798 アテネの港に係留されたものと 00:03:45.798 --> 00:03:48.242 誰かの裏庭のものです 00:03:48.242 --> 00:03:51.875 「テセウスの船」の名を冠する権利が 双方に発生します 00:03:51.875 --> 00:03:55.085 でも本物は1つだけでしょう 00:03:55.085 --> 00:03:56.374 どちらが本物なんでしょうか 00:03:56.374 --> 00:03:59.583 それにもっと重要なのは これがあなたにどう関係するかです 00:03:59.583 --> 00:04:01.727 テセウスの船のように 00:04:01.727 --> 00:04:05.420 あなたは常に変化し続ける 部品の寄せ集めです 00:04:05.420 --> 00:04:11.628 物理的な身体 精神 感情 環境 そして癖まで 00:04:11.628 --> 00:04:16.629 それらは常に変化していますが 驚くことに そして不合理なことに 00:04:16.629 --> 00:04:19.074 それでもあなたは いつも同じあなたなんです 00:04:19.074 --> 00:04:24.431 これが「私は誰?」の質問を すごく複雑なものにしている理由の1つです 00:04:24.431 --> 00:04:25.875 そしてこれに答えるためには 00:04:25.875 --> 00:04:28.445 数々の優れた先人のように 00:04:28.445 --> 00:04:33.897 哲学的パラドックスという 際限のない大海に 飛び込まねばなりません 00:04:33.897 --> 00:04:35.441 またはこう答えてもいいでしょう 00:04:35.441 --> 00:04:40.809 「僕は叙事詩に出てくる 立派な船に乗った伝説の英雄なんだ」 00:04:40.809 --> 00:04:42.434 それも正解でしょう