おはようございます 私は横浜の理化学研究所で働く 細胞生物学者です 今日は「ジャンク」の話を しようと思います そう ゴミです ジャンクは「無用なもの」 あるいは「何の目的も持たない」 のような意味です 例を挙げましょう 栄養価がほとんどないと 考えられる食べ物 それを「ジャンクフード」と呼びます 郵便受けを開けて 広告の山が出てくる それを「ジャンクメール」と呼びます でも 「なぜ科学者がジャンクの 話をするんだろう?」と みなさんは首をかしげているかもしれません これから私がお話しするのは 普通のジャンクではなく 私たちのDNAの中に見つかった ジャンクについてです DNAは私たちの細胞の中にある 生命の設計図です DNAにはあらゆる遺伝情報が含まれていて 私たちが生命を始めたり 生命を維持したり 守ったり あるいは終わらせる働きを持ちます ところが私たちのDNAの背後には 隠された謎があります 今 説明した生命のプロセスは すべて「遺伝子」に制御されています しかし遺伝子がDNAに占める割合は わずか2%です まだあります もしみなさんの体内の 1つの細胞からDNAを取り出し そのDNAを伸ばせるだけ伸ばすと 2メートルにもなります さらに驚くべきことに 人体の細胞全部から DNAを取り出して 全部を繋げて 最大限に伸ばすと この地球から太陽まで 200往復する長さになります それほどの量のDNAが 人体にあるのです でも お話ししたように このうち2%にしか 私たちの生命の遺伝的制御を行う 最も大事なことは書かれていません みなさん不思議に思いませんか 残りの98%の非コード領域が 何なのか 長いあいだ 70年代以来ずっと 多くの科学者は DNAのこの領域を 役に立たない ガラクタだと考えてきました 私はそこに大きな好奇心を覚えました 高校の生物の授業で 初めてそう聞かされた時に なぜか納得いかなかったからです 体内にそんなにたくさんのガラクタを 抱えているなんていい気がしませんし 無用の長物以上の意味が あるはずだと思いました そして私の好奇心に火がついて 私は研究の道に挑みたいと思いました このDNA領域の背後に何が隠れているのか 私は理解したいと考えました 過去数年にわたって 我々の研究室だけでなく 世界中の 多くの研究室で明らかになったのは この領域にはこれまで考えられていたよりも 多くの情報が隠されているということです DNAは 実は 二次元的な直線ではなく 私たちの細胞内で三次元的な 相互作用を形成することができます そして 私たちのDNAの 非コード領域は タンパク質コード領域と 緊密に接触し 遺伝子の発現を制御していることが 明らかになりました この領域が遺伝子のスイッチを入れたり 切ったりしている可能性があります それよりずっと興味深いのは 多くの変異が — 病気の原因にもなることがある DNAに起こる変化のことですが DNAの非コード領域で見つかりました 「がん」「自己免疫疾患」 「アルツハイマー病」「パーキンソン病」 を引き起こす変異は DNAの非コード領域に見られ 実際に 生命にとって中核となる 遺伝子の制御を妨害しているのです こういった変異によって 私たちの日常活動に とても壊滅的な結果がもたらされます 私たちがすぐに気づいたことは 生命について完全に理解するには この2%以外のDNAに目を向けて 未知の領域を究明する必要があることでした 今日みなさんにお話ししたいのは それだけではありません DNAの働きは RNAを 作るだけではないはずです RNAは 私たちの生命のプロセスにおいて 非常に中心的な役割を果たしています RNAは DNAのイトコと 考えてもよいでしょう RNAがタンパク質の合成に必要だと いうことは既に知られていました しかし 私たちは気がついたのです DNAの非コード領域からも RNAを作り得るのだと 特徴的なのは ここで作られたRNAが タンパク質合成に使われないことです このRNAには もっと他の働きがあるはずです この非コードRNAを理解するために 私たちを含めた世界中の研究チームが 非コードRNAの性質の 解明に乗り出しました 非コードRNAに実際に何ができるのか いくつかの例を挙げさせてください 非コードRNAにできることの一つは コネクターとして機能することです 二つのタンパク質を繋げて 一つの複合体にすることができます 新幹線を想像してみてください 二つの車両があって その二つの車両を連結させるには その間を繋ぐ小さなコネクターが必要です このように非コードRNAは 二つのタンパク質を繋ぐことができます そうすることで繋がったタンパク質が 細胞内で機能できるようになります 非コードRNAの能力のもう一つの例は GPSとしての働きです この非コードRNAは遺伝情報における 郵便番号のようなものを持っていて その郵便番号によって タンパク質の細胞内での行き先を指定し タンパク質に「どこそこに行け」 といった指令を出します 私たちはこの非コードRNAに関する 新しいメカニズムを解明しようとしていて これまで未知だった新しい 細胞内の生物学を再構築しています その分子過程を使って 治療目的のための解決法を見つける 新しい方法も見つけようとしています 非コードRNAは ジャンクどころではなく 実際には私たちのDNAの管制塔として これまで未知だった多くのプロセスを 制御していることに気付きました 生命の設計図を真に理解するには 先見性をもって 非コード領域に隠されたものを 探求する必要があります 今日は2つの例だけに焦点を あててお話しましたが 私たちの研究チームや 世界中の相互努力によって 実際にこの種の非コードRNAを 25,000以上発見しました しかし 私たちが知っているのは これらの非コードRNAのごく一部と その機能に過ぎません 氷山の表面に引っ掻き傷を 作っただけなのです 私たちの生命の複雑な全容を 理解するためには この未知の領域を深く掘り下げ 探求する必要があります それを実現するため そして 細胞内における長い非コードRNAの 性質の全容を理解するために 私たちは新しいプロジェクトを始めました 目標の一つは ハイスループットスクリーニングができる ロボットシステムの開発によって これを実現することです これを使うと私たちの細胞から 一つずつ 非コードRNAを取り除くことができます そして DNAシーケンサーを使って 細胞内のスイッチを入れたり 切ったりする遺伝子がどれであるかを 決定することができます この概念を説明するために 多数のパーツからなる一台の 自動車を想像してください これらのパーツは 自動車を構成する ハンドルや ブレーキペダルや ボルトやナットだったりします 自動車が走っている状態で 一度に一個の部品を外していきます 自動車には 何が起こるか? ハンドルがとられてしまう? 運転手は安心でいられるか? こういった挙動を分析することで 自動車にとっての 各々の部品の重要性がわかります 同様の理屈で 細胞の中から一つずつ 非コードRNAを取り除くと ある特定の非コードRNAが 細胞の成り立ちにとって いかに重要かを理解できます ここ3年間で 私たちは非コードRNAを 多数を解析してきました 私たちは 生命の複雑さを理解するために コンピューターによる 徹底解析も行っています でももちろん これらのことは 私一人では達成できません これは本当に大きなプロジェクトであり 世界中が一丸となって 尽力する必要があります それを実現するため 私たちは 国際的なコンソーシアムを立ち上げました 「FANTOM6(ファントム6)」です これは 世界中の科学者たちの共同事業で 最も包括的な長鎖非コードRNAの カタログの樹立を目指しています このコンソーシアムには 世界中から 数百人もの科学者たちが参加しています 米国、ドイツ、英国 オーストラリアなどです そして大変名誉なことに 私は 理化学研究所の ピエロ・カルニチ博士と ミヒル・デ・ホーン博士と共同で コンソーシアムの主幹を務めています 今後 多数の活動を予定していて この研究の旅に参加できることに ワクワクしています これらのDNAを「ジャンク」と呼んで以来 非常に長い距離を歩んできました しかし現在 DNAの意味を再定義するため 本当の意味でスタート地点に立ちました 新たな非コードRNAを発見することで これまで誰も行ったことがない 全く新しい世界に入ろうとしています 私の夢は非コードRNAのこのカタログが 新たなインスピレーションを 巻き起こす構成要素となり 私たちの健康を改善するために役立ち 疾病治療のための 新たな解決策をなることです ご静聴ありがとうございました (拍手)