WEBVTT 00:00:06.463 --> 00:00:09.482 1年前 エルサレムでレンタカーを借りた 00:00:09.482 --> 00:00:11.674 一度も会ったことのない でも僕の人生を変えた 00:00:11.674 --> 00:00:13.810 ある人に会うために 00:00:13.810 --> 00:00:16.555 連絡を取りようにも 電話番号を知らなかったし 00:00:16.555 --> 00:00:19.056 正確な住所も知らなかった 00:00:19.056 --> 00:00:21.671 分かっていたのは アベッドという名前と 00:00:21.671 --> 00:00:26.323 人口15,000人のクファカラという町に 住んでいるということ 00:00:26.323 --> 00:00:31.134 21年前に この聖なる街すぐ外で 00:00:31.134 --> 00:00:33.355 僕の首の骨を折ったということだった 00:00:33.355 --> 00:00:37.619 1月のあるどんよりした朝 北へ向かった 00:00:37.619 --> 00:00:42.325 シルバーのシボレーで アベッドを探しに そして心の平静を求めて 00:00:42.325 --> 00:00:45.197 下り道にさしかかり エルサレムの街を出た 00:00:45.197 --> 00:00:47.837 そして あの曲がり角を曲がった 00:00:47.837 --> 00:00:50.163 アベットの運転する 4トンもの床タイルを載せたトラックが 00:00:50.163 --> 00:00:52.981 ものすごいスピードで 僕が乗っていたミニバスの 00:00:52.981 --> 00:00:56.119 左後方に突っ込んできた場所だ 00:00:56.119 --> 00:00:58.773 そのとき僕は19歳だった 00:00:58.773 --> 00:01:02.100 当時の僕は 8ヶ月で13cmも背が伸びて 00:01:02.100 --> 00:01:05.044 腕立ては8ヶ月で2万回 事故が起きる前の晩には 00:01:05.044 --> 00:01:07.210 鍛え上げた身体で 明け方まで 00:01:07.210 --> 00:01:09.351 友達とバスケを楽しんだ 00:01:09.351 --> 00:01:11.457 爽やかな5月の朝だった 00:01:11.457 --> 00:01:14.152 僕は大きな右手で ボールをつかめたし 00:01:14.152 --> 00:01:18.497 その手がリングに届くときなど 向かうところ敵無しだと思えた 00:01:18.497 --> 00:01:22.343 僕はバスケで勝ち取ったピザを買おうと バスに乗っていた 00:01:22.343 --> 00:01:24.891 アベッドのトラックが突っ込んでくるとは思いもせずに 00:01:24.891 --> 00:01:27.263 バスの席から 真昼の太陽に照らされた 00:01:27.263 --> 00:01:30.249 丘の上の石造りの街を見上げていた 00:01:30.249 --> 00:01:32.725 そのとき後ろで ものすごい音がした 00:01:32.725 --> 00:01:35.642 爆弾にやられたかのような 激しく大きな音だった 00:01:35.642 --> 00:01:38.118 僕の頭はバスの赤い座席の後ろにがくんと反って 00:01:38.118 --> 00:01:41.204 鼓膜は破れ 靴も吹き飛んだ 00:01:41.204 --> 00:01:44.458 僕は身体ごと吹き飛ばされ 首は折れ頭はグラグラして 00:01:44.458 --> 00:01:48.674 地面に叩きつけられたときは 両手両足が不自由になっていた 00:01:48.674 --> 00:01:51.095 事故から数ヶ月後 自力で呼吸できるようになった 00:01:51.095 --> 00:01:54.100 座って 立って 歩けるようにもなった 00:01:54.100 --> 00:01:56.568 でも 僕の身体は真っ二つに分かれたままだった 00:01:56.568 --> 00:02:00.029 半身麻痺の身体でニューヨークに戻り 00:02:00.029 --> 00:02:04.664 大学時代を通して4年間 車椅子生活をした 00:02:04.664 --> 00:02:08.142 大学卒業後 1年間エルサレムに戻った 00:02:08.142 --> 00:02:11.020 そのころには車椅子なしで生活できるようになり 00:02:11.020 --> 00:02:13.979 杖で歩けるようになったので 事故について調べ始め 00:02:13.979 --> 00:02:16.960 事故の写真から バスに乗り合わせた 00:02:16.960 --> 00:02:19.751 全ての乗客を探し当てた 00:02:19.751 --> 00:02:22.762 そして 僕が事故の写真に見たものは 00:02:24.208 --> 00:02:27.569 血まみれの動かぬ身体ではなかった 00:02:27.569 --> 00:02:31.316 僕はその写真に写る 健康的で立派な左肩の筋肉を見て 00:02:31.316 --> 00:02:33.632 それが失われてしまったことを嘆いた 00:02:33.632 --> 00:02:36.018 今となってはもう不可能となった 00:02:36.018 --> 00:02:39.910 やりたかったことを思って悲嘆にくれた 00:02:43.897 --> 00:02:46.274 事故を起こしたアベッドの証言は 00:02:46.274 --> 00:02:48.490 事故の翌朝に書かれたもので 00:02:48.490 --> 00:02:52.372 エルサレムに向かう高速の右車線を 走行中の様子だった 00:02:52.372 --> 00:02:55.327 読んでいるうちに怒りがこみ上げてきた 00:02:55.327 --> 00:02:58.827 アベッドに対して怒りを覚えたのは そのときが初めてだった 00:02:58.827 --> 00:03:01.650 もし事故が起こっていなかったら と- 00:03:01.650 --> 00:03:03.773 証言がコピーされた紙の上では 00:03:03.773 --> 00:03:07.326 事故はまだ起こっていなかった 00:03:07.326 --> 00:03:09.415 アベッドが左にハンドルを切れば 00:03:09.415 --> 00:03:12.799 トラックはバスの横をすり抜け 00:03:12.799 --> 00:03:15.241 僕は身体の自由を失わずに済む 00:03:15.241 --> 00:03:19.099 「アベッド 気を付けろ スピードを落とせ」 00:03:19.099 --> 00:03:21.412 しかしアベッドはスピードを落とすことなく 00:03:21.412 --> 00:03:25.220 証言の紙切れの上で 僕は再び首を折って 00:03:25.220 --> 00:03:29.223 怒りは収まった 00:03:29.223 --> 00:03:31.623 僕はアベッドを見つけようと決心した 00:03:31.623 --> 00:03:33.363 ついに見つけて電話をし 00:03:33.363 --> 00:03:36.916 ヘブライ語で挨拶すると 彼は平然と挨拶を返した 00:03:36.916 --> 00:03:39.091 僕の電話を待っていたかのように 00:03:39.091 --> 00:03:41.465 実際 待っていたのかも知れない 00:03:41.465 --> 00:03:44.638 アベッドの過去の運転歴には 触れなかったけど 00:03:44.638 --> 00:03:48.419 25歳までに27もの違反をしていた 00:03:48.419 --> 00:03:53.110 最後の違反は あの5月の日に 坂道でローギアに入れなかったこと 00:03:53.110 --> 00:03:55.203 僕は 自分のこれまでのことも話さなかった 00:03:55.203 --> 00:03:56.911 肢体不自由になって カテーテルを通したこと 不安感や喪失感 - 00:03:56.911 --> 00:03:59.432 肢体不自由になって カテーテルを通したこと 不安感や喪失感 - 00:03:59.432 --> 00:04:02.124 アベッドがあの事故でひどいケガをしたと 話し出したとき 00:04:02.124 --> 00:04:04.484 警察の報告書で 彼が重傷ではなかったことを 00:04:04.484 --> 00:04:07.187 知ってはいたが そのことは言わなかった 00:04:07.187 --> 00:04:10.920 僕は 会いたい と言った 00:04:10.920 --> 00:04:13.563 2、3週間後 もう一度電話してくれと言われ 00:04:13.563 --> 00:04:16.139 そのとおりにすると 00:04:16.139 --> 00:04:18.412 電話番号はもう使われていなかった 00:04:18.412 --> 00:04:23.388 僕はアベッドに会うことをあきらめ 事故のことを忘れた 00:04:23.388 --> 00:04:25.618 それから何年も経った 00:04:25.618 --> 00:04:29.887 僕は杖をつき 足首に装具をつけて バックパックを背負い 00:04:29.887 --> 00:04:32.557 6つの大陸を旅して歩いた 00:04:32.557 --> 00:04:35.996 毎週ソフトボールをするようになり オーバーハンドで投げた 00:04:35.996 --> 00:04:38.224 セントラルパークでね 00:04:38.224 --> 00:04:41.137 故郷のNYではジャーナリスト 兼 作家として 00:04:41.137 --> 00:04:45.223 一本指で 無数の言葉をタイプした 00:04:45.223 --> 00:04:47.730 僕が書くものには全て 自分自身の体験が 00:04:47.730 --> 00:04:50.622 色濃く反映されていていると 友人から指摘された 00:04:50.622 --> 00:04:52.982 何かをきっかけに 一瞬にして変わってしまった人生 00:04:52.982 --> 00:04:55.803 事故の他にも 遺産相続 00:04:55.803 --> 00:04:58.436 バットのスイング カメラのシャッター音 逮捕事件 00:04:58.436 --> 00:05:02.410 僕の作品はどれも 人生を変える出来事の ビフォー・アフターを扱うものばかりだった 00:05:02.410 --> 00:05:05.513 僕は何かと大変な目にあってきた 00:05:05.513 --> 00:05:09.686 それでも あの事故について書くために 昨年イスラエルに戻ったとき 00:05:09.686 --> 00:05:12.476 アベッドのことはほとんど考えなかった 00:05:12.476 --> 00:05:15.108 でも『ハーフライフ』を書き終わろうかという頃 00:05:15.108 --> 00:05:18.056 未だにアベッドに会いたいと 00:05:18.056 --> 00:05:20.493 思っている自分に気が付いた 00:05:20.493 --> 00:05:23.400 そしてついに アベッドに会いたい理由が分かった 00:05:23.400 --> 00:05:28.729 アベッドに一言「ごめんなさい」と 言って欲しかったんだ 00:05:28.729 --> 00:05:31.647 悪いことをしたら謝るのが筋だ 00:05:31.647 --> 00:05:34.459 アベッドが今でも 前と同じ町のどこかに 00:05:34.459 --> 00:05:36.676 住んでいることを警察に確認した 00:05:36.676 --> 00:05:39.748 車に黄色いバラの鉢植えを載せて その町へ向かった 00:05:39.748 --> 00:05:43.741 でも急に 花を贈るという考えが ばかばかしく思えてきた 00:05:43.741 --> 00:05:47.123 でも 僕の首を折った馬鹿に 何を贈ればいい? 00:05:47.123 --> 00:05:51.205 (笑) 00:05:51.205 --> 00:05:53.351 僕はアブゴシュの街に入り 00:05:53.351 --> 00:05:55.410 トルコの菓子を一つ買った 00:05:55.410 --> 00:05:59.599 ピスタチオとバラ水のゼリー 花よりはマシだ 00:05:59.599 --> 00:06:03.012 高速道路に入り アベッドとの再会を想像した 00:06:03.012 --> 00:06:07.194 アベッドは僕を抱きしめるだろうか アベッドは僕につばを吐きかけるだろうか 00:06:07.194 --> 00:06:11.391 アベッドは僕に詫びるだろうか 00:06:11.391 --> 00:06:14.417 また 過去何度もしてきたように 考え始めた 00:06:14.417 --> 00:06:15.655 身体が不自由にならなければ 人生はどんなに違っただろう 00:06:15.655 --> 00:06:17.061 身体が不自由にならなければ 人生はどんなに違っただろう 00:06:17.061 --> 00:06:20.942 僕の遺伝子は 僕に違った人生を 歩ませてくれただろうか 00:06:20.942 --> 00:06:23.155 僕は何者だったんだろうか 00:06:23.155 --> 00:06:25.972 僕は あの事故の前の僕と同じ人間なんだろうか 00:06:25.972 --> 00:06:30.033 事故で僕の人生は 開いた本の右と左くらい 違ったものになったけれども 00:06:30.033 --> 00:06:32.322 自分の身に起きたことで定義づけられるのか 00:06:32.322 --> 00:06:36.715 僕たちは皆 その身に起きたことの 結果として存在するのか 00:06:36.715 --> 00:06:39.055 親やパートナーの裏切り 00:06:39.055 --> 00:06:41.242 受け継いだ財産 それで存在が決まるのか 00:06:41.242 --> 00:06:45.380 それとも 持って生まれた 強みや弱みによるのだろうか 00:06:45.380 --> 00:06:48.345 遺伝と経験以外のものではないように 思われたけれど 00:06:48.345 --> 00:06:51.835 どうやって遺伝と経験を区別できるのだろうか 00:06:51.835 --> 00:06:54.677 この普遍的な問いはイエーツの問いにも通じる 00:06:54.677 --> 00:06:57.871 「あぁ、音楽にゆれる身体 あぁ、輝くまなざし 00:06:57.871 --> 00:07:04.186 どうしてダンスとダンサーの区別などできようか」 00:07:04.186 --> 00:07:06.445 運転して1時間ほどして 00:07:06.445 --> 00:07:10.172 バックミラーを見たとき 自分の輝くまなざしに気付いた 00:07:10.172 --> 00:07:13.981 生まれたときから青い目であるように 僕がずっと目の中に宿してきた光 00:07:13.981 --> 00:07:16.539 僕が僕であることの気質であり欲求 00:07:16.539 --> 00:07:19.749 幼い頃は舟に乗ってシカゴの湖に漕ぎ出そうとし 00:07:19.749 --> 00:07:21.389 10代の頃には ハリケーンの後 00:07:21.389 --> 00:07:25.810 荒れ狂うケープコッド湾に 飛び込もうとしたものだ 00:07:25.810 --> 00:07:28.400 でも同時に 鏡に映ったものは 00:07:28.400 --> 00:07:30.247 もし事故で障害を負わなければ 00:07:30.247 --> 00:07:33.234 今頃きっと医者になって 00:07:33.234 --> 00:07:36.757 結婚して父親になっていたであろう 自分の姿だった 00:07:36.757 --> 00:07:39.235 時間や死について 考えることもなかっただろうし 00:07:39.235 --> 00:07:41.056 何より障害者ではなかったはずだ 00:07:41.056 --> 00:07:44.564 この身に降りかかる山ほどの不幸に 苦しむこともなかっただろう 00:07:44.564 --> 00:07:47.219 5本の指が思うように動かないために 00:07:47.219 --> 00:07:49.565 手で開けられないものを歯で開けようとして 00:07:49.565 --> 00:07:52.346 歯はあちこち欠けてしまった 00:07:52.346 --> 00:07:57.785 僕の中では ダンスとダンサーは 絶望的に絡み合っていた 00:07:57.785 --> 00:07:59.911 間もなく11時という頃 アフラに向けて 00:07:59.911 --> 00:08:02.070 高速を右に抜け 採石場を通り過ぎ 00:08:02.070 --> 00:08:04.523 間もなくカファカラに着いた 00:08:04.523 --> 00:08:06.986 急に すごく不安になった 00:08:06.986 --> 00:08:10.789 ラジオからはショパンの 美しい7つのマズルカが流れていて 00:08:10.789 --> 00:08:13.019 ガソリンスタンドの横に車を止め 00:08:13.019 --> 00:08:16.360 気持ちを静めようとショパンを聴いた 00:08:16.360 --> 00:08:18.592 昔 言われたことがある アラブの街では 00:08:18.592 --> 00:08:20.797 地元の人の名前を一人挙げれば 00:08:20.797 --> 00:08:23.077 誰のことだかわかってもらえると 00:08:23.077 --> 00:08:25.087 そこで 街の人達に 00:08:25.087 --> 00:08:27.445 和解するために来たことを強調しながら 00:08:27.445 --> 00:08:29.581 アベッドと僕の話をした 00:08:29.581 --> 00:08:32.864 正午ごろ郵便局の外で モハメッドという男に会い 00:08:32.864 --> 00:08:35.306 彼は僕の話を聞いてくれた 00:08:35.306 --> 00:08:38.130 障害を抱えるに至った身の上話をすると 00:08:38.130 --> 00:08:42.070 大抵の場合 それを聞いた人は 00:08:42.070 --> 00:08:44.948 誰にも話したことがない 自分自身の話をしてた 00:08:44.948 --> 00:08:47.254 多くの人が涙を流した 00:08:47.254 --> 00:08:49.898 ある日 通りで出会った女性も また 同じ反応をした 00:08:49.898 --> 00:08:51.794 涙の理由を尋ねると 彼女は 00:08:51.794 --> 00:08:53.768 僕が心を強く持って 00:08:53.768 --> 00:08:57.044 前向きに生きていることに 感動したからであり 同時に 00:08:57.044 --> 00:08:59.731 僕のもろさを感じたから と言った 00:08:59.731 --> 00:09:02.014 彼女の言葉に聞き入った それは本心だったと思う 00:09:02.014 --> 00:09:04.276 僕は変わらず僕だったが 彼女にとっては 00:09:04.276 --> 00:09:06.430 障害を乗り越えた強い人間だった 00:09:06.430 --> 00:09:10.592 そしてまた 彼女の認識が 今の僕を僕たらしめるのだ 00:09:10.592 --> 00:09:12.394 モハメッドは おそらく彼が今まで 00:09:12.394 --> 00:09:15.175 他人には話したことがないと思われる話を してくれた 00:09:15.175 --> 00:09:19.286 それから漆喰の家まで僕を案内し 立ち去った 00:09:19.286 --> 00:09:21.984 僕が腰を下ろし 何と切り出そうかと考えていると 00:09:21.984 --> 00:09:25.418 黒いローブとショールをまとった女性が 近付いてきた 00:09:25.418 --> 00:09:27.798 僕は車から降りて ヘブライ語で挨拶をし 00:09:27.798 --> 00:09:29.835 名前を名乗った 00:09:29.835 --> 00:09:31.264 夫のアベッドは 00:09:31.264 --> 00:09:34.116 4時間くらいで仕事から帰ってくると言った 00:09:34.116 --> 00:09:36.632 彼女のヘブライ語は片言で - 後から知ったんだが 00:09:36.632 --> 00:09:39.772 最初 僕をインターネット接続業者だと 思ってたらしい 00:09:39.772 --> 00:09:43.496 (笑) 00:09:43.496 --> 00:09:46.521 僕は一旦その場を離れ 4時30分に戻った 00:09:46.521 --> 00:09:47.797 ミナレットを目印にして 00:09:47.797 --> 00:09:50.331 その場所に戻ることが出来た 00:09:50.331 --> 00:09:52.428 僕が玄関に近付くと 00:09:52.428 --> 00:09:55.853 アベッドは僕と 僕のジーンズ フランネルの服 杖を見た 00:09:55.853 --> 00:10:00.639 僕もアベッドを見た 見た感じ ごく普通の男だった 00:10:00.639 --> 00:10:03.662 彼の服装は白黒で 靴下の上にスリッパを履き 00:10:03.662 --> 00:10:05.761 ゆったりしたスウェットパンツに 00:10:05.761 --> 00:10:09.073 まだら模様のセーター 縞のスキー帽を目深にかぶっていた 00:10:09.073 --> 00:10:11.570 彼は僕が来ることを知っていた 00:10:11.570 --> 00:10:15.853 モハメッドが電話したんだ 僕たちはすぐに握手をして互いに微笑み 00:10:15.853 --> 00:10:17.940 僕はアベッドに土産を渡した 00:10:17.940 --> 00:10:19.331 「ようこそ我が家へ」 と 00:10:19.331 --> 00:10:22.744 アベッドが言い 僕たちは布製のソファに並んで座った 00:10:22.744 --> 00:10:25.505 座るなりアベッドは 00:10:25.505 --> 00:10:27.361 16年前に電話で話した 00:10:27.361 --> 00:10:30.325 つらい身の上話の続きをし始めた 00:10:30.325 --> 00:10:33.630 「つい最近 目の手術をした」 と アベッドは言った 00:10:33.630 --> 00:10:35.827 そしてまた 「腰と足も悪く 00:10:35.827 --> 00:10:38.369 あの事故で歯も無くなった 00:10:38.369 --> 00:10:41.340 入れ歯をとってみせようか?」 とも言った 00:10:41.340 --> 00:10:43.870 僕が退屈しないよう テレビをつけてから 00:10:43.870 --> 00:10:46.728 アベッドは部屋を出ていき 00:10:46.728 --> 00:10:48.967 事故の写真と古い運転免許証を持って 00:10:48.967 --> 00:10:51.577 部屋に戻ってきた 00:10:51.577 --> 00:10:55.384 「ハンサムだろう」と彼は言った 00:10:55.384 --> 00:10:57.562 運転免許証のアベッドの写真を見た 00:10:57.562 --> 00:11:00.318 ハンサムというより たくましく 00:11:00.318 --> 00:11:04.110 丸顔で首は太く 髪は黒々としていた 00:11:04.110 --> 00:11:07.047 この若者のせいで 1990年5月16日 00:11:07.047 --> 00:11:09.196 僕ともう一人の首が折れ 00:11:09.196 --> 00:11:13.144 一人が脳挫傷を起こし 一人が命を失ったんだ 00:11:13.144 --> 00:11:15.743 事故から20年 アベッドは妻よりやせて 00:11:15.743 --> 00:11:17.492 顔の皮はたるんでいた 00:11:17.492 --> 00:11:20.223 アベッドが自分の若い頃の写真を見る姿に 00:11:20.223 --> 00:11:22.606 事故の後 僕も若い頃の写真を 見ていたときの 00:11:22.606 --> 00:11:26.932 気持ちを思い出した 事故が起こる前のことを懐かしく思う気持ちを 00:11:26.932 --> 00:11:31.049 「あの事故で あなたの人生も僕の人生も 変わってしまった」と僕は言った 00:11:31.049 --> 00:11:33.777 アベッドは潰れたトラックの写真を見せ 00:11:33.777 --> 00:11:36.365 あの事故は左車線にいたバスの運転手が 00:11:36.365 --> 00:11:39.538 道を譲らなかったために起こったんだと言った 00:11:39.538 --> 00:11:42.260 僕はアベッドと事故の話を繰り返したくはなかった 00:11:42.260 --> 00:11:44.029 ただ 土産のトルコ菓子を渡して 00:11:44.029 --> 00:11:48.834 詫びの一言を聞いて その場を去りたかった 00:11:48.834 --> 00:11:51.423 だから僕は 事故の翌日の証言で 00:11:51.423 --> 00:11:53.469 アベッドがバスの運転手について 00:11:53.469 --> 00:11:55.854 何も言わなかったことを あえて指摘しなかったし 00:11:55.854 --> 00:11:59.218 僕はあまり話さなかった 真実を知るために来たわけではなかったから 00:11:59.218 --> 00:12:02.226 アベッドが悔やんでいることを 確かめるために来たんだ 00:12:02.226 --> 00:12:04.382 悔やんでいるのかどうか確かめようと 00:12:04.382 --> 00:12:06.667 話をバスからそらした 00:12:06.667 --> 00:12:09.793 「事故があなたのせいでないことは分かりました 00:12:09.793 --> 00:12:14.182 でも 事故の被害者を思うと つらくありませんか」と聞いた 00:12:14.182 --> 00:12:16.577 アベッドは短く答えた 00:12:16.577 --> 00:12:20.369 「ああ つらかったよ」 00:12:20.369 --> 00:12:23.305 それから なぜつらかったのかを話し始めた 00:12:23.305 --> 00:12:26.444 事故が起こるまで 不信心だったから 00:12:26.444 --> 00:12:28.773 神が罰として事故を与えた 00:12:28.773 --> 00:12:32.596 今は心を改め信心深くなったので 神も喜んでいる と言う 00:12:32.596 --> 00:12:35.737 事故は神の仕業だった ということだ 00:12:35.737 --> 00:12:38.511 テレビでは自動車事故の ニュースをやっていた 00:12:38.511 --> 00:12:41.283 北の方で起こったその事故では 3人が亡くなっていた 00:12:41.283 --> 00:12:43.656 僕達は映像で 大破した車を見た 00:12:43.656 --> 00:12:46.677 僕は「奇妙だ」と言った 00:12:46.677 --> 00:12:49.462 アベッドも「奇妙だ」と言った 00:12:49.462 --> 00:12:52.157 僕は その事故現場である804号線には 00:12:52.157 --> 00:12:54.287 自動車事故の被害者と加害者という 00:12:54.287 --> 00:12:56.023 二者の関係があると思っていた 00:12:56.023 --> 00:12:58.484 アベッドのようにその日のことを忘れる者もいる 00:12:58.484 --> 00:13:01.694 僕のように忘れられない者もいる 00:13:01.694 --> 00:13:04.819 その事故のレポートが終わり アベッドが口を開いた 00:13:04.819 --> 00:13:07.192 「この国の警察がたちの悪い運転をする奴らを 00:13:07.192 --> 00:13:12.086 十分に取り締まれないのは残念なことだ」 00:13:12.086 --> 00:13:15.114 僕は困惑した 00:13:15.114 --> 00:13:17.893 アベッドは今 驚くべきことを言ったぞ 00:13:17.893 --> 00:13:21.359 アベッドは自分はあの事故に関して 無罪放免だと言ったのか? 00:13:21.359 --> 00:13:23.261 それとも罪の意識があって 00:13:23.261 --> 00:13:25.644 もっと長く服役すべきだったと言っているのか? 00:13:25.644 --> 00:13:29.256 彼は事故後6ヶ月服役し 10年間トラックの運転免許を持てなかった 00:13:29.256 --> 00:13:31.282 僕は黙っていようという考えを変えて 00:13:31.282 --> 00:13:34.726 アベッドに聞いてみた 00:13:34.726 --> 00:13:38.957 「事故の前にいくつか問題のある運転を していましたよね」 00:13:38.957 --> 00:13:42.918 彼は「あぁ 時速40のところ 60出したことが一度あったよ」 00:13:42.918 --> 00:13:46.319 ほかにも色々あっただろう 27もの違反が 00:13:46.319 --> 00:13:49.024 信号無視 スピード違反 反対車線走行 00:13:49.024 --> 00:13:51.006 それからローギアに入れるべきところ 00:13:51.006 --> 00:13:53.046 ブレーキを踏みながら あの坂道を下った 00:13:53.046 --> 00:13:55.504 それを1つしか違反していないと言うのか 00:13:55.504 --> 00:13:58.991 そこで僕は思い知った 人間というものは事実がどうあれ 00:13:58.991 --> 00:14:02.106 自分に都合の良いように 解釈するものなのだ と 00:14:02.106 --> 00:14:06.023 ヤギが英雄になる 加害者が被害者になる 00:14:06.023 --> 00:14:12.727 そのとき僕は アベッドが決して謝らないことを悟った 00:14:12.727 --> 00:14:16.023 アベッドと僕は座ってコーヒーを飲んだ 00:14:16.023 --> 00:14:18.815 そうして1時間半ほど過ごし 00:14:18.815 --> 00:14:21.177 僕は彼のことが分かってた 00:14:21.177 --> 00:14:23.545 彼は取り立てて悪い人間でもなければ 00:14:23.545 --> 00:14:25.878 取り立てて良い人間でもなかった 00:14:25.878 --> 00:14:28.036 心の狭い人間だったが 00:14:28.036 --> 00:14:31.066 彼は彼なりに僕に親切にしていた 00:14:31.066 --> 00:14:32.576 ユダヤの習慣である会釈をし 00:14:32.576 --> 00:14:36.523 彼は僕が 120歳まで生きますように と言った 00:14:36.523 --> 00:14:38.344 しかし僕は 00:14:38.344 --> 00:14:41.642 この無頓着な人間を理解できなかった 00:14:41.642 --> 00:14:46.006 あの悲惨な事故を起こした張本人なのに すっかり立ち直り 00:14:46.006 --> 00:14:50.781 あの事故で亡くなったのは 二人だと思っていたと言うような人間 00:14:53.012 --> 00:14:56.636 アベッドに言いたいことは沢山あった 00:14:56.636 --> 00:15:00.341 僕はアベッドに言いたかった 00:15:00.341 --> 00:15:02.516 僕の障害に気付くのはいいが 00:15:02.516 --> 00:15:04.314 僕のような障害者が 00:15:04.314 --> 00:15:07.556 笑顔でいられることに 人々が驚嘆するのは間違っていると 00:15:07.556 --> 00:15:11.492 障害者がもっとつらい思いをしてきたことを 人は知らない 00:15:11.492 --> 00:15:15.154 心に負った傷は トラックにひき逃げされるより重く 00:15:15.154 --> 00:15:17.505 首の骨を100回折るよりも 00:15:17.505 --> 00:15:21.681 もっとつらいものだ 00:15:21.681 --> 00:15:24.531 僕はアベッドに言いたかった 00:15:24.531 --> 00:15:26.032 人はその心や身体 00:15:26.032 --> 00:15:28.465 身に起こること または起きないことではなく 00:15:28.465 --> 00:15:30.273 それにどうに反応するかで 00:15:30.273 --> 00:15:33.135 どんな人間であるかが決まる 00:15:33.135 --> 00:15:35.713 心理学者ヴィクトール・フランクルは言った 00:15:35.713 --> 00:15:37.530 「人はいかなる状況でも 00:15:37.530 --> 00:15:42.430 その状況に対する態度を 決める自由だけは失わない」 00:15:42.430 --> 00:15:45.254 僕はアベッドに言いたかった 00:15:45.254 --> 00:15:49.125 現実を受け入れ 前に進まなくてはらないのは 00:15:49.125 --> 00:15:51.102 障害を与えた者と 与えられた者だけじゃない 00:15:51.102 --> 00:15:55.988 年老いた者も 心配性な者も 離婚した者も 00:15:55.988 --> 00:15:59.833 髪が薄くなった者も 破産した者も 誰でもそうなんだ 00:15:59.833 --> 00:16:02.438 僕はまた アベッドにこうも言いたかった 00:16:02.438 --> 00:16:04.454 あの事故は神のなせる業で だからあの事故は 00:16:04.454 --> 00:16:07.002 あれでよかった 首が折れたのはよかったのだ 00:16:07.002 --> 00:16:08.693 不幸は幸いだ なんて言わないで欲しい 00:16:08.693 --> 00:16:11.953 不幸は最低だけど それでもなお自然界には 00:16:11.953 --> 00:16:16.075 多くの素晴らしいことがあると言っていい 00:16:16.075 --> 00:16:21.101 僕はアベッドに言いたかった 結局 僕らのなすべきことは明白なんだ と 00:16:21.101 --> 00:16:24.328 人は不運な目にあっても 立ち上がらなくてはならない 00:16:24.328 --> 00:16:27.354 人は良きものに囲まれ それを享受すべきだ 00:16:27.354 --> 00:16:33.238 それは学問 職業 冒険 友情といったもの 00:16:33.238 --> 00:16:37.007 そう 友情 そして社会や愛情といったものだ 00:16:37.007 --> 00:16:39.766 とりわけ僕は アベッドに ハーマン・メルヴィルが 00:16:39.766 --> 00:16:42.135 書いた言葉を伝えたかった 00:16:42.135 --> 00:16:45.062 「真に肉体的な温もりを楽しむには 00:16:45.062 --> 00:16:48.119 ある部分は冷たくなくてはならない 00:16:48.119 --> 00:16:50.422 なぜならこの世界のあらゆるものは 00:16:50.422 --> 00:16:53.714 単に対比することにより認識されるものだから」 00:16:53.714 --> 00:16:56.155 そう 何事も対比 00:16:56.155 --> 00:16:58.494 もし 自分にないものを認識していれば 00:16:58.494 --> 00:17:01.722 逆に自分が持てるものを 真に認識できるだろう 00:17:01.722 --> 00:17:05.616 もし神に思いやりがあれば 人は自分の持てるものを真に喜べるだろう 00:17:05.616 --> 00:17:08.045 そのことは人に与えられる唯一の恵みだ 00:17:08.045 --> 00:17:11.016 もし人が何らかの実在的なものに 苦しんでいるとしたら 00:17:11.016 --> 00:17:13.345 人は死を意識し そして毎朝 用意された人生を 00:17:13.345 --> 00:17:15.375 生きるために目を覚ます 00:17:15.375 --> 00:17:16.970 人には冷たい部分があるがゆえに 00:17:16.970 --> 00:17:20.469 温かい部分を真に楽しむことができたり 00:17:20.469 --> 00:17:23.391 より冷たい部分を冷たいと感じることができる 00:17:23.391 --> 00:17:25.415 事故から何年も経ったある朝 00:17:25.415 --> 00:17:28.198 僕は石を踏んだ左足の裏に 00:17:28.198 --> 00:17:31.661 一瞬 冷たさを感じた 神経がついに目覚めた瞬間だ 00:17:31.661 --> 00:17:36.948 その雪の感覚に 心が高揚した 00:17:36.948 --> 00:17:40.184 でも僕は これらのことを アベッドには伝えなかった 00:17:40.184 --> 00:17:44.985 僕が ただ伝えたのは あの事故で亡くなったのは 二人ではなく一人だということと 00:17:44.985 --> 00:17:49.459 そして その人の名前だ 00:17:49.459 --> 00:17:53.272 そして僕はアベッドに「さようなら」と言った 00:17:53.272 --> 00:17:55.189 皆さん ありがとう 00:17:55.189 --> 00:18:01.924 (拍手) 00:18:01.924 --> 00:18:04.660 皆さん どうもありがとう 00:18:04.660 --> 00:18:08.660 (拍手)