1 00:00:06,463 --> 00:00:09,482 1年前 エルサレムでレンタカーを借りた 2 00:00:09,482 --> 00:00:11,674 一度も会ったことのない でも僕の人生を変えた 3 00:00:11,674 --> 00:00:13,810 ある人に会うために 4 00:00:13,810 --> 00:00:16,555 連絡を取りようにも 電話番号を知らなかったし 5 00:00:16,555 --> 00:00:19,056 正確な住所も知らなかった 6 00:00:19,056 --> 00:00:21,671 分かっていたのは アベッドという名前と 7 00:00:21,671 --> 00:00:26,323 人口15,000人のクファカラという町に 住んでいるということ 8 00:00:26,323 --> 00:00:31,134 21年前に この聖なる街すぐ外で 9 00:00:31,134 --> 00:00:33,355 僕の首の骨を折ったということだった 10 00:00:33,355 --> 00:00:37,619 1月のあるどんよりした朝 北へ向かった 11 00:00:37,619 --> 00:00:42,325 シルバーのシボレーで アベッドを探しに そして心の平静を求めて 12 00:00:42,325 --> 00:00:45,197 下り道にさしかかり エルサレムの街を出た 13 00:00:45,197 --> 00:00:47,837 そして あの曲がり角を曲がった 14 00:00:47,837 --> 00:00:50,163 アベットの運転する 4トンもの床タイルを載せたトラックが 15 00:00:50,163 --> 00:00:52,981 ものすごいスピードで 僕が乗っていたミニバスの 16 00:00:52,981 --> 00:00:56,119 左後方に突っ込んできた場所だ 17 00:00:56,119 --> 00:00:58,773 そのとき僕は19歳だった 18 00:00:58,773 --> 00:01:02,100 当時の僕は 8ヶ月で13cmも背が伸びて 19 00:01:02,100 --> 00:01:05,044 腕立ては8ヶ月で2万回 事故が起きる前の晩には 20 00:01:05,044 --> 00:01:07,210 鍛え上げた身体で 明け方まで 21 00:01:07,210 --> 00:01:09,351 友達とバスケを楽しんだ 22 00:01:09,351 --> 00:01:11,457 爽やかな5月の朝だった 23 00:01:11,457 --> 00:01:14,152 僕は大きな右手で ボールをつかめたし 24 00:01:14,152 --> 00:01:18,497 その手がリングに届くときなど 向かうところ敵無しだと思えた 25 00:01:18,497 --> 00:01:22,343 僕はバスケで勝ち取ったピザを買おうと バスに乗っていた 26 00:01:22,343 --> 00:01:24,891 アベッドのトラックが突っ込んでくるとは思いもせずに 27 00:01:24,891 --> 00:01:27,263 バスの席から 真昼の太陽に照らされた 28 00:01:27,263 --> 00:01:30,249 丘の上の石造りの街を見上げていた 29 00:01:30,249 --> 00:01:32,725 そのとき後ろで ものすごい音がした 30 00:01:32,725 --> 00:01:35,642 爆弾にやられたかのような 激しく大きな音だった 31 00:01:35,642 --> 00:01:38,118 僕の頭はバスの赤い座席の後ろにがくんと反って 32 00:01:38,118 --> 00:01:41,204 鼓膜は破れ 靴も吹き飛んだ 33 00:01:41,204 --> 00:01:44,458 僕は身体ごと吹き飛ばされ 首は折れ頭はグラグラして 34 00:01:44,458 --> 00:01:48,674 地面に叩きつけられたときは 両手両足が不自由になっていた 35 00:01:48,674 --> 00:01:51,095 事故から数ヶ月後 自力で呼吸できるようになった 36 00:01:51,095 --> 00:01:54,100 座って 立って 歩けるようにもなった 37 00:01:54,100 --> 00:01:56,568 でも 僕の身体は真っ二つに分かれたままだった 38 00:01:56,568 --> 00:02:00,029 半身麻痺の身体でニューヨークに戻り 39 00:02:00,029 --> 00:02:04,664 大学時代を通して4年間 車椅子生活をした 40 00:02:04,664 --> 00:02:08,142 大学卒業後 1年間エルサレムに戻った 41 00:02:08,142 --> 00:02:11,020 そのころには車椅子なしで生活できるようになり 42 00:02:11,020 --> 00:02:13,979 杖で歩けるようになったので 事故について調べ始め 43 00:02:13,979 --> 00:02:16,960 事故の写真から バスに乗り合わせた 44 00:02:16,960 --> 00:02:19,751 全ての乗客を探し当てた 45 00:02:19,751 --> 00:02:22,762 そして 僕が事故の写真に見たものは 46 00:02:24,208 --> 00:02:27,569 血まみれの動かぬ身体ではなかった 47 00:02:27,569 --> 00:02:31,316 僕はその写真に写る 健康的で立派な左肩の筋肉を見て 48 00:02:31,316 --> 00:02:33,632 それが失われてしまったことを嘆いた 49 00:02:33,632 --> 00:02:36,018 今となってはもう不可能となった 50 00:02:36,018 --> 00:02:39,910 やりたかったことを思って悲嘆にくれた 51 00:02:43,897 --> 00:02:46,274 事故を起こしたアベッドの証言は 52 00:02:46,274 --> 00:02:48,490 事故の翌朝に書かれたもので 53 00:02:48,490 --> 00:02:52,372 エルサレムに向かう高速の右車線を 走行中の様子だった 54 00:02:52,372 --> 00:02:55,327 読んでいるうちに怒りがこみ上げてきた 55 00:02:55,327 --> 00:02:58,827 アベッドに対して怒りを覚えたのは そのときが初めてだった 56 00:02:58,827 --> 00:03:01,650 もし事故が起こっていなかったら と- 57 00:03:01,650 --> 00:03:03,773 証言がコピーされた紙の上では 58 00:03:03,773 --> 00:03:07,326 事故はまだ起こっていなかった 59 00:03:07,326 --> 00:03:09,415 アベッドが左にハンドルを切れば 60 00:03:09,415 --> 00:03:12,799 トラックはバスの横をすり抜け 61 00:03:12,799 --> 00:03:15,241 僕は身体の自由を失わずに済む 62 00:03:15,241 --> 00:03:19,099 「アベッド 気を付けろ スピードを落とせ」 63 00:03:19,099 --> 00:03:21,412 しかしアベッドはスピードを落とすことなく 64 00:03:21,412 --> 00:03:25,220 証言の紙切れの上で 僕は再び首を折って 65 00:03:25,220 --> 00:03:29,223 怒りは収まった 66 00:03:29,223 --> 00:03:31,623 僕はアベッドを見つけようと決心した 67 00:03:31,623 --> 00:03:33,363 ついに見つけて電話をし 68 00:03:33,363 --> 00:03:36,916 ヘブライ語で挨拶すると 彼は平然と挨拶を返した 69 00:03:36,916 --> 00:03:39,091 僕の電話を待っていたかのように 70 00:03:39,091 --> 00:03:41,465 実際 待っていたのかも知れない 71 00:03:41,465 --> 00:03:44,638 アベッドの過去の運転歴には 触れなかったけど 72 00:03:44,638 --> 00:03:48,419 25歳までに27もの違反をしていた 73 00:03:48,419 --> 00:03:53,110 最後の違反は あの5月の日に 坂道でローギアに入れなかったこと 74 00:03:53,110 --> 00:03:55,203 僕は 自分のこれまでのことも話さなかった 75 00:03:55,203 --> 00:03:56,911 肢体不自由になって カテーテルを通したこと 不安感や喪失感 - 76 00:03:56,911 --> 00:03:59,432 肢体不自由になって カテーテルを通したこと 不安感や喪失感 - 77 00:03:59,432 --> 00:04:02,124 アベッドがあの事故でひどいケガをしたと 話し出したとき 78 00:04:02,124 --> 00:04:04,484 警察の報告書で 彼が重傷ではなかったことを 79 00:04:04,484 --> 00:04:07,187 知ってはいたが そのことは言わなかった 80 00:04:07,187 --> 00:04:10,920 僕は 会いたい と言った 81 00:04:10,920 --> 00:04:13,563 2、3週間後 もう一度電話してくれと言われ 82 00:04:13,563 --> 00:04:16,139 そのとおりにすると 83 00:04:16,139 --> 00:04:18,412 電話番号はもう使われていなかった 84 00:04:18,412 --> 00:04:23,388 僕はアベッドに会うことをあきらめ 事故のことを忘れた 85 00:04:23,388 --> 00:04:25,618 それから何年も経った 86 00:04:25,618 --> 00:04:29,887 僕は杖をつき 足首に装具をつけて バックパックを背負い 87 00:04:29,887 --> 00:04:32,557 6つの大陸を旅して歩いた 88 00:04:32,557 --> 00:04:35,996 毎週ソフトボールをするようになり オーバーハンドで投げた 89 00:04:35,996 --> 00:04:38,224 セントラルパークでね 90 00:04:38,224 --> 00:04:41,137 故郷のNYではジャーナリスト 兼 作家として 91 00:04:41,137 --> 00:04:45,223 一本指で 無数の言葉をタイプした 92 00:04:45,223 --> 00:04:47,730 僕が書くものには全て 自分自身の体験が 93 00:04:47,730 --> 00:04:50,622 色濃く反映されていていると 友人から指摘された 94 00:04:50,622 --> 00:04:52,982 何かをきっかけに 一瞬にして変わってしまった人生 95 00:04:52,982 --> 00:04:55,803 事故の他にも 遺産相続 96 00:04:55,803 --> 00:04:58,436 バットのスイング カメラのシャッター音 逮捕事件 97 00:04:58,436 --> 00:05:02,410 僕の作品はどれも 人生を変える出来事の ビフォー・アフターを扱うものばかりだった 98 00:05:02,410 --> 00:05:05,513 僕は何かと大変な目にあってきた 99 00:05:05,513 --> 00:05:09,686 それでも あの事故について書くために 昨年イスラエルに戻ったとき 100 00:05:09,686 --> 00:05:12,476 アベッドのことはほとんど考えなかった 101 00:05:12,476 --> 00:05:15,108 でも『ハーフライフ』を書き終わろうかという頃 102 00:05:15,108 --> 00:05:18,056 未だにアベッドに会いたいと 103 00:05:18,056 --> 00:05:20,493 思っている自分に気が付いた 104 00:05:20,493 --> 00:05:23,400 そしてついに アベッドに会いたい理由が分かった 105 00:05:23,400 --> 00:05:28,729 アベッドに一言「ごめんなさい」と 言って欲しかったんだ 106 00:05:28,729 --> 00:05:31,647 悪いことをしたら謝るのが筋だ 107 00:05:31,647 --> 00:05:34,459 アベッドが今でも 前と同じ町のどこかに 108 00:05:34,459 --> 00:05:36,676 住んでいることを警察に確認した 109 00:05:36,676 --> 00:05:39,748 車に黄色いバラの鉢植えを載せて その町へ向かった 110 00:05:39,748 --> 00:05:43,741 でも急に 花を贈るという考えが ばかばかしく思えてきた 111 00:05:43,741 --> 00:05:47,123 でも 僕の首を折った馬鹿に 何を贈ればいい? 112 00:05:47,123 --> 00:05:51,205 (笑) 113 00:05:51,205 --> 00:05:53,351 僕はアブゴシュの街に入り 114 00:05:53,351 --> 00:05:55,410 トルコの菓子を一つ買った 115 00:05:55,410 --> 00:05:59,599 ピスタチオとバラ水のゼリー 花よりはマシだ 116 00:05:59,599 --> 00:06:03,012 高速道路に入り アベッドとの再会を想像した 117 00:06:03,012 --> 00:06:07,194 アベッドは僕を抱きしめるだろうか アベッドは僕につばを吐きかけるだろうか 118 00:06:07,194 --> 00:06:11,391 アベッドは僕に詫びるだろうか 119 00:06:11,391 --> 00:06:14,417 また 過去何度もしてきたように 考え始めた 120 00:06:14,417 --> 00:06:15,655 身体が不自由にならなければ 人生はどんなに違っただろう 121 00:06:15,655 --> 00:06:17,061 身体が不自由にならなければ 人生はどんなに違っただろう 122 00:06:17,061 --> 00:06:20,942 僕の遺伝子は 僕に違った人生を 歩ませてくれただろうか 123 00:06:20,942 --> 00:06:23,155 僕は何者だったんだろうか 124 00:06:23,155 --> 00:06:25,972 僕は あの事故の前の僕と同じ人間なんだろうか 125 00:06:25,972 --> 00:06:30,033 事故で僕の人生は 開いた本の右と左くらい 違ったものになったけれども 126 00:06:30,033 --> 00:06:32,322 自分の身に起きたことで定義づけられるのか 127 00:06:32,322 --> 00:06:36,715 僕たちは皆 その身に起きたことの 結果として存在するのか 128 00:06:36,715 --> 00:06:39,055 親やパートナーの裏切り 129 00:06:39,055 --> 00:06:41,242 受け継いだ財産 それで存在が決まるのか 130 00:06:41,242 --> 00:06:45,380 それとも 持って生まれた 強みや弱みによるのだろうか 131 00:06:45,380 --> 00:06:48,345 遺伝と経験以外のものではないように 思われたけれど 132 00:06:48,345 --> 00:06:51,835 どうやって遺伝と経験を区別できるのだろうか 133 00:06:51,835 --> 00:06:54,677 この普遍的な問いはイエーツの問いにも通じる 134 00:06:54,677 --> 00:06:57,871 「あぁ、音楽にゆれる身体 あぁ、輝くまなざし 135 00:06:57,871 --> 00:07:04,186 どうしてダンスとダンサーの区別などできようか」 136 00:07:04,186 --> 00:07:06,445 運転して1時間ほどして 137 00:07:06,445 --> 00:07:10,172 バックミラーを見たとき 自分の輝くまなざしに気付いた 138 00:07:10,172 --> 00:07:13,981 生まれたときから青い目であるように 僕がずっと目の中に宿してきた光 139 00:07:13,981 --> 00:07:16,539 僕が僕であることの気質であり欲求 140 00:07:16,539 --> 00:07:19,749 幼い頃は舟に乗ってシカゴの湖に漕ぎ出そうとし 141 00:07:19,749 --> 00:07:21,389 10代の頃には ハリケーンの後 142 00:07:21,389 --> 00:07:25,810 荒れ狂うケープコッド湾に 飛び込もうとしたものだ 143 00:07:25,810 --> 00:07:28,400 でも同時に 鏡に映ったものは 144 00:07:28,400 --> 00:07:30,247 もし事故で障害を負わなければ 145 00:07:30,247 --> 00:07:33,234 今頃きっと医者になって 146 00:07:33,234 --> 00:07:36,757 結婚して父親になっていたであろう 自分の姿だった 147 00:07:36,757 --> 00:07:39,235 時間や死について 考えることもなかっただろうし 148 00:07:39,235 --> 00:07:41,056 何より障害者ではなかったはずだ 149 00:07:41,056 --> 00:07:44,564 この身に降りかかる山ほどの不幸に 苦しむこともなかっただろう 150 00:07:44,564 --> 00:07:47,219 5本の指が思うように動かないために 151 00:07:47,219 --> 00:07:49,565 手で開けられないものを歯で開けようとして 152 00:07:49,565 --> 00:07:52,346 歯はあちこち欠けてしまった 153 00:07:52,346 --> 00:07:57,785 僕の中では ダンスとダンサーは 絶望的に絡み合っていた 154 00:07:57,785 --> 00:07:59,911 間もなく11時という頃 アフラに向けて 155 00:07:59,911 --> 00:08:02,070 高速を右に抜け 採石場を通り過ぎ 156 00:08:02,070 --> 00:08:04,523 間もなくカファカラに着いた 157 00:08:04,523 --> 00:08:06,986 急に すごく不安になった 158 00:08:06,986 --> 00:08:10,789 ラジオからはショパンの 美しい7つのマズルカが流れていて 159 00:08:10,789 --> 00:08:13,019 ガソリンスタンドの横に車を止め 160 00:08:13,019 --> 00:08:16,360 気持ちを静めようとショパンを聴いた 161 00:08:16,360 --> 00:08:18,592 昔 言われたことがある アラブの街では 162 00:08:18,592 --> 00:08:20,797 地元の人の名前を一人挙げれば 163 00:08:20,797 --> 00:08:23,077 誰のことだかわかってもらえると 164 00:08:23,077 --> 00:08:25,087 そこで 街の人達に 165 00:08:25,087 --> 00:08:27,445 和解するために来たことを強調しながら 166 00:08:27,445 --> 00:08:29,581 アベッドと僕の話をした 167 00:08:29,581 --> 00:08:32,864 正午ごろ郵便局の外で モハメッドという男に会い 168 00:08:32,864 --> 00:08:35,306 彼は僕の話を聞いてくれた 169 00:08:35,306 --> 00:08:38,130 障害を抱えるに至った身の上話をすると 170 00:08:38,130 --> 00:08:42,070 大抵の場合 それを聞いた人は 171 00:08:42,070 --> 00:08:44,948 誰にも話したことがない 自分自身の話をしてた 172 00:08:44,948 --> 00:08:47,254 多くの人が涙を流した 173 00:08:47,254 --> 00:08:49,898 ある日 通りで出会った女性も また 同じ反応をした 174 00:08:49,898 --> 00:08:51,794 涙の理由を尋ねると 彼女は 175 00:08:51,794 --> 00:08:53,768 僕が心を強く持って 176 00:08:53,768 --> 00:08:57,044 前向きに生きていることに 感動したからであり 同時に 177 00:08:57,044 --> 00:08:59,731 僕のもろさを感じたから と言った 178 00:08:59,731 --> 00:09:02,014 彼女の言葉に聞き入った それは本心だったと思う 179 00:09:02,014 --> 00:09:04,276 僕は変わらず僕だったが 彼女にとっては 180 00:09:04,276 --> 00:09:06,430 障害を乗り越えた強い人間だった 181 00:09:06,430 --> 00:09:10,592 そしてまた 彼女の認識が 今の僕を僕たらしめるのだ 182 00:09:10,592 --> 00:09:12,394 モハメッドは おそらく彼が今まで 183 00:09:12,394 --> 00:09:15,175 他人には話したことがないと思われる話を してくれた 184 00:09:15,175 --> 00:09:19,286 それから漆喰の家まで僕を案内し 立ち去った 185 00:09:19,286 --> 00:09:21,984 僕が腰を下ろし 何と切り出そうかと考えていると 186 00:09:21,984 --> 00:09:25,418 黒いローブとショールをまとった女性が 近付いてきた 187 00:09:25,418 --> 00:09:27,798 僕は車から降りて ヘブライ語で挨拶をし 188 00:09:27,798 --> 00:09:29,835 名前を名乗った 189 00:09:29,835 --> 00:09:31,264 夫のアベッドは 190 00:09:31,264 --> 00:09:34,116 4時間くらいで仕事から帰ってくると言った 191 00:09:34,116 --> 00:09:36,632 彼女のヘブライ語は片言で - 後から知ったんだが 192 00:09:36,632 --> 00:09:39,772 最初 僕をインターネット接続業者だと 思ってたらしい 193 00:09:39,772 --> 00:09:43,496 (笑) 194 00:09:43,496 --> 00:09:46,521 僕は一旦その場を離れ 4時30分に戻った 195 00:09:46,521 --> 00:09:47,797 ミナレットを目印にして 196 00:09:47,797 --> 00:09:50,331 その場所に戻ることが出来た 197 00:09:50,331 --> 00:09:52,428 僕が玄関に近付くと 198 00:09:52,428 --> 00:09:55,853 アベッドは僕と 僕のジーンズ フランネルの服 杖を見た 199 00:09:55,853 --> 00:10:00,639 僕もアベッドを見た 見た感じ ごく普通の男だった 200 00:10:00,639 --> 00:10:03,662 彼の服装は白黒で 靴下の上にスリッパを履き 201 00:10:03,662 --> 00:10:05,761 ゆったりしたスウェットパンツに 202 00:10:05,761 --> 00:10:09,073 まだら模様のセーター 縞のスキー帽を目深にかぶっていた 203 00:10:09,073 --> 00:10:11,570 彼は僕が来ることを知っていた 204 00:10:11,570 --> 00:10:15,853 モハメッドが電話したんだ 僕たちはすぐに握手をして互いに微笑み 205 00:10:15,853 --> 00:10:17,940 僕はアベッドに土産を渡した 206 00:10:17,940 --> 00:10:19,331 「ようこそ我が家へ」 と 207 00:10:19,331 --> 00:10:22,744 アベッドが言い 僕たちは布製のソファに並んで座った 208 00:10:22,744 --> 00:10:25,505 座るなりアベッドは 209 00:10:25,505 --> 00:10:27,361 16年前に電話で話した 210 00:10:27,361 --> 00:10:30,325 つらい身の上話の続きをし始めた 211 00:10:30,325 --> 00:10:33,630 「つい最近 目の手術をした」 と アベッドは言った 212 00:10:33,630 --> 00:10:35,827 そしてまた 「腰と足も悪く 213 00:10:35,827 --> 00:10:38,369 あの事故で歯も無くなった 214 00:10:38,369 --> 00:10:41,340 入れ歯をとってみせようか?」 とも言った 215 00:10:41,340 --> 00:10:43,870 僕が退屈しないよう テレビをつけてから 216 00:10:43,870 --> 00:10:46,728 アベッドは部屋を出ていき 217 00:10:46,728 --> 00:10:48,967 事故の写真と古い運転免許証を持って 218 00:10:48,967 --> 00:10:51,577 部屋に戻ってきた 219 00:10:51,577 --> 00:10:55,384 「ハンサムだろう」と彼は言った 220 00:10:55,384 --> 00:10:57,562 運転免許証のアベッドの写真を見た 221 00:10:57,562 --> 00:11:00,318 ハンサムというより たくましく 222 00:11:00,318 --> 00:11:04,110 丸顔で首は太く 髪は黒々としていた 223 00:11:04,110 --> 00:11:07,047 この若者のせいで 1990年5月16日 224 00:11:07,047 --> 00:11:09,196 僕ともう一人の首が折れ 225 00:11:09,196 --> 00:11:13,144 一人が脳挫傷を起こし 一人が命を失ったんだ 226 00:11:13,144 --> 00:11:15,743 事故から20年 アベッドは妻よりやせて 227 00:11:15,743 --> 00:11:17,492 顔の皮はたるんでいた 228 00:11:17,492 --> 00:11:20,223 アベッドが自分の若い頃の写真を見る姿に 229 00:11:20,223 --> 00:11:22,606 事故の後 僕も若い頃の写真を 見ていたときの 230 00:11:22,606 --> 00:11:26,932 気持ちを思い出した 事故が起こる前のことを懐かしく思う気持ちを 231 00:11:26,932 --> 00:11:31,049 「あの事故で あなたの人生も僕の人生も 変わってしまった」と僕は言った 232 00:11:31,049 --> 00:11:33,777 アベッドは潰れたトラックの写真を見せ 233 00:11:33,777 --> 00:11:36,365 あの事故は左車線にいたバスの運転手が 234 00:11:36,365 --> 00:11:39,538 道を譲らなかったために起こったんだと言った 235 00:11:39,538 --> 00:11:42,260 僕はアベッドと事故の話を繰り返したくはなかった 236 00:11:42,260 --> 00:11:44,029 ただ 土産のトルコ菓子を渡して 237 00:11:44,029 --> 00:11:48,834 詫びの一言を聞いて その場を去りたかった 238 00:11:48,834 --> 00:11:51,423 だから僕は 事故の翌日の証言で 239 00:11:51,423 --> 00:11:53,469 アベッドがバスの運転手について 240 00:11:53,469 --> 00:11:55,854 何も言わなかったことを あえて指摘しなかったし 241 00:11:55,854 --> 00:11:59,218 僕はあまり話さなかった 真実を知るために来たわけではなかったから 242 00:11:59,218 --> 00:12:02,226 アベッドが悔やんでいることを 確かめるために来たんだ 243 00:12:02,226 --> 00:12:04,382 悔やんでいるのかどうか確かめようと 244 00:12:04,382 --> 00:12:06,667 話をバスからそらした 245 00:12:06,667 --> 00:12:09,793 「事故があなたのせいでないことは分かりました 246 00:12:09,793 --> 00:12:14,182 でも 事故の被害者を思うと つらくありませんか」と聞いた 247 00:12:14,182 --> 00:12:16,577 アベッドは短く答えた 248 00:12:16,577 --> 00:12:20,369 「ああ つらかったよ」 249 00:12:20,369 --> 00:12:23,305 それから なぜつらかったのかを話し始めた 250 00:12:23,305 --> 00:12:26,444 事故が起こるまで 不信心だったから 251 00:12:26,444 --> 00:12:28,773 神が罰として事故を与えた 252 00:12:28,773 --> 00:12:32,596 今は心を改め信心深くなったので 神も喜んでいる と言う 253 00:12:32,596 --> 00:12:35,737 事故は神の仕業だった ということだ 254 00:12:35,737 --> 00:12:38,511 テレビでは自動車事故の ニュースをやっていた 255 00:12:38,511 --> 00:12:41,283 北の方で起こったその事故では 3人が亡くなっていた 256 00:12:41,283 --> 00:12:43,656 僕達は映像で 大破した車を見た 257 00:12:43,656 --> 00:12:46,677 僕は「奇妙だ」と言った 258 00:12:46,677 --> 00:12:49,462 アベッドも「奇妙だ」と言った 259 00:12:49,462 --> 00:12:52,157 僕は その事故現場である804号線には 260 00:12:52,157 --> 00:12:54,287 自動車事故の被害者と加害者という 261 00:12:54,287 --> 00:12:56,023 二者の関係があると思っていた 262 00:12:56,023 --> 00:12:58,484 アベッドのようにその日のことを忘れる者もいる 263 00:12:58,484 --> 00:13:01,694 僕のように忘れられない者もいる 264 00:13:01,694 --> 00:13:04,819 その事故のレポートが終わり アベッドが口を開いた 265 00:13:04,819 --> 00:13:07,192 「この国の警察がたちの悪い運転をする奴らを 266 00:13:07,192 --> 00:13:12,086 十分に取り締まれないのは残念なことだ」 267 00:13:12,086 --> 00:13:15,114 僕は困惑した 268 00:13:15,114 --> 00:13:17,893 アベッドは今 驚くべきことを言ったぞ 269 00:13:17,893 --> 00:13:21,359 アベッドは自分はあの事故に関して 無罪放免だと言ったのか? 270 00:13:21,359 --> 00:13:23,261 それとも罪の意識があって 271 00:13:23,261 --> 00:13:25,644 もっと長く服役すべきだったと言っているのか? 272 00:13:25,644 --> 00:13:29,256 彼は事故後6ヶ月服役し 10年間トラックの運転免許を持てなかった 273 00:13:29,256 --> 00:13:31,282 僕は黙っていようという考えを変えて 274 00:13:31,282 --> 00:13:34,726 アベッドに聞いてみた 275 00:13:34,726 --> 00:13:38,957 「事故の前にいくつか問題のある運転を していましたよね」 276 00:13:38,957 --> 00:13:42,918 彼は「あぁ 時速40のところ 60出したことが一度あったよ」 277 00:13:42,918 --> 00:13:46,319 ほかにも色々あっただろう 27もの違反が 278 00:13:46,319 --> 00:13:49,024 信号無視 スピード違反 反対車線走行 279 00:13:49,024 --> 00:13:51,006 それからローギアに入れるべきところ 280 00:13:51,006 --> 00:13:53,046 ブレーキを踏みながら あの坂道を下った 281 00:13:53,046 --> 00:13:55,504 それを1つしか違反していないと言うのか 282 00:13:55,504 --> 00:13:58,991 そこで僕は思い知った 人間というものは事実がどうあれ 283 00:13:58,991 --> 00:14:02,106 自分に都合の良いように 解釈するものなのだ と 284 00:14:02,106 --> 00:14:06,023 ヤギが英雄になる 加害者が被害者になる 285 00:14:06,023 --> 00:14:12,727 そのとき僕は アベッドが決して謝らないことを悟った 286 00:14:12,727 --> 00:14:16,023 アベッドと僕は座ってコーヒーを飲んだ 287 00:14:16,023 --> 00:14:18,815 そうして1時間半ほど過ごし 288 00:14:18,815 --> 00:14:21,177 僕は彼のことが分かってた 289 00:14:21,177 --> 00:14:23,545 彼は取り立てて悪い人間でもなければ 290 00:14:23,545 --> 00:14:25,878 取り立てて良い人間でもなかった 291 00:14:25,878 --> 00:14:28,036 心の狭い人間だったが 292 00:14:28,036 --> 00:14:31,066 彼は彼なりに僕に親切にしていた 293 00:14:31,066 --> 00:14:32,576 ユダヤの習慣である会釈をし 294 00:14:32,576 --> 00:14:36,523 彼は僕が 120歳まで生きますように と言った 295 00:14:36,523 --> 00:14:38,344 しかし僕は 296 00:14:38,344 --> 00:14:41,642 この無頓着な人間を理解できなかった 297 00:14:41,642 --> 00:14:46,006 あの悲惨な事故を起こした張本人なのに すっかり立ち直り 298 00:14:46,006 --> 00:14:50,781 あの事故で亡くなったのは 二人だと思っていたと言うような人間 299 00:14:53,012 --> 00:14:56,636 アベッドに言いたいことは沢山あった 300 00:14:56,636 --> 00:15:00,341 僕はアベッドに言いたかった 301 00:15:00,341 --> 00:15:02,516 僕の障害に気付くのはいいが 302 00:15:02,516 --> 00:15:04,314 僕のような障害者が 303 00:15:04,314 --> 00:15:07,556 笑顔でいられることに 人々が驚嘆するのは間違っていると 304 00:15:07,556 --> 00:15:11,492 障害者がもっとつらい思いをしてきたことを 人は知らない 305 00:15:11,492 --> 00:15:15,154 心に負った傷は トラックにひき逃げされるより重く 306 00:15:15,154 --> 00:15:17,505 首の骨を100回折るよりも 307 00:15:17,505 --> 00:15:21,681 もっとつらいものだ 308 00:15:21,681 --> 00:15:24,531 僕はアベッドに言いたかった 309 00:15:24,531 --> 00:15:26,032 人はその心や身体 310 00:15:26,032 --> 00:15:28,465 身に起こること または起きないことではなく 311 00:15:28,465 --> 00:15:30,273 それにどうに反応するかで 312 00:15:30,273 --> 00:15:33,135 どんな人間であるかが決まる 313 00:15:33,135 --> 00:15:35,713 心理学者ヴィクトール・フランクルは言った 314 00:15:35,713 --> 00:15:37,530 「人はいかなる状況でも 315 00:15:37,530 --> 00:15:42,430 その状況に対する態度を 決める自由だけは失わない」 316 00:15:42,430 --> 00:15:45,254 僕はアベッドに言いたかった 317 00:15:45,254 --> 00:15:49,125 現実を受け入れ 前に進まなくてはらないのは 318 00:15:49,125 --> 00:15:51,102 障害を与えた者と 与えられた者だけじゃない 319 00:15:51,102 --> 00:15:55,988 年老いた者も 心配性な者も 離婚した者も 320 00:15:55,988 --> 00:15:59,833 髪が薄くなった者も 破産した者も 誰でもそうなんだ 321 00:15:59,833 --> 00:16:02,438 僕はまた アベッドにこうも言いたかった 322 00:16:02,438 --> 00:16:04,454 あの事故は神のなせる業で だからあの事故は 323 00:16:04,454 --> 00:16:07,002 あれでよかった 首が折れたのはよかったのだ 324 00:16:07,002 --> 00:16:08,693 不幸は幸いだ なんて言わないで欲しい 325 00:16:08,693 --> 00:16:11,953 不幸は最低だけど それでもなお自然界には 326 00:16:11,953 --> 00:16:16,075 多くの素晴らしいことがあると言っていい 327 00:16:16,075 --> 00:16:21,101 僕はアベッドに言いたかった 結局 僕らのなすべきことは明白なんだ と 328 00:16:21,101 --> 00:16:24,328 人は不運な目にあっても 立ち上がらなくてはならない 329 00:16:24,328 --> 00:16:27,354 人は良きものに囲まれ それを享受すべきだ 330 00:16:27,354 --> 00:16:33,238 それは学問 職業 冒険 友情といったもの 331 00:16:33,238 --> 00:16:37,007 そう 友情 そして社会や愛情といったものだ 332 00:16:37,007 --> 00:16:39,766 とりわけ僕は アベッドに ハーマン・メルヴィルが 333 00:16:39,766 --> 00:16:42,135 書いた言葉を伝えたかった 334 00:16:42,135 --> 00:16:45,062 「真に肉体的な温もりを楽しむには 335 00:16:45,062 --> 00:16:48,119 ある部分は冷たくなくてはならない 336 00:16:48,119 --> 00:16:50,422 なぜならこの世界のあらゆるものは 337 00:16:50,422 --> 00:16:53,714 単に対比することにより認識されるものだから」 338 00:16:53,714 --> 00:16:56,155 そう 何事も対比 339 00:16:56,155 --> 00:16:58,494 もし 自分にないものを認識していれば 340 00:16:58,494 --> 00:17:01,722 逆に自分が持てるものを 真に認識できるだろう 341 00:17:01,722 --> 00:17:05,616 もし神に思いやりがあれば 人は自分の持てるものを真に喜べるだろう 342 00:17:05,616 --> 00:17:08,045 そのことは人に与えられる唯一の恵みだ 343 00:17:08,045 --> 00:17:11,016 もし人が何らかの実在的なものに 苦しんでいるとしたら 344 00:17:11,016 --> 00:17:13,345 人は死を意識し そして毎朝 用意された人生を 345 00:17:13,345 --> 00:17:15,375 生きるために目を覚ます 346 00:17:15,375 --> 00:17:16,970 人には冷たい部分があるがゆえに 347 00:17:16,970 --> 00:17:20,469 温かい部分を真に楽しむことができたり 348 00:17:20,469 --> 00:17:23,391 より冷たい部分を冷たいと感じることができる 349 00:17:23,391 --> 00:17:25,415 事故から何年も経ったある朝 350 00:17:25,415 --> 00:17:28,198 僕は石を踏んだ左足の裏に 351 00:17:28,198 --> 00:17:31,661 一瞬 冷たさを感じた 神経がついに目覚めた瞬間だ 352 00:17:31,661 --> 00:17:36,948 その雪の感覚に 心が高揚した 353 00:17:36,948 --> 00:17:40,184 でも僕は これらのことを アベッドには伝えなかった 354 00:17:40,184 --> 00:17:44,985 僕が ただ伝えたのは あの事故で亡くなったのは 二人ではなく一人だということと 355 00:17:44,985 --> 00:17:49,459 そして その人の名前だ 356 00:17:49,459 --> 00:17:53,272 そして僕はアベッドに「さようなら」と言った 357 00:17:53,272 --> 00:17:55,189 皆さん ありがとう 358 00:17:55,189 --> 00:18:01,924 (拍手) 359 00:18:01,924 --> 00:18:04,660 皆さん どうもありがとう 360 00:18:04,660 --> 00:18:08,660 (拍手)