0:00:00.000,0:00:03.000 少し重い話になりますが 0:00:03.000,0:00:07.000 2007年―今から5年ほど前に 0:00:07.000,0:00:10.000 家内が乳がんと診断されました 0:00:10.000,0:00:13.000 ステージ IIB でした 0:00:13.000,0:00:15.000 いま当時を振り返って一番 0:00:15.000,0:00:16.000 苦しかったことは 0:00:16.000,0:00:18.000 病院に行くことではありません 0:00:18.000,0:00:22.000 もちろん本人がつらいのは[br]わかります 0:00:22.000,0:00:23.000 乳がんだと知らされた― 0:00:23.000,0:00:26.000 ショックでもありません[br]まだ39歳で 0:00:26.000,0:00:30.000 癌の家族歴もなかったのです 0:00:30.000,0:00:33.000 この一連の経験で[br]もっとも恐ろしくて 0:00:33.000,0:00:35.000 苦しかったのは 0:00:35.000,0:00:37.000 決断を次から次へと 0:00:37.000,0:00:39.000 求められ続けたことです 0:00:39.000,0:00:43.000 乳房切除をすべきか?[br]それとも乳腺腫瘤の摘出か? 0:00:43.000,0:00:45.000 ステージ IIB なのだから 0:00:45.000,0:00:47.000 積極的な治療に委ねるべきなのか? 0:00:47.000,0:00:48.000 副作用があっても? 0:00:48.000,0:00:51.000 それとも そこまで積極的でなくてもいいのか? 0:00:51.000,0:00:53.000 次から次へと決断を求めてくるのが 0:00:53.000,0:00:56.000 医師なのです 0:00:56.000,0:00:57.000 不思議に思うかもしれません 0:00:57.000,0:00:59.000 医師はなぜ こうしたのか? 0:00:59.000,0:01:01.000 単純に考えると医者自身が 0:01:01.000,0:01:05.000 法的に自分を守りたいためですが 0:01:05.000,0:01:07.000 実はそんな単純な話ではありません 0:01:07.000,0:01:08.000 彼らは善意の医者であり 0:01:08.000,0:01:10.000 何人かとは良い友人になりました 0:01:10.000,0:01:12.000 きっと長年受け継がれてきた 0:01:12.000,0:01:16.000 古い考え方に従ったまでなのでしょう 0:01:16.000,0:01:19.000 「意思決定[br]特に重責を伴う意思決定は 0:01:19.000,0:01:22.000 他人の判断に任せずに [br]自分の意思で決めよ 0:01:22.000,0:01:24.000 つまり助手席に座るよりも[br]運転席に乗るべきである」 0:01:24.000,0:01:27.000 そこで我々は運転席に座らせられ 0:01:27.000,0:01:28.000 多くの意思決定を下すことになったのです 0:01:28.000,0:01:30.000 同じ経験をされた方もいるでしょうが 0:01:30.000,0:01:34.000 何よりも苦しくて恐ろしい経験となりました 0:01:34.000,0:01:35.000 そして考えてみました― 0:01:35.000,0:01:37.000 決断をすることに関する考え方は 0:01:37.000,0:01:40.000 本当に正しいのだろうか? 0:01:40.000,0:01:43.000 運転席に乗ることが一番良いのか?[br]主導権を握って 0:01:43.000,0:01:44.000 制御するのが良いのか 0:01:44.000,0:01:48.000 逆に 状況によっては我々が助手席におさまり 0:01:48.000,0:01:51.000 誰かに運転席を任せた方が良い場合もあるのでは? 0:01:51.000,0:01:52.000 例えば 信頼できる金融専門家や 0:01:52.000,0:01:55.000 信頼できる医者などです 0:01:55.000,0:01:58.000 私は「意思決定の仕組み」を研究していますので 0:01:58.000,0:02:01.000 いくつかの実験を行い 0:02:01.000,0:02:02.000 答えを導き出すことにしました 0:02:02.000,0:02:05.000 早速 ここで研究成果のひとつをご紹介します 0:02:05.000,0:02:09.000 皆さんは その実験に参加しているつもりで聞いてください 0:02:09.000,0:02:12.000 この実験では皆さんに 0:02:12.000,0:02:14.000 まず 一杯のお茶を飲んでいただきます 0:02:14.000,0:02:19.000 お茶を飲む理由は後で説明します 0:02:19.000,0:02:21.000 そしてパズルをいくつか解いてもらいます 0:02:21.000,0:02:25.000 パズルの実例も後ほどお見せします 0:02:25.000,0:02:27.000 正解数が多ければ多いほど 0:02:27.000,0:02:30.000 賞品をもらえる可能性が大きくなります 0:02:30.000,0:02:32.000 ところでなぜお茶を飲むのか? 0:02:32.000,0:02:34.000 理由は単純明快です 0:02:34.000,0:02:37.000 パズルを効果的に解くために 0:02:37.000,0:02:40.000 精神が同時に2つの状態にならないといけません 0:02:40.000,0:02:43.000 そうでしょう?神経がピンと張り詰めた状態 0:02:43.000,0:02:46.000 これにはカフェインが効果的ですし 0:02:46.000,0:02:49.000 同時に 心穏やかでなければいけません 0:02:49.000,0:02:55.000 苛つかず 心が落ち着いた状態[br]これにはカモミールが最適です 0:02:55.000,0:02:58.000 さて被験者間で何を変えるのかという[br]ABテストの 0:02:58.000,0:02:59.000 デザインを説明します 0:02:59.000,0:03:01.000 早速ですが 皆さんを適当に 0:03:01.000,0:03:03.000 2つのグループに分けます 0:03:03.000,0:03:06.000 ここに架空の線があると想像してください 0:03:06.000,0:03:09.000 こちらの皆さんはグループAに 0:03:09.000,0:03:11.000 こちらの皆さんはグループBにします 0:03:11.000,0:03:14.000 グループAの皆さんには 0:03:14.000,0:03:16.000 2種類のお茶をお見せして 0:03:16.000,0:03:19.000 自分で好きな方を 0:03:19.000,0:03:21.000 選んでいただきます 0:03:21.000,0:03:24.000 さぁ 選んでみてください[br]決めましたか? 0:03:24.000,0:03:26.000 そうだ 私はカフェイン入りのお茶を 0:03:26.000,0:03:27.000 私はカモミールを選ぼう 0:03:27.000,0:03:28.000 自分で決める― 0:03:28.000,0:03:32.000 選択権を持ち[br]運転席に座っているのです 0:03:32.000,0:03:35.000 グループBの皆さん[br]ここに2種類のお茶がありますが 0:03:35.000,0:03:37.000 選んでいただくことはできません 0:03:37.000,0:03:40.000 どちらかをお渡しします 0:03:40.000,0:03:42.000 どちらか一方のお茶を 0:03:42.000,0:03:44.000 ランダムにお渡しします 0:03:44.000,0:03:45.000 覚えておいてください 0:03:45.000,0:03:48.000 もちろん これは非常に極端な例です 0:03:48.000,0:03:49.000 なぜなら 実社会では 0:03:49.000,0:03:52.000 あなたが助手席に座るときにはまず 0:03:52.000,0:03:54.000 たいてい運転席には信頼をおける人や 0:03:54.000,0:03:59.000 専門家がいる筈だからです[br]これはかなり極端なシナリオです 0:03:59.000,0:04:04.000 ここで皆さんにはお茶を飲んでいただきます 0:04:04.000,0:04:05.000 お茶を楽しんでください 0:04:05.000,0:04:07.000 飲み終るまでもう少し待ちましょう 0:04:07.000,0:04:11.000 お茶の成分が効果を発揮するまで[br]あと5分ほど待ちましょう 0:04:11.000,0:04:16.000 さて これから30分かけて15問のパズルを解いてください 0:04:16.000,0:04:19.000 ひとつサンプルをご紹介します 0:04:19.000,0:04:22.000 どなたか分かりますか?(文字の並び替えクイズ) 0:04:22.000,0:04:24.000 (観衆:PULPIT ) 素晴らしい! 0:04:24.000,0:04:25.000 凄いですね! 0:04:25.000,0:04:28.000 さて あなたのようにすぐ解る人がいたらどうするか 0:04:28.000,0:04:32.000 被験者のレベルに合わせて [br]パズルの難易度を 0:04:32.000,0:04:34.000 調整する必要がありました 0:04:34.000,0:04:36.000 簡単に解けては無意味ですから 0:04:36.000,0:04:39.000 このクイズは実に巧妙にできてて 0:04:39.000,0:04:43.000 本能的に TULIP に見えるので 慌てて頭を切り替えたり― 0:04:43.000,0:04:47.000 しなくてはいけませんね [br]つまり適切な難易度に設定されています 0:04:47.000,0:04:51.000 後に説明しますが簡単に解けては意味がありません 0:04:51.000,0:04:53.000 それではサンプル問題をもうひとつ 0:04:53.000,0:04:56.000 分かりますか?少し難しいかな? 0:04:56.000,0:04:58.000 (観客:EMBARK ) 正解! 0:04:58.000,0:05:00.000 こちらも難しかったでしょう 0:05:00.000,0:05:01.000 KAMBAR や MAKER など 0:05:01.000,0:05:03.000 ひっかけがたくさんあるのです 0:05:03.000,0:05:08.000 このような問題15問を 30分間で解いてもらいます 0:05:08.000,0:05:10.000 この実験で 0:05:10.000,0:05:12.000 注目していることがあります 0:05:12.000,0:05:14.000 正解数が多いのは 0:05:14.000,0:05:17.000 運転席に乗る場合の 0:05:17.000,0:05:19.000 方でしょうか? 0:05:19.000,0:05:22.000 つまり 飲むお茶を選択できたからこそ[br]成果が上がるのか 0:05:22.000,0:05:24.000 それともグループBの方が 0:05:24.000,0:05:27.000 正解数が多いのでしょうか? 0:05:27.000,0:05:30.000 系統的な調査データをもとに 0:05:30.000,0:05:31.000 分析した結果 0:05:31.000,0:05:33.000 実は助手席にいる方が 0:05:33.000,0:05:37.000 お茶はランダムに割り当てられたものなのに 0:05:37.000,0:05:41.000 運転席にいる方よりも多く正解しました 0:05:41.000,0:05:44.000 もうひとつ分かったことは 0:05:44.000,0:05:46.000 運転席にいる方は回答数が少ないうえ 0:05:46.000,0:05:49.000 集中力を欠いています 0:05:49.000,0:05:52.000 努力が足りず 粘り強さもない 0:05:52.000,0:05:53.000 なぜわかるのか? 0:05:53.000,0:05:56.000 2つの客観的指標があるのです 0:05:56.000,0:05:59.000 ひとつは問題を解くのに 0:05:59.000,0:06:01.000 かけた解答時間の平均です 0:06:01.000,0:06:04.000 グループAの方が平均解答時間が短かったのです 0:06:04.000,0:06:06.000 二つ目です[br]制限時間は30分ありますが 0:06:06.000,0:06:08.000 最後まで諦めずがんばるか?[br]あるいは30分より 0:06:08.000,0:06:10.000 前に途中棄権するのか? 0:06:10.000,0:06:15.000 グループAの方が途中棄権する確率が高かったのです 0:06:15.000,0:06:18.000 集中力を欠いていることは結果にも現れます 0:06:18.000,0:06:21.000 正解数が少ないのです 0:06:21.000,0:06:26.000 ではなぜ こんな結果になるのか 0:06:26.000,0:06:30.000 どのような状況だと[br]こういう結果に― 0:06:30.000,0:06:34.000 つまり助手席側の方が[br]運転席側よりも 0:06:34.000,0:06:36.000 良い成果を出せるのか? 0:06:36.000,0:06:41.000 INCA と名付けたもの遭遇する場合に問題となるのです 0:06:41.000,0:06:43.000 INCA は 意思決定の後のフィードバックの 0:06:43.000,0:06:48.000 性質を表す言葉の頭文字です 0:06:48.000,0:06:50.000 今回のパズル実験を思い出してみてください 0:06:50.000,0:06:52.000 変化の激しい株式投資や 0:06:52.000,0:06:55.000 病気の場合でも同じですが [br]結果は 0:06:55.000,0:06:57.000 直ちに分かりますよね (Immediate) 0:06:57.000,0:07:01.000 パズルが解けたかどうか すぐ分かります 0:07:01.000,0:07:03.000 そして 結果は通常良くない (Negative) 0:07:03.000,0:07:06.000 パズルの難易度は 0:07:06.000,0:07:08.000 意図的に高く設定されていました 0:07:08.000,0:07:10.000 これは医療の現場でも同じです 0:07:10.000,0:07:12.000 例えば 治療のごく初期には 0:07:12.000,0:07:16.000 良い結果も見えず[br]状況や手ごたえは厳しいものです 0:07:16.000,0:07:18.000 これは株式市場でも同じです 0:07:18.000,0:07:21.000 荒れた株式市場では[br]直ちに否定的な結果が得られます 0:07:21.000,0:07:24.000 そして フィードバックは具体的です (Concrete) 0:07:24.000,0:07:27.000 曖昧ではありません[br]正解か 不正解か 0:07:27.000,0:07:31.000 さらにこの「即時性 (I)」 0:07:31.000,0:07:35.000 「ネガティブ (N)」「具体的 (C)」に 0:07:35.000,0:07:39.000 「主体感 (Agency)」が加わります 0:07:39.000,0:07:41.000 自分の決断には責任が伴います 0:07:41.000,0:07:43.000 するとどうなるのか? 0:07:43.000,0:07:46.000 選ばなかった選択肢が気になるのです 0:07:46.000,0:07:49.000 だから もう一方のお茶を選んでればよかったのに― 0:07:49.000,0:07:52.000 (笑) 0:07:52.000,0:07:55.000 心の迷いが 意思決定を乱し 0:07:55.000,0:07:58.000 意思決定の自信低下 0:07:58.000,0:08:00.000 良い成果への自信低下 0:08:00.000,0:08:02.000 問題解決能力の低下につながります 0:08:02.000,0:08:04.000 課題解決に身が入らないので 0:08:04.000,0:08:09.000 正解数が少なくグループBより劣る結果となります 0:08:09.000,0:08:12.000 これは医療分野でも十分に起こりえますね 0:08:12.000,0:08:14.000 患者を運転席に座らせた場合 0:08:14.000,0:08:17.000 活力に欠け 回復のプロセスを促す 0:08:17.000,0:08:21.000 運動や 健康維持の努力に[br]身が入らなくなってしまいます 0:08:21.000,0:08:25.000 大切だといわれているのにです[br]これは良くないですね 0:08:25.000,0:08:30.000 ですからINCAに遭遇したら 0:08:30.000,0:08:34.000 フィードバックが即時でネガティブであり 0:08:34.000,0:08:37.000 具体的で 自己責任を感じる時 0:08:37.000,0:08:40.000 その場合は―誰かに運転席を任せ 0:08:40.000,0:08:43.000 助手席に座ったほうがずっと良いのです 0:08:43.000,0:08:44.000 今日は重苦しい 0:08:44.000,0:08:46.000 トーンで始まったので 0:08:46.000,0:08:48.000 最後は陽気なトーンで締め括りましょう 0:08:48.000,0:08:51.000 あれから5年が経過し―正確には5年以上ですが 0:08:51.000,0:08:53.000 非常に喜ばしいことに 0:08:53.000,0:08:58.000 家内の癌は未だ寛解期に留まっています 0:08:58.000,0:09:00.000 治療も順調に進んだわけです 0:09:00.000,0:09:03.000 ただし ひとつだけ言ってなかったことがあります 0:09:03.000,0:09:06.000 二人で相談した結果[br]家内の初期治療のときから 0:09:06.000,0:09:10.000 我々は助手席に座ることを決めました 0:09:10.000,0:09:12.000 そのことで得られた心の平安のおかげで 0:09:12.000,0:09:15.000 病気の回復に集中できたことが 0:09:15.000,0:09:17.000 この結果につながったと思います 0:09:17.000,0:09:20.000 我々は医者に運転席を譲り 0:09:20.000,0:09:22.000 すべての意思決定を任せました 0:09:22.000,0:09:24.000 ありがとうございました 0:09:24.000,0:09:27.000 (拍手)