クリス・アンダーソン: あなたはいわゆる天才数学者ですね 若くしてハーバード大やMITで 教鞭と取っておられました するとNSAから 電話がかかってきたとか それはどういう話でしたか? ジム・サイモンズ:NSA つまり アメリカ国家安全保障局が 実際に電話してきた わけではありません プリンストンに彼らの拠点があり 数学者を雇って暗号解読とかを やっていて その存在については知っていました とても良い雇用条件で 時間の半分を 本来の業務に充てていれば 残りの時間を数学の研究に使うのも 自由だったのです しかも給料が高かったので 抗しがたい魅力でした だから自分から足を運んだのです クリス:暗号解読の任務に就いたのですね ジム:その通りです クリス:解雇されるまでは ですね ジム:はい 解雇されました クリス:どうしてそうなったのですか? ジム:どうしてって? それは 当時ベトナム戦争の 真っ最中でしたが そこの上司の上司というのが 大の戦争好きで ニューヨーク・タイムズ日曜版に ベトナム戦争で勝利する方法について 特集記事を書いたのです 私は戦争が嫌いですから 愚かなことだと思いました それでタイムズ紙に投稿して それが掲載されました マクスウェル・テイラーの — みんな彼を覚えているかわかりませんが 彼の元で働く人間が全部 彼に賛同しているわけではないと言って 私自身の考えを書いたのですが — クリス:なるほど クビになるわけだ ジム:テイラー将軍とは 意見が異なったということです しかし その時は 何も言われませんでした 当時29歳でしたが 私のところに ニューズウィーク誌の記者だという 若者がやってきてインタビューしたいと言い 私が自分の主張に関して 何をしているのかと聞きました 私はこう答えました 「今はもっぱら数学をしています 戦争が終わったら NSAの仕事に戻ります」 そして私がその日にした 唯一聡明なことをしました インタビューを受けたことを 上司に伝えたのです 「何をしゃべったんだ」と質問され 言ったがままに報告しました 「テイラー将軍に電話せねばならない」 と彼は言い 10分ほど電話しに行き 戻って5分後には 解雇されていました クリス:なるほど ジム:でも 悪いことではありませんでした クリス:それでニューヨーク大 ストーニー・ブルック校で職を得て 数学者としてのキャリアを 歩み始めたのですね そしてこの人物と一緒に 研究することになりました どういう方ですか? ジム:シンシェン・チャーンです チャーンは20世紀を代表する 数学者の一人です 彼とはバークレー校の大学院生の時からの 知り合いでした 私にはちょっとしたアイデアがあって それを彼に話すと彼は興味を示し 共同でやることになりました 画面で見てもらうと 簡単に分かると思いますが (笑) これです クリス: それが とても有名になる 共著論文へと繋がりました その内容について 少し紹介いただけませんか? ジム:無理だよ (笑) ジム:理解できる人ならいいですが — (笑) クリス: こちらの説明ならいかがですか? ジム:そういう人は あまり多くはありませんから クリス:その理論はこの球と 関係しているということでしたね ここから始めて下さい ジム:たしかに関係しています あの研究のことは この後お話しします この球と関係はあるのですが その前に言っておきたいことがあります あの論文はもっぱら 数学に関するものでした 私もチャーンもそのことに 不満はありません 今では大きく発展している 数学の分野を切り開きさえしました しかし興味深いことに それが物理学にも応用されるようになったのです 私は物理なんて知らないし チャーンだって 大して知らないでしょう 論文が出て10年くらいして プリンストン大のエド・ウィッテンという人が ひも理論に応用し始めました またロシア人が凝縮系物理学という 理論にも応用し始めました 今では そのチャーン・サイモンズ不変量と 呼ばれるものが 物理学の様々な分野で使われています 驚くばかりです 私たちは物理の知識などなく 物理学に応用されるなんて 予想もしていませんでした でも それが数学の特徴なのです 何に応用されるか分かりません クリス:素晴らしいことですね 真理を理解するか 分からないものながら 進化は人の精神をどう形作っていくのか という話をしましたが あなたは物理学のことを知らずに 数学の理論を作ったというのに それが20年後に 現実の物理の世界の 根本的なところを記述するために 応用されるのですから どうしてそんなことが 可能なのでしょう? ジム: 神のみぞ知る です (笑) ユージン・ウィグナーという 有名な物理学者が 「(自然科学における) 数学の不条理なまでの 有効性」という論文を書いています 数学というものは ある意味で現実の世界に根付いていて 人は数えたり測ったりするようになり みんなすることですが その後 独自の発展をしていきます しかしそれが巡り巡って 現実の問題を解決するのです 一般相対性理論がその一例です ヘルマン・ミンコフスキーが その名を冠する幾何学を考え出し アインシュタインが「これこそ一般相対性理論の 記述に求めていたものだ!」と見出す 数学理論がどう使われるかなんて 分かりません 実に不思議なものです クリス:ここに素晴らしい 数学の成果の一例があります これについて解説して下さい ジム:これはボール - 球で 表面に格子が組まれています 正方形の形をしていますね ここで説明することは レオンハルト・オイラーによって見出されたことです 1700年代の偉大な数学者です その発見は数学の とても重要な分野である 代数的位相数幾何学へと 発展しました 私たちの論文も ここにルーツがあります では説明しましょう ここには8つの頂点、12の辺と 6つの面があります 頂点の数から辺の数を引き 面の数を足すと 2となります 2です まあそんなもんでしょう 別のケースを見てみましょう 三角形で覆ってみます 今度は12の頂点 30の辺、20の面があり 20枚のタイルで覆われていますが 頂点-辺+面は またもや2になります 実際のところ 覆うものが たとえ 三角形や他の多角形 それが混合していようとも 結果は同じで 頂点-辺+面 は2になるのです 今度は別の形です トーラスで ドーナツ状の形をしています これを長方形で覆います 頂点は16、辺は32、面の数は16です 頂点-辺+面 は0になります いつだって0です トーラスは 正方形、三角形や 他のどんなもので覆っても 0になるのです このような数を オイラーの標数といいます 位相不変量と呼ばれるものの一種です とても興味深いことです どの様にやっても いつも同じ結果が得られます この分野は1700年代中頃に芽生え 今では代数的位相幾何学と 呼ばれるものになりました クリス:あなた方が作り上げた理論は ここにヒントを得て より高い次元の理論へと 高次元の物体へと拡げ 新たな不変量を見出したということですね ジム:そうです しかし高次元の 不変量自体は以前からありました ポントリャーギン類 それにチャーンの名が付いたのもありました こういった不変量は たくさんあって 私はそのうちの一つについて 研究していたのですが 通常行われていたのとは異なる ある種組み合せ論的な定式化をし その結果 新たな発見があったのです しかしオイラー先生がいなかったら- 彼は70巻もの数学書を 書き上げましたが 13人も子供がいたので きっと膝の上に子供を乗せながら 本を書いていたことでしょう オイラー先生がいなかったら このような 不変量は発見されていなかったかもしれません クリス:なるほど 素晴らしき知性の一端を見せて頂きました ではルネサンス社の話を聞かせて下さい 頭脳明晰なあなたは NSAで暗号解読の仕事に携わりましたが その後ファイナンスの暗号に 取り組むようになりました 効率的市場仮説というのを 信じなかったのだと思いますが 20年間に驚くほどのリターンを 生み出したある方法を見出しました 聞いたところによると それがすごいのは リターンが大きいだけでなく 他のヘッジファンドに比べ 驚くほど安定度が高く リスクが低いのだと どうやったら こんな事が出来たのですか? ジム:まずは優秀な人材を集めました 私がトレーディングを始めた時 少し数学に飽きていました 30代後半で ちょっとしたお金を持っていました トレーディングを始めて これが首尾良くいきました かなり稼ぎましたが 単なる幸運でした 偶然だったと思います それは決して数学モデルとは 関係していませんでした しかし しばらくデータを見ているうちに 気が付きました そこにはある種の構造が 存在するように見えたのです そこで数学者を何人か雇い モデルをいくつか構築し始めました それはIDA(防衛分析研究所)で やっていた類の事です アルゴリズムを設計し コンピューターにかけて 上手くいくかどうか 試してみるわけです クリス:これをご覧いただけますか? これは典型的な相場のグラフで これを見て私ならこう思います 「ランダムに上下しているな 全体を見ると少しだけ 上向きの傾向があるかも」 あなたはどうやって ランダムでない部分を見てとり 上手く取引をすることが 出来たのですか? ジム: これは昔のものですね 古き時代のグラフです 商品や通貨の相場に トレンドがありました ここで見られるような穏やかなトレンドだけでなく 周期的なトレンドがあります それが分かったら 過去20日間の平均的な変動から 今日の値を予測します 上手く予想できれば 儲けることができます 以前には そういう方法が通用しました 完璧ではありませんが 上手くいったのです 儲けたり 損したり 儲けたり となりますが 長く続けていれば 期間全体としては ちょっとしたお金を稼げます 今や通用しないやり方です クリス:あなたは様々なトレンドの 周期を試したのですね 例えば 10日周期、15日周期について その先が予測可能かどうか 試そうとしたのですね ジム:様々なものを試し どれが最善かを探すわけです トレンドによる予測は60年代には 上手くいきました 70年代も そこそこ上手くいきました でも80年代は 違いました クリス: 皆が同じことを やったからですね あなたは どうやって彼らに 先んじようとしましたか? ジム:別の方法を考えることで 先行しました 短期の予測といったものですが — 大きいのは大量のデータを 集めたということです 当初は手作業でした 連邦準備銀行に行って過去の利率の データを複写するといったことです コンピューターにはデータが 保存されていませんでしたからね データを沢山取得しました そして とても頭の良い人達を雇う これが鍵です ファンダメンタル投資する人を どう採用したらいいかなんて分かりませんでした 何人か雇いましたが 儲けたり 損したりで それでは十分な利益が 出せませんでした しかし科学者の採用であれば うまくできました それに関しては 目が利いたからです これが種明かしです そうやって予測モデルは 徐々に改善され さらに改善していきました クリス:ルネサンス社の特徴的なことも あなたの業績とされていますね 高給に釣られるだけの人は 雇わないという 社風を作り上げました 数学と科学で面白いことがやれるというのが モチベーションになっているという ジム:そうだったと願いたいですが お金も重要な要素でした クリス:随分稼いでいますものね ジム:金目当てで来る人が いないとは言えません 多くの人がお金に引かれて 来たと思いますが しかし同時に 面白そうだという理由もありました クリス:機械学習は どのような役割を果たしたのですか? ジム:ある意味で 我々がやったことは機械学習です 多くのデータを分析し 様々な予測手法を試し 徐々により良い手法を 見出していきます 必ずしもフィードバックにより 改善していくわけではありませんが 上手くいきました クリス:予測方法の中には 意外で型破りなものもあったそうですね 天気、ドレスの長さ 政治的意見といったものまで あらゆるものを試してみたのですね? ジム: はい でもドレスの長さは試していません クリス: どんなものを試されましたか? ジム:何もかもです 使えるものは何でも - 裾の長さを別にすれば 天気、年次報告 四半期報告、歴史的データ、売上高 あるものは何でもです 毎日 数テラバイトのデータを取り込んで 保存、加工し 分析に使えるようにします そして異常値を探し出します あなたが言われたように 効率的市場仮説というのは 正しくありません クリス:異常値1つとれば ランダムでしかありませんが 複数の奇妙な異常値の間に 関連性を見つけ出すのが 鍵だとか ジム:単一の異常値は ランダムなものかもしれませんが しかし 十分なデータを集めれば そうでないと判断できます 十分に長い時間持続するような 異常が見つかります そのようなことが偶然に起こる確率は 高くありません しかしそのような異常も いずれ消えてしまいます ですから 常に 先を行く必要があります クリス: ヘッジファンド業界を見て 多くの人は ある意味 ショックを受けています 多大な富がそこで産み出され そこには多くの才能ある者 関わっているからです この業界 あるいは 金融業界一般に対して 懸念はありませんか? 暴走列車のようで - 何というか 格差の拡大を助長しているとか ヘッジファンド業界で起きていることを どう擁護しますか? ジム:この3、4年ほどは ヘッジファンドはさほど 上手くいっていません 我々の商売は首尾よくいきましたが ヘッジファンド業界全体としては 捗々しくありません 一方 株式市場はご存じのとおり 上昇しています 株価収益率は上がりました この5-6年でもたらされた 富の大部分は ヘッジファンドによるものではありません 「ヘッジファンドって何?」 と聞かれたら 「1と20」と答えます 今では「2と20」になっていますが ー 2%の固定手数料と 利益の20%をいただくという意味です ヘッジファンドというのは 別種の生き物なんです クリス:あなた方はもう少し高い手数料を 取っているという噂ですが ジム:ある時点で我々は 業界で最も高い手数料を取っていました 「5 と 44」です クリス:「5 と 44」というと 5%の固定手数料と 利益の44%ということですね それでも投資家は 大変な利益を得られた ジム:実際 高いリターンを得ました 人々は怒りだしました 何でそんな高い手数料を取るのだと 「止めてもいいですよ」 と私は言いました どうやればもっと儲けられるかというのが みんなの考えることです (笑) しかし これはあなたに お話ししたと思いますが ある時点で外部からの投資を 受け入れなくなりました クリス:しかし優秀な数学者が ヘッジファンド業界に集中し 世界のその他の問題解決のための 人材が不足することを憂慮すべきでは ありませんか? ジム:数学者だけでなく 天文学者や物理学者なども雇っています しかし気にする程のことではありません 今でも業界としては 小さなものです 事実 投資の分野に 科学を持ち込んだことで 世界は良くなったと思います 不安定性が抑えられ 資金の流動性が高まりました 取引が増えることで 商品間のスプレッド(価格差)が縮小しました 私はアインシュタインのような天才が科学を捨て ヘッジファンドを始めることを憂慮はしていません クリス:あなたは今の時点になって 反対の供給側に 投資するようになりましたね アメリカ中で 数学の後押しをしています この方は奥さんのマリリンさんですね お2人で慈善活動をなさっています このことについてお話し下さい ジム:そこに写っている 美しき我が妻マリリンは 財団を約20年前に設立しました 1994年だったと思います 私が’93年だと主張しても 彼女は'94年と言います 何れにしろ どちらかの年です (笑) 我々は財団を設立しました 寄付するのには都合の良い方法でしたから 彼女が帳簿の管理などをしていました 当時 はっきりしたビジョンはありませんでしたが 徐々に芽生えてきました 基礎研究を重視し 数学や科学に焦点を当てるということです そして これを実行に移しました 私は6年ほど前に ルネッサンス社を辞めて 財団で働くようになりました 今でも働いています クリス:「Math for America」では 米国内の数学教師に資金を与え 追加報酬を与えたり 支援や指導を行っています 教育の効率を高め 教師たちが目指せる 使命を提示していますね ジム:問題のある教師を 叱責するよりその方がいいです 特に数学や科学の分野では 叱責しても 教育界全体で やる気の低下を招くだけです そこで 優秀な者を表彰し 地位を与えることに注力しました 年間2百万円弱の報奨金を与えます 現在 ニューヨーク市の公立校にいる 数学や科学の教師 800人を支援しており 彼らはその中心的役割を担っています 彼らにはやる気があり 教育現場に留まっています 来年にはニューヨーク市の公立校の 数学と科学の教師の10%にあたる 1千人へと拡大します (拍手) クリス:あなたは別のプロジェクトに 対しても慈善的支援を行っていますね 生命の起源に関するものだとか どのような研究ですか? ジム:それにお答えする前に あなたが質問された 生命の起源の謎とは とても興味深いものだと言いたいのです どのようにして誕生したのでしょうか? 2つの謎があります 地質学的なものから 生物学的なものへの遷移は どのように起きたのか というのが一つ もう一つの謎は 何から始まったのかということ その遷移において どの物質が起源となったのか? これら2つは とても興味深い謎です 最初の謎は 地質からRNAのようなものに至るまでの 途方もない進化の道筋についてで その仕組みは どのようなものだったのかということ もう一方の謎 生命体をなす物質を得る過程は 従来の説を超えたものなのかもしれません この写真は星の形成過程を示しています 我が銀河系には約千億個の星がありますが 毎年2つほどの新しい星が誕生しています その仕組みについては知りませんが とにかく誕生しています 星ができるまでには 百万年ほどの時間がかかります そのため 定常的に 形成過程の星が 2百万個あります 写真はこの形成過程にある星です その周りを取り巻いて 塵のようなものがあります そして太陽系みたいなものが形成されます ここに注目すべきことがあります 形成過程の星の 周辺を取り巻く塵には 重要な有機分子が含まれていることが 分かってきました メタンといった分子だけでなく ホルムアルデヒドやシアン化物といった 生命の種ともいえる基本物質が あるのです これは当たり前に 起きていることなのかもしれません そういう生命の基本物質から 惑星ができるというのは 典型的なことなのかもしれません ならば 生命は至る所に居るのでは? そうなのかもしれません しかし 種となる物質が存在するというだけの はかない原始状態から 生命誕生に至る過程が どれ程に 大変なことなのかという疑問が残されます 種となる物質は 休眠している惑星に 降り注ぐことになります クリス:つまり あなたは 生命の起源と誕生に関する謎を 解き明かしたいとお考えなのですね ジム:解明されればと願っています 生命の誕生が 開始条件に関わらず ほぼ不可能なほど起こりにくいなら 地球に生命があるのは 特異的なことということになります 逆にさほど難しくないなら 宇宙に漂う有機物の塵から そこらじゅうに 生命は存在するのかもしれません ぜひ知りたいところです クリス:2年前 イーロン・マスクに 話を聞く機会があったのですが 彼に成功の秘密について尋ねると 物理に真剣に取り組むことだと 彼は答えました あなたの話によると あなたは数学に真剣に取り組み それがあなたの人生全体に 力を与えています そして巨万の富を得て それをアメリカや世界の大勢の子供たちの 将来のために投資することを 可能にしています これは科学が役に立つ ということでしょうか? 数学は役に立つのか? ジム:数学は間違いなく 役に立ちますよ それに楽しくもあります マリリンと一緒に働き 人々に貢献する これはとても楽しいことです クリス:知に真剣に取り組むことで かくも多くのものが得られうるということに とても感銘を受けました TEDにお越し頂いて あなたの 素晴らしい人生について聞かせて頂き ありがとうございました ジム・サイモンズでした! (拍手)