♪ ♪ ♪ 不正な法律が存在する; その時私たちは甘んじてそれに従えばよいのか、 あるいはそれを修正しようと努め、 その試みが成功するまではそれに従う方がいいのか、 それともただちに法を犯す方がいいのか? ─ ヘンリー・デイヴィッド・ソロー ソーシャルニュースサイトredditの共同設立者が 遺体となって発見されました。 彼はまさに神童でしたが、 彼自身はそう考えてはいませんでした。 彼はビジネスや金儲けには 全く興味がありませんでした。 今夜、Aaron Swartzの地元ハイランドパークでは インターネットの名士の一人に別れを告げようと、 彼の死を深く悼んでいます。 自由、オープンアクセス、コンピューターの活動家らが 彼の死に哀悼の意を示しています。 彼を知る人によれば「驚くべき頭脳の持ち主」。 その彼は自身の基本原則をすべて裏切った 政府とMITによって殺されました。 彼らはAaronを見せしめにしたかったのでしょう。 政府にはコントロールしたいという貪欲さがあるのです。 彼は35年の服役と100万ドルの罰金を受ける可能性があります。 訴追への熱意に対し疑問を提起します、 もっと言えば職権乱用であるように私は思います。 どういった根拠を調査し、この結論に至ったのですか? 成長するってのはつまり、身の回りの物や、 僕に語りかける人々全てが 自然な、あるべき姿で存在するってことを 少しずつ自覚するプロセスなんだ。 全てが自然だというわけじゃない、 その中には変わっていくものもあれば、 もっと重要な、間違っていて、 変えなければならないものもある。 一度それを理解したら、もう後には引けないんだ。 インターネットの申し子 絵本を読む時間だよ。 本の名前は「パディントンとゆうえんち」。 そう、彼はハイランドパークで生まれ育ちました。 Araronは三人兄弟の一人で、とて利発な子でした。 「ほら、箱がひっくり返るわよ……」 「もう自由よ……」 兄弟みな、お行儀のいい子供じゃなかったですね。 しょっちゅう走り回っていて、問題を起こしてました。 「こら、だめ、だめよ!」 - Aaron! - どうしたの? でもAaronがとても若くして 学び方を習得していることに気付いていました。 「ワン、ツー、スリー、フォー、ファイブ、 シックス、セブン、エイト、ナイン、テン」 - トン!トン! - だぁれ? - Aaronだよ。 - Aaronって? - 芸人Aaronだよ。 やりたいことがわかっていて、 そしていつもやりたがっていました。 やりたいことには常に秀でていました。 彼の好奇心は尽きることがなかった。 「惑星についての図表だよ」 「それぞれの惑星は記号を持ってる、水星の記号、 金星の記号、地球の記号、火星の記号、木星の記号」 ある日、彼がSusanに、「この『ハイランドパーク 商業地区家族向け無料イベント』って何?」 「ハイランドパーク商業地区で家族向け無料イベント」 この時3歳ですよ。 妻が、「一体何のこと?」と聞くと、 彼は、「見て、冷蔵庫に貼ってあるよ、 『ハイランドパーク商業地区家族向け無料イベント』」 妻は読めることにとても驚いていました。 これは「私の家族のセデル」。 『このセデル(ユダヤ教の過ぎ越しの祭りの初日に 開かれる晩餐)は他と違う特別な夜なのです』 シカゴ大学図書館でのことを覚えているよ。 19世紀末からあるような本棚から本を取り出して、 それを彼に見せながら、 「わかるかい、ここは特別な場所なんだ」 僕達は皆好奇心旺盛な子どもだったけど、 Aaronは学ぶのも教えるのも本当に好きでしたね。 「これから教えるのは、逆順のABC」 「Z、 Y、 X、 W、 V、 U、 T……」 彼が初めての代数の授業から 家に帰ってきた時のことを思い出します。 彼が、「Noah、代数を教えてあげる!」 そして僕が、「代数って?」という感じで。 彼はいつもそんな調子でした。 「ここでクリックボタンを押そう、それ!よしできた」 「ピンクに塗られたよ」 彼が2、3歳の頃、親父が彼にコンピューターを教えたんだ。 それ以来彼は我を忘れてコンピューターに夢中になったんだ。 (赤ちゃん言葉) みんなコンピューターを持ってましたが、 Aaronは本当にパソコンに、ネットにはまってましたね。 - コンピューター使ってるの? - ううん…… これ……ねぇママ、どうして動かないの? 彼はとても小さい頃からプログラミングを始めました。 私が一緒に書いた最初のプログラムはBasicで、 スターウォーズのクイズゲームでした。 彼はコンピューターのある地下室で一緒に座って、 何時間も、そのゲームをプログラミングしていました。 彼に対し私が抱えていた問題は、 私がやりたかったことがもう残っていないことです。 そして彼には、いつもやりたいことが、 プログラミングで解決できることがあるんです。 Aaronはいつも、プログラミングは 魔法だと捉えていました。 普通の人間にはできないことを彼はやり遂げることができた。 Aaronはマッキントッシュや段ボール箱などを 使ってATMを製作しました。 ある年のハロウィン、 僕が何をすべきか思いつかなかった時、 彼は自分の新しいお気に入りのコンピューターの 仮装をしたらとてもクールなんじゃないかと考えたんだ、 初期モデルのiMacにね。 彼はハロウィンの仮装は嫌がっていたけど、 自分が見たい仮装を 他人に着させるよう説得するのが好きでしたね。 「司会はAaron、もう!ほらこっちへ来て、カメラを見て!」 「スパイダーマンもカメラを見て!」 彼は人々が情報を書き込むことのできる The Infoという名のウェブサイトを作りました。 金箔の箔置きについてなら何でも詳しい人がいるとしましょう。 このウェブサイトにはそうした人たちが知識を書くことが できる。そして他の人たちが後からやって来て、 そして情報を読み、悪いところがあれば それを編集できる。 Wikipediaとちっとも違わないでしょう? そしてこれはWikipediaのスタート前で、 彼は12歳でこれを開発したんです、 彼の部屋で、古い技術を使って 自分自身で小さいサーバーを走らせていました。 ある先生の反応は、こんな感じで: 「馬鹿げたアイデアだ、他人に辞書、 百科辞典の編纂をさせるなんて。 学者は私たちへこういった本を 書くために存在するんだ。 どうしてこんな馬鹿げたアイデアを考えた?」 僕たち兄弟はその後、 「ああ、Wikipedia、クールだね。 でも家にあったよ、そう、5年前にね。」 Aaronのサイト、theinfo.orgは ケンブリッジにあるウェブデザイン会社、 ArsDigitaが主催した学校コンテストで受賞した。 ケンブリッジに行くことになったんだ……、 彼がArsDigita賞を取ったので、 Aaronが何をしたのか皆目見当がつかなかった。 その賞がとても重要なんだということはわかっていたけど。 程なくAaronはオンラインのプログラミング コミュニティと関わりを持つようになり、 Webの新しいツールを構想していく。 彼がやってきて僕に言ったんだ: 「Ben、 僕が作ってるすごいものがある」 「これをぜひ聞いて欲しいんだ!」 「へぇ、なんだいそれ?」 「RSSっていうんだ」 それから彼はRSSがどういうものか説明してくれて…… 「なんで便利なの、Aaron?」 「それをサイトに使ったとして、一体なぜ使いたくなるの?」 RSSや、もっと一般的なXMLといったものを 開発している人たちのメーリングリストがある。 そしてそこにはAaron Swartzという名の人物がいて とても負けず嫌いで頭が良く、 たくさんの良いアイデアを持っていて、 でも顔合わせのミーティングには来たことがないんです。 そこでいつかミーティングに来ないの?と聞いたら、 彼が言うには、「その、母がなんと言うかわからないんです。 僕は……14歳になったばかりなので。」 その時の彼らの最初の反応は、「えーっと、 この1年一緒に働いていたこの同僚は その時13歳で、今ちょうどたったの14歳か」 次の反応は、 「なんてことだ、これはぜひ会わなきゃ。 こりゃすごいことだぞ!」 彼はRSSの仕様を策定する委員会の一人でした。 彼は最新のハイパーテキストを パイプライン処理する機能の構築を手伝っていました。 RSSにおいて彼が作業していた箇所は、 他のウェブページに載っているものから 要約を作ることができるツールでした。 通常は、ブログにこのツールを使える。 読みたいブログが10から20あったとする。 そのRSSフィード、ブログに今 書かれている記事の要約を使って、 そういったもの全てをひとまとめにした リストを作ることができる。 Aaronはとても若かったけど、この技術を理解していたし、 これを不完全だと見ていて もっと良くする方法を探していました。 それから彼の母親が彼をシカゴの空港から見送り、 私たちはサンフランシスコで彼を迎え、 彼との議論に興味を持つ人たちと引き合わせた、 そして彼の奇妙な食習慣には驚かされましたよ。 彼は蒸した米といった白い食べ物しか食べないんです、 炒めた米は十分白くないからと、 それに白いパンなど……。 そしてその少年の小さな口から飛び出す、 議論の質の高さにも驚かされました。 偏食による壊血病で死んだりしなければ、 きっと何かやり遂げると思える少年でした。 Aaron、君の番だ! 違いは、ドットコム企業は 作れないということだと思います。 確かにインターネットでドックフードを売ったり、 携帯でドックフードを売ったりはできないでしょう。 でも、まだ多くのイノベーションが今起こっている。 このイノベーションが見えていないというなら、 あなたは現実から目を背けているんだ。 かれはまるでオタクのリーダーのように振舞っていました、 こんな感じで、「僕はあなたより賢い、 賢いからあなたより鋭い、 だから何をすべきか断言できるんだ」 なんというか、不愉快な奴を もっとひどくした感じでした。 そしてそれらのコンピューターを一つにまとめて、 大規模な課題を解決することができる、 宇宙人を探すとか、がんを治すとか言った課題に。 最初の出会いはIRC、つまり インターネットリレーチャットでした。 彼はコードを書くだけでなく、自分が見つけた問題を 解決することに熱心な人間を見つけてくるんです。 彼は知らない人同士をつなぐ「コネクター」でした。 彼にはフリーカルチャー運動への 意欲がすごくありましたね。 Aaronは世界を機能させようとしていたんだと思います。 世界を修理しようと。 彼は時々はっきりと腹を立てるようなとても強い個性を持っていました。 この件では彼は必ずしも常に世界に満足していなかったし、 世界も、彼を満足させなかったんです。 Aaronは高校に進むと学校にとてもうんざりしていました。 彼は学校が、行われたどんな授業も、 先生も気に入りませんでした。 Aaronは情報を得る方法を知りたがってました。 彼いわく:「幾何学の方法を学ぶために先生のところに行く必要はない。 幾何学の本を読めばいい。 アメリカの歴史についての見解を学ぶために先生のところに行く必要はない。 僕は3つの史料を持っていて、それを読めばいい。 そして僕の興味はそんなことじゃない、ウェブなんだ」 学校にとても不満を感じていたんだ、先生たちは 自分たちが話してる内容を理解してないと思う。 彼らは支配的で管理的、宿題なんてのはまやかしで、 生徒たちを全員閉じ込めて勉強を強制する手段でしか無い。 そして教育の歴史、この教育システムがどのように 開発されたのかに関する本を読み始めた。 そして、その代替手段、先生たちから 言われたことを鵜呑みにするだけの 教育とは対照的な、本当に物事を学べる手段について。 どうしてここにいるのかを学校に問いかけたその時から、 物事を問いかける生き方を歩むようになった、 学校を作った社会に問いかけ、 学校で訓練を受ける目的である企業に問いかけ、 こういった体制を築いた政府に問いかけてきた。 彼が特に初期の頃に熱心だったものの一つが、著作権ですね。 著作権は出版社と読者にとって常に負担となってきました、 しかしそれは過度の負担ではなく、 人々が対価を支払うことを確実にするために 講じられた、合理的な制度でした。 Aaronの世代が経験したのは、この古い著作権システムと、 インターネットとウェブによって 構築される新しい素晴らしいものとの間での衝突でした。 そうしたものがぶつかり合い、カオスとなったのです。 彼はその後ハーバード大学の法律学教授、その時最高裁で 著作権法を変えようとしていたLawrence Lessigに出会う。 若かりしAaron Swartzは最高裁審理を傍聴しに ワシントンに飛んだ。 僕はAaron Swartz、Eldred論争を傍聴しにここに来ました。 なぜEldred論争を見るためにシカゴから飛行機で かれこれここまでやってきたの? それはちょっと難しい質問ですね……、 よくわからない、最高裁を傍聴することに とても興奮している、 特に今回のような名高い事例では。 Lessigはインターネット上での著作権を 規定する新しい方法を押し進めていた。 それがクリエイティブ・コモンズだ。 クリエイティブ・コモンズの基本アイデアは 人々、クリエイターたちの 創作性に対し、その自由な 取り扱い方を表示するシンプルな方法です。 著作権が「全ての版権を所有します」だとすると、 これは「いくつかの版権を所有します」といったモデルです。 こういったことを簡単にあなたに伝えたい: 私の創作物を使ってこういうことができます、 事前に私からの許可が必要なことがあっても。 そしてAaronはコンピューターの部分を担当していました。 シンプルで理解でき、 機械が処理できる形で表される ライセンスをどのように設計するかといったことを。 人々は、「なぜ15歳の少年にクリエイティブ・コモンズの 仕様書を書かせているんだ? 大問題だと思わないのか?」 Lessigは、「一番の問題は私たちが この少年のことを聞き及んでいないことだ」 彼はなんとか演壇に立てるぐらいしか背が高くなくて、 加えて移動式の演壇だったので、扱いに厄介で、 液晶画面を開くと 誰も顔を見られなくなってしまってね。 この私たちのウェブサイトを訪れた際、 「ライスンスを選ぶ」ページへ行きます。 オプションのリストが表示され、その内容が説明され、 3つの質問を受けます。 「著作権者表示を求めますか?」 「あなたの作品の商用利用を認めますか?」 「あなたの作品の改変を認めますか?」 大人たちが息子を大人として扱っていることにとても驚きました。 そしてAaronは満員の観衆の前に立ち、 そしてクリエイティブ・コモンズのために 作成したプラットフォームについて語り始めました。 観衆全員が息子の話を聞き、そして…… 私はその後ろに座ってこう思っていました: 息子はまだ子どもよ、なぜみんな耳を傾けてるの? でも彼らは聞いていました。 ええ、私には完全に理解できたとは思いません。 アーティストへの対価の保証が足りないという批評にもかかわらず、 クリエイティブ・コモンズの成功は甚大なものだった。 現在ウェブサイトFlickrだけでも、2億人以上が何らかの 形でクリエイティブ・コモンズライセンスを利用している。 彼は自身の技術的才能を通じて貢献し、 なおかつそれは彼にとって技術的課題以上のものでした。 Aaronは自身のブログに たびたび率直に綴っている: 僕は深く物事について考えている、 そして同じように人々にも深く考えて欲しい。 僕はアイデアのために活動し、そして人々から学ぶ。 人間を埒外に置くのは好きではない。 僕は完璧主義者だ、しかし出版の 妨げになるようなことはしたくない。 教育やエンターテインメントを別にすれば、 影響を与えないようなことに 時間を無駄にしたくないんだ。 みんなと友達になりたい、しかし 僕に対し真剣でない時は嫌うよ。 恨んだりはしない、だって生産的じゃないから、 でもそれは経験として学ばせてもらう。 僕は世界をより良くしたいんだ。 2004年、Swartzはハイランドパークを離れ、 スタンフォード大学に入学する。 彼はとても厄介な潰瘍性大腸炎に罹り、 投薬を受けている彼がとても気がかりでした。 彼は入院し、毎日たくさんの薬を飲まなければならなかった、 そしてそのうちの一つがステロイド剤で 彼の成長を阻害し、 他の学生たちと自分は違うんだと考えるようになっていきました。 Aaronはたぶん奨学金のために大学に顔を出し、 この四年間で企業のリーダーや1%の富裕層になるような 早熟の高校生をまるで子守でもするような プログラムをあざとく見つけるんだろうな、 そしてそれは彼を狂わせるのでは、と思っていました。 2005年、1年だけ在学したあと、 SwartzはPaul Graham率いる新しいスタートアップ インキュベーション、Y Combinatorの出資を受ける。 彼は、「やあ、ウェブサイトのアイデアがあるんだ」 Paul Grahamは彼を気に入ってて、 「ああ、いいとも」って。 Aaronは大学をドロップアウトして、 このアパートに移り住んで…… ここがAaronが使っていたアパートだ。 Aaronが金もなく、その上大学をドロップアウトした せいで、アパートを借りるのが どんなに大変だったかを父が話してくれた、 そんな漠然とした記憶があるよ。 Aaronは今リビングルームになってる所に住んでて、 住んでた頃に貼ってあったポスターがいくつか残ってるよ。 そしてここが書庫、もっと本があるけど、 ほとんどはAaronの本だ。 Ycombinatorの出資を受けたAaronのサイトの名は 「infogami」、ウェブサイト構築ツールだ。 しかしinfogamiはユーザーの獲得に苦しみ、そこでSwartzは最終的に 支援を必要としていた別のY Combinatorの プロジェクトと自身の会社とを合併する。 それがSteve HuffmanとAlexis Ohanianを リーダーとするプロジェクト、「Reddit」だ。 ほとんど何もないところから始めました。 お金も、コードも、 そして日に日に、人気のある巨大サイトへと成長していき、 終わりそうにありません。 最初の1000ユーザーから1万、そして2万、 そしてさらに、信じられません。 Redditは巨大に、そしてインターネットの オタクコーナーみたいなものになっていきました。 ユーモアあり、アートあり、そしてサイトに群がる人々、 毎朝ニュースをチェックしにやってくる メインサイトになっていった。 Redditはある面ではカオスさながら、 そして一方ではその日のニュース、テクノロジー、 政治、諸問題を議論する場でもあり、 そしさらに職場に適さないもの、不快なものもたくさんあり、 荒らしが居場所を見つけるようなsubredditもある、 つまりそういう意味で、redditは議論の場なんです。 狂気の沙汰にいるようなものです。 redditは巨大出版企業Condé Nastの目に留まり、 redditの買収を提案する。 とても多すぎて、「どうやって保管するんだ?」と 父を悩ませるほどの大金でした。 - 大金ですか…… - 大金です。 たぶん100万ドル以上でしょう、 でも私は正確なところを知りません。 - その時彼はいくつ? - 19か、20歳でした。 そう、このアパートで起きたんです。 彼らは当時のままのこのカウチに座って、 Redditをハックし、そしてRedditを売却したときは、 大きなパーティーを開いて、 翌日に彼らは全員カリフォルニアに飛び発ち、 私にアパートの鍵を預けていきました。 面白いもので、彼は自身のスタートアップを 売却し、私たちはみな彼が とても裕福な人間になったと思っていたのに、 彼はというと、「僕はこの靴箱みたいな 小さい部屋にいるよ。これが必要なもの全てだ。」 押し入れぐらいの部屋でしたよ。 高価なものにお金をかけようという考えは 全く無いようでした。 彼の説明では、「このアパートに住むよ、新しい場所で 暮らすことに大金を掛けたくないんだ。 何も買うつもりはないし、 ジーンズとTシャツを着るのが好きだ。 だから衣類にも一切お金を掛けない。 ほんと、どうでもいいことだよ」 Swartzにとって重大だったのはどのように インターネットにトラフィックを流入させ、 そして何によって彼らの注意を集めるかだった。 古い放送システムでは、 電波による送信容量が 限られている。電波ではテレビが10チャンネル、 ケーブルでも500チャンネルしか送信できない。 インターネットなら、誰でもチャンネルを持てる。 みんながブログや、Myspaceページを持てる。 みんなが自身を表現する手段を持てるんだ。 今議論しているのは誰が電波を利用するのかの問題じゃない。 人々を見つける方法を誰がコントロールするかの問題だ。 知ってのとおり、Googleのような、 ネットで行きたいところを教えてくれる門番のようなサイトに 権力が集中しているのをかいま見ている。 ニュースや情報のソースを提供してくれる人たち。 そういった人たちは情報を伝える権限を 持つ人ばかりじゃない、今では全ての人が 情報を伝える権利を持っている。 これは誰からその情報を得るのかという問題なんだ。 Condé Nastのあるサンフランシスコで 働き始めた後、彼がオフィスに入って行くと、 彼らはくだらないものがインストールされた コンピューターを与え、 そしてこのコンピューターに新しいものを インストールするなと言ったんです、 開発者にとっては屈辱ものですよね。 初日から、彼はこうしたもの全てに 不満をぶつけていた。 「灰色の壁、灰色の机、灰色の雑音。 ここに来た初日から、本当に我慢できなかった。 昼食の時間、文字通りトイレの個室に 鍵を掛け閉じこもり、そして涙が出てきた。 一日中がやがやとした中で 正気を保てるかどうか想像もできない、 ましてなにか仕事をやり終えるなんて。 ここでは仕事をこなしてる人は誰もいない。 みんなしょっちゅう部屋に来ては ぶらぶら、おしゃべり、そしてWiredが テストしてる新しいビデオゲームに誘ったりしている」 彼は人とは違う政治指向的な大志を持っていて、 そしてシリコンバレーは政治的な目標のための技術活動へと 向かわせるような文化をあまり持っていませんでした。 Aaronは企業のために働くのを嫌っていました。 Condé Nastで働くことを皆嫌がっていましたが、 Aaronはただ一人、我慢できなくなったんです。 そしてAaronはもう仕事に出なくなり、 結果解雇されました。 それは面倒な破局だったようだ。 Alexis OhanianとSteve Huffmanは両者とも この映画のインタビューを断った。 彼はビジネスの世界を拒絶したんです。 この選択について思い浮かぶ重要なことの一つは、 Aaronがスタートアップの文化から 離れることを決めた時、同時に 彼を有名にし愛してくれたものから離れることになり、 そして彼のファンをがっかりさせる危険性があったことです。 彼には向かわなければならない場所があり、 そうした自己認識を持っていた、 一輪の薔薇を摘みとるためにゴミの山に登り、 失った嗅覚を見つけようとする頑固さがあった、 ゴミの山に座り、ここも悪くないよと言い、 なんやかんやで薔薇を取って、 とても良いねと山を降りてくる、 といった感じじゃなくてね。 Aaronの物の見方は、 プログラミングは魔法─ 普通の人間にはできないことを達成できる、 プログラミングによって。 もしそんな魔法の力が使えたら、いいことに使うだろうか、 それとも大金の山を作るために使うだろうか? Swartzは子どもの頃に出会った 一人のビジョナリーに触発された、 ワールドワイドウェブを発明した男、 Tim Berners-Lee氏だ。 1990年代、Berners-Leeはほぼ間違いなく 20世紀最も富をもたらす発明の一つを産み育てたが、 しかしWWWの発明から利益を得る代わりに、 彼は自由に使えるようにした。 これがWWWが今日ある理由の一つだ。 Aaronは確実にTimから深く影響を受けていました。 Timは決して金儲けをすることのなかった、 まさにインターネット創成期の突出した天才でした。 彼は大金を得られる方法を見つけることには まったく関心がなかった。 言われましたよ、「残念、大金を得られたのに」って、 でもそうなるとその代わり大きな一つのウェブじゃなく、 小さなウェブがたくさんできただろう、 そしてそれらの小さな、様々な種類の ウェブたちは機能しないだろう、 なぜなら一方からもう一方へとリンクをたどれない。 臨界量に達さないといけない、それはつまり地球全体だ、 だから地球全体に広がらない限り機能しないんだ。 この世界で生きていくには充分では ないと強く感じる、あるがままに 与えられるものを消費し、大人たちがやれということに従い、 両親がやれということに従い、社会がやれということに従う。 僕はそういったことを問いかけるべきだと思う。 僕はこの科学的な考え方を使っている、 つまり学んだこと全ては暫定的であって、 常に取り消しや、反論や、質問の機会が開かれている、 そしてこれを社会にも適用したいんだ。 僕が取り組めるような現実的で 重大な問題─根本的な問題─が 存在することにひとたび気付くと、それを忘れることが できない。何もしないわけにはいかないんだ。 私たちは多くの時間を共に過ごし始めました、 友達のような感じで。 よく夜まで何時間も語り合いました。 彼が私に気があることに気付くべきでした。 ある程度は感じていたんですが、 私は、とんでもない、ありえないわ、だから そんなことは起きないんだって振る舞おうとしていた。 私の結婚生活が崩壊していたので、 行くところがなく困っていました。 私たちはルームメイトになり、娘も連れてきました。 引っ越して、家に家具を入れて、 それで本当に落ち着きました。 私の人生はしばらく平穏とは言えず、そしてそれは彼も同じでした。 恋愛関係になってからはとても親密になりました。 私たちは……、連絡を取り合っていました。 でも私たち二人とも、とても扱いづらい人間なので(笑)。 アリー my Loveみたいなやりとりの中で、彼は自分のテーマソングが あると白状して、そこで彼のために再生してあげました。 Fiona Appleの「Extraordinary Machine」です。 この曲にはちょっと思い悩んでいる感じがあって、 同時に、なんていうか、 その先に希望が満ちているところがあるんです。 ♪一歩一歩、のんびりした足取りだけど、 居心地が悪いのには慣れっこだから、もう この先ずっと変えられないの ♪ 色んな意味で、Aaronはものすごく人生に 楽観的でした。彼自身がそう感じていない時でも、 人生についてすごく楽観的だったのかもしれません。 ♪ わたしってへんてこマシンね ♪ (Aaron) - 何してるの? (Quinn) - Flickrにビデオ機能ができたの。 Swartzは公開情報へのアクセスに関する 一連の新しいプロジェクトに力を注ぎ始めた、 "Watchdog.net"という アカウンタビリティーに関するサイト、 そしてプロジェクト、"The Open Library"。 Open Libraryプロジェクトとは、openlibrary.orgで 訪れることができるウェブサイトで、 その目的は巨大なwiki、一冊の本の情報を 一ページにまとめる編集可能なウェブサイトです。 これまでに出版された全ての本について、 出版社から、書店から、図書館から、読者からの 情報全てを組み合わせたウェブページを 一つのサイトに載せたい、 そしてその本をどこで買えるのか、借りられるのか、 閲覧できるかのリンクを提供する。 僕は図書館が好きです。新しい街へ行くと すぐさま図書館を探すような人間です。 Open libraryの夢は、このウェブサイトを、本から本へ、 人から著者へ、テーマからアイデアへと 飛び回ることができ、また物理的な 巨大図書館の中で埋もれ、見つけるのが大変で、 オンラインでアクセスできないような知識の 系統樹を体験できるような場所に 構築することです。これはとても重要なことで、 なぜなら本は私たちの文化的遺産だからです。 本とは人々が事柄を著述するために向かう場であり、 そしてその場が一企業に全て囲い込まれて しまうというのは恐ろしいことです。 どうすればパブリックドメインへ アクセスする権利をもたらすことができるか? パブリックドメインへのアクセス権を持つことは 自明のことのように聞こえるかもしれませんが、 しかし実際は違います。つまりパブリックドメインはあらゆる人に 公開されるべきなのですが、しばしば遮断されています。 たいていは防護柵があるんです。周りを掘で囲まれた ナショナルパークのような感じで、 万が一誰かがパブリックドメインを楽しもうと やって来た時のためにガンタレットが配置されてるんです。 Aaronが特に興味を持っていたのは パブリックドメインへのアクセス権の実現でした。 これが彼を多くのトラブルに巻き込んだ原因のひとつでした。 私はアメリカ合衆国の連邦裁判所記録へ アクセスしようとしてきました。 そして見つけたのは、「裁判所電子記録への パブリックアクセス」の略である、 "PACER"と呼ばれる難解なシステムでした。 それについて検索し始めた時、 Carl Malamudの名を見つけたんです。 アメリカでの法的資料へのアクセスは 毎年100億ドルもの額のビジネスとなっています。 PACERはまさに政府サービスのひどい恥部です。 1ページにつき10セント、 見たこともない役立たずのコード。 検索できない。ブックマークもできない。 クレジットカードが必要なんです、 あるのは公記録ですよ。 連邦地方裁判所はとても重要です─ 私たちに影響のある多くの訴訟の出発点です: 公民権訴訟、特許訴訟、そうしたもの全てです。 ジャーナリスト、学生、市民、そして弁護士たち、 全員がPACERへのアクセスが必要で、 あらゆる局面でこれと対峙することになる。 アメリカンエキスプレスゴールドカードを持っていない人は 簡単に訴訟を確かめることもできない。 正義へのアクセスに人頭税を課しているんです。 当然ですが、法律というのは我々の民主主義の OSです。それを見るのに課金が必要? これってちっとも民主主義じゃないですよね。 彼らはPACERシステムで年間1億2000万ドルを稼ぎ、 そして彼ら自身の記録によれば、これに関する コストは一切かかっていません。実際、これは違法です。 2002年米電子政府法では、裁判所は PACERを稼働させるコストを支払うといった、 必要経費に限り請求することができると定めています。 Public.Resource.Orgの創設者として、Malamudは PACERの料金に抗議しようとした。 そこで彼は「PACERリサイクルプロジェクト」という計画を開始した、 既に支払いを済ませたPACERの文書を他の人が使えるように 自由なデータベースにアップロードできる。 PACERの人たちはパブリックアクセスについて 議会などから多くの非難を浴びたので、 そこでアメリカ国内17の図書館に自由に PACERにアクセスできるシステムを導入しました。 つまり、22000平方マイル(訳注:北海道の約2/3)につき 1つの図書館です、まったく、不便もいいところです。 私はいわゆる「サムドライブ部隊」に 参加してくれるようにボランティアに呼びかけました、 アクセス権を持つ図書館から文書をダウンロードし、 PACERリサイクルサイトにそれをアップロードしてもらうのです。 それらの図書館の1つにUSBメモリを持ち込み、 文書をまとめてダウンロードし、 そしてそれを私に送ってもらう。 だけど、これはただのジョークだったんです。 実際、「サムドライブ部隊」の部分をクリックすると、 オズの魔法使いの、 あのマンチキンが歌っているところの、ビデオが再生されるんです: ♪ 我々はペロペロ飴組合…… ♪ ところがやはりStephen ShultzeとAaronから私に電話があり、 「いいね、サムドライブ部隊に入るよ」 ちょうどその頃、会議でAaronに会いました。 これは間違いなく、多くの様々な人たちによる コラボレーションにしなければならない。 そこで彼と接触し、言いました、 「ねぇ、僕もPACER問題に介入しようと思うんだ」 Shultzeはすでに公判記録図書館からPACERの文書を 自動的にダウンロードできる プログラムを開発していた。 Swartzはそれを一目見たいと思った。 そこで彼にコードを見せて、 どうなるのかわからなかったけど、 結局、その会議から数時間かけて、 隅っこに座り、私のコードを改良し、 図書館で彼の改良したコードをテストするために 目的の図書館の近くに住んでいる友人を雇いました、 この時点で裁判所の連中は 計画通りに事が進んでいないと気が付いた。 そしてデータがどんどん、どんどん、届き始め、 ついに760GB、2000万ページのPACER文書となりました。 公判記録図書館から回収した情報を使い、 SwartzはPACERシステムからの 大規模自動並列ダウンロードを行った。 連邦裁判所の270万の文書、テキストにして 約2000万ページを手に入れることができた。 今、当初のアクセス権プロジェクトを実行した 人たちの期待を上回るであろう、 2000万ページを取得できます、 しかし驚いたことに官僚は違法ではないと。 AaronとCarlは事の顛末について ニューヨーク・タイムズに語ろうと決めていた。 彼らはFBIの目に留まり、イリノイ州のSwartzの 両親宅に張り込むようになった。 そしたら彼の母からツイートが来たんです、「電話して!!」 思ったんです、一体何が起きたんだ?、と。 それでAaronに連絡を取って、 彼の母によると、「大変よ、FBI、FBI、FBI!」 FBIのエージェントの車が自宅の私道に入り、 Aaronが自室にいないか確認しようとしました。 その日のことを思い出します、なぜ車が私たちの 私道に入ってきたんだろうと思いました、 そして引き返して行きました。 奇妙でしたね。 なので、5年後にFBIの資料を読んだときは、 「なんてこった、FBIだったのか、私道に入ってきたのは」 彼は怯えていました。完全に怯えていました。 FBIが彼を電話で呼び出し、弁護士不在の元、 コーヒーショップから連れだそうと 策略したことでさらに怯えるようになったと。 彼いわく、家に帰ってベッドに横たわると、震えていたそうです。 このダウンロードのおかげで、裁判所文書中に 大規模なプライバシー侵害があることも発覚。 最終的に、結果として司法は自身の ポリシーの変更を余儀なくされ、 そしてFBIは起訴することなく捜査を終えた。 今日に至るまで、注目すべきと感じる点は とても辺鄙な田舎のFBIの出張所でさえ、 法体制を公開しようとしたという理由で 窃盗の罪で民衆を捜査することは 市民の税金の適切な使い道だとは 考えていないということです。 一体どうすれば、法執行官を名乗る人物が、 法体制を公開することで この世界を悪くする可能性が あると考えられるのか? Aaronは自分の信じる大義によって 危険にさらされることを厭わなかった。 貧富の格差が気になると、Swartzは技術の枠を超え、 広範囲な政治的目的へと移っていった。 私が連邦議会の一員となった時、議会に出入りし、しばらくの間 インターンとして働けるよう彼を招待しました、 彼が政治的プロセスを学べられるようにと。 彼は新しいコミュニティ、新しいスキルを学び、 そしてなんというか、政治をハックすることを学びました。 鉱山労働者が汗水たらしてせっせと働かなければ ならないというのは馬鹿げてる、 しかし彼らがあえてそれをやめれば、その夜の食事はなくなり、 一方僕はというと、座ってテレビを見ながら 毎日さらに大金を稼いでいる、という事実に直面する。 やはりどうもこの世界は馬鹿げている。 そこで、「進歩的変化キャンペーン委員会」と いう名のグループを共同創設しました、 私たちのしようとすることは、進歩的な政治に 関心のあるネット上の人々を組織し、 より進歩的な方向へとこの国を動かしていく、 協力し、メーリングリストに参加し、キャンペーンに参加し、 国中の当選した進歩的な候補者を手助けすることで。 このグループはElizabeth Warren氏の上院議員選挙運動の 草の根の取り組みの引き金となった。 彼はきっと無意味なシステムだと思っていたんでしょうが、 彼いわく、「このシステムを学ぶ必要がある、 なぜならこれによってどんな社会システムも操られている」 しかし、彼の知識とライブラリーへの情熱が 二の次になることはなかった。 Aaronは学会誌論文を出版する機関を 詳しく調べ始めた。 アメリカの一流大学の学生であるおかげで、 皆さんは幅広い分野の学会誌に アクセスできる、そうですよね? アメリカのほとんどすべての一流大学が、それ以外の 世界では読むことができないような学術誌に アクセスするために、JSTORやトムソンISIのような組織に ある程度のライセンス料を支払っています。 これらの学術誌と論文は基本的に オンラインにおける人間の知識、その完全なる財産であり、 そしてその多くが納税者のお金や 政府の補助金によって支払われている、 しかしそれを読むには、たびたびリード・エルゼビアといった出版社に 法外な受け渡し料金をまた支払わないといけない。 こういったライセンス料はアメリカ以外の、インドなどで 勉強している人たちにとってはかなりの負担なので、 こうしたアクセスができない。彼らはこうした 学術誌すべてから締め出されている。 科学的遺産全体から締めだされている。 つまり、こうした多くの学術誌は、 啓蒙時代にまで遡る。 常に誰かが科学論文を書けば、それはスキャンされ、 デジタル処理され、こうしたコレクションに収蔵される。 これは興味深い仕事をしてきた人たち、科学者たちの 歴史によってもたらされた遺産だ。 庶民として、民衆として私たちが所有すべき遺産であるが、 しかしその代わり、これらの遺産は そこから引き出せる最大の利益を得ようとする 一握りの利益追求型の企業によって 保管され、オンラインに公開されている。