合理的思考を備えた二人のクッキー クリスピーとチューイーが散歩していると 一匹のキツネに出くわしました 二人がいかにも仲良しに見えたので いきなり食べてしまうのではなく ジレンマ (板挟み) の状況を作り 二人の友情を試すことにしました そこで 一人ずつに 二人のうち どちらを犠牲にするか聞きました 二人は 話し合うことはできても 相手の選択を 最後まで知ることはできません キツネは 両方が 自分の犠牲を選べば 二人とも手か足を1本ずつ食べ 片方が自分の犠牲を選び もう片方が相手の犠牲を選んだら 自分の犠牲を選んだ方を丸ごと食べ 相手の犠牲を選んだ方は 逃がしてやろうと思いました そして 両方とも相手の犠牲を選べば 二人から手足を3本ずつ食べるつもりでした ゲーム理論では これを 「囚人のジレンマ」と呼んでいます 二人のクッキーが 合理的な判断のもと どう行動するかを分析するために それぞれの選択を表にまとめてみましょう 横列はクリスピーの選択 縦列はチューイの選択です 各セルに 選択によって残る手足の数が 書かれています 選択によって残る手足の数が 書かれています はたして 二人の友情は続くのでしょうか? まず チューイの選択を見てみましょう 二人とも クリスピーの犠牲を選択すれば チューイは4本無傷で逃げることができます クリスピーもチューイも 相手の犠牲を選択すれば 手足は1本だけ残ります つまり クリスピーがどっちを選択しても クリスピーの犠牲を選択すれば チューイに最善の結果となるわけです クリスピーの場合も同じです このように「囚人のジレンマ」は お互いを裏切るのが 標準的な結末です 迷わず相手を犠牲にするこの状況を ゲーム理論家は 「ナッシュ均衡」と呼びます この均衡が崩れると どちらにも得ではありません 二人とも自己に合理的な選択をした結果 卑劣なキツネは クッキーで満腹 残されるのは  手足1本ずつの 元親友どうしです 通常 お話はここで終わるのですが たまたま一人の魔法使いが この騒ぎを 一部始終見ていました そして 二人にお互いを裏切った罰として 一生 ジレンマを繰り返す 魔法をかけました 毎朝 日の出とともに 4本の手足がそろい 1日が始まります さて 何が起こるでしょうか? これは「繰り返し囚人のジレンマ」と言い 全く逆の結末を迎えます なぜなら 未来の選択を 交渉の切り札として 利用することができるからです 例えば 二人で毎日 自分を犠牲にしようと決めたのに 一人が裏切って 相手の犠牲を選択したら もう一人は 翌日から永遠に 裏切り返してくるでしょう では このかわいそうな二人が 協力するよう 言い聞かせるだけで十分でしょうか この答えを出すために 違う角度から考える必要があります 二人はおそらく 今 未来のことより 今日の心配だけしているはずです 少し難しく言えば 未来の心配は ある数値の分 減って行くはずです その数値は δ (デルタ) と言います これはお金の価値を損なわせる インフレの概念に似ています 例えば δ が2分の1の場合 初日の選択時の 手足の数の心配量は 2日目が1日目の半分 3日目が1日目の4分の1です δ が0の場合 未来のことを心配していないことを意味し 二人は 永遠に相手の犠牲を— つまり 最初の選択を繰り返します δ が1の場合は 毎日 3本の手足を失わないように 苦渋の選択でもするでしょう つまり 自分の犠牲を選択するのです ある特定の時点を境に 二人にとって 得か損かに分かれます どの時点かは それぞれのケースの計算式を 書き出すことでわかります 二人の利得を等しくし δ の数値を求めます 答えは δ が3分の1— つまり 二人の翌日の心配量が 今日の時点で 少なくとも3分の1あれば 互いに協力し 自分の犠牲を選び続けるという 最善策をとるのです この分析は クッキーと魔法使いの話に限りません 通商交渉や 国際政治などの現場でも よくあることです 理性ある指導者なら 自らの決定が 敵陣の決定に影響を与えることを 想定しておかなければなりません 利己的行動は 適切なインセンティブがあれば 短期的には得かもしれませんが 平和的協力は 単に可能であるだけでなく 論証的にも数学的にも最善なのです 二人のクッキーの友情は 時に崩れることもあるでしょう しかし 1本の手足で生きる決意があれば 簡単に粉々になることはないでしょう