1 00:00:06,654 --> 00:00:10,144 2つの湖を分かつ山 2 00:00:10,144 --> 00:00:15,120 天井から床まで ブライダルサテンで覆われた部屋 3 00:00:15,120 --> 00:00:19,086 巨大な嗅ぎタバコ入れの蓋 4 00:00:19,086 --> 00:00:24,817 一見 無関係に見えますが 実は マッコウクジラの頭の中なのです 5 00:00:24,817 --> 00:00:27,922 ハーマン・メルヴィルの 『白鯨』に登場するクジラです 6 00:00:27,922 --> 00:00:29,022 表面的には 7 00:00:29,022 --> 00:00:34,218 エイハブ船長が白いクジラ モービィ・ディックに復讐する話です 8 00:00:34,218 --> 00:00:37,218 昔 そのクジラに足を食いちぎられたのです 9 00:00:37,218 --> 00:00:42,324 この本で出てくるのは 海賊 台風 追跡劇 10 00:00:42,324 --> 00:00:44,094 そして巨大ないか 11 00:00:44,094 --> 00:00:48,474 しかし よくある船乗りの 冒険物語にとどまりません 12 00:00:48,474 --> 00:00:53,892 あらゆるテーマを探求しており 13 00:00:53,892 --> 00:00:56,112 捕鯨船上の生活を 詳しく述べるだけではなく 14 00:00:56,112 --> 00:01:00,287 人間の歴史と自然の歴史が 陽気にあるときには悲劇的な雰囲気で 15 00:01:00,287 --> 00:01:06,425 またユーモラスな雰囲気や切迫した雰囲気で 描いています 16 00:01:06,425 --> 00:01:09,615 こうした探検に私達を誘う語り手は 17 00:01:09,615 --> 00:01:12,765 イシュメイルという平凡な船乗りです 18 00:01:12,765 --> 00:01:15,725 話はこう始まります 19 00:01:15,725 --> 00:01:20,413 「心の中がじめじめした しぐれ模様の11月」 20 00:01:20,413 --> 00:01:22,857 ここから逃れようと 海に出る準備をします 21 00:01:22,857 --> 00:01:26,857 しかし南太平洋諸島の原住民である クィークェグと友達になり 22 00:01:26,857 --> 00:01:30,347 エイハブ率いるピークォド号の 乗組員になります 23 00:01:30,347 --> 00:01:33,647 イシュメイルは 単なる登場人物ではなく 24 00:01:33,647 --> 00:01:35,907 読者にとって博識なガイドとなります 25 00:01:35,907 --> 00:01:38,527 エイハブが復讐に執念を燃やしますが 26 00:01:38,527 --> 00:01:41,817 一番の友であるスターバックが 彼を諌めます 27 00:01:41,817 --> 00:01:45,017 イシュメイルは自分自身の 存在意義を探す旅 ― 28 00:01:45,017 --> 00:01:49,515 「全宇宙や さらにはその周辺」へと 私たちを導いてくれます 29 00:01:49,515 --> 00:01:56,228 彼の語りの中で 些細なことにさえ 人生最大の疑問が大きく立ちはだかります 30 00:01:56,228 --> 00:02:00,581 著者メルヴィルは イシュメイルと同様に 落ち着きのない 好奇心旺盛な人でした 31 00:02:00,581 --> 00:02:04,121 若い頃 船乗りとして働き 32 00:02:04,121 --> 00:02:08,171 世界中での過酷な航海を通して 普通では体験できないことを学びました 33 00:02:08,171 --> 00:02:11,181 1851年に『白鯨』を出版します 34 00:02:11,181 --> 00:02:14,981 当時 アメリカでは捕鯨業が 最盛期を迎えていました 35 00:02:14,981 --> 00:02:18,011 ピークォド号が出港した ナンタケット島は 36 00:02:18,011 --> 00:02:22,254 金が渦巻く 血なまぐさい 地球規模的な産業の震源地でした 37 00:02:22,254 --> 00:02:26,004 この産業のせいで 世界のクジラの数が激減しました 38 00:02:26,004 --> 00:02:27,974 この時代には珍しく 39 00:02:27,974 --> 00:02:31,794 メルヴィルはこの産業の 嘆かわしい側面を明らかにし 40 00:02:31,794 --> 00:02:34,934 ある時にはクジラの目線にさえ立ち 41 00:02:34,934 --> 00:02:39,910 船の巨大な影は その下を泳ぐクジラにとって 42 00:02:39,910 --> 00:02:43,230 どんなにか恐ろしいことかと 考えを巡らすのです 43 00:02:43,230 --> 00:02:47,023 著者の捕鯨漁の実体験が 幾度と繰り返される ― 44 00:02:47,023 --> 00:02:51,583 生き生きとしたイシュメイルの描写の中に よく表れています 45 00:02:51,583 --> 00:02:54,753 ある章では クジラのペニスの皮膚が 46 00:02:54,753 --> 00:02:57,983 船員の防護服になるのです 47 00:02:57,983 --> 00:03:03,197 「水槽とバケツ」という 平凡な題名の章は 48 00:03:03,197 --> 00:03:05,847 この本の中で 最も読み応えが ある章の一つです 49 00:03:05,847 --> 00:03:11,005 イシュメイルは マッコウクジラの 頭からの救出を助産婦学になぞらえ 50 00:03:11,005 --> 00:03:13,955 そこから プラトン哲学の 思索へと導きます 51 00:03:13,955 --> 00:03:17,685 もつれた捕鯨ロープからは 52 00:03:17,685 --> 00:03:22,831 全人類が「絶えず悩まされる危機」について 機知に富んだ考えが引き起こされます 53 00:03:22,831 --> 00:03:30,175 あらゆる分野の学問 ― 動物学 美食学 法律学 経済学 54 00:03:30,175 --> 00:03:37,106 神話学そして様々な宗教や 伝統文化の教えなどについて語ります 55 00:03:37,106 --> 00:03:42,149 題材だけではなく 新しい文体に挑戦しています 56 00:03:42,149 --> 00:03:48,121 エイハブ船長がモービィ・ディックと 戦う場面の独白はシェイクスピア調です 57 00:03:48,121 --> 00:03:54,571 「おまえに躍りかかってやるぞ 全てを破壊するがおれを倒せないクジラよ 58 00:03:54,571 --> 00:04:01,107 最期の最期までおまえと闘い 地獄の真ん中からおまえを突き刺してやる 59 00:04:01,107 --> 00:04:05,869 憎しみから おれの最期の一息で おまえにつばを吐きかけてやる」 60 00:04:05,869 --> 00:04:08,669 ある章は台本形式で書かれています 61 00:04:08,669 --> 00:04:15,091 多民族からなるピークォド号の船員たちは 各々に あるときは一緒に訴えます 62 00:04:15,091 --> 00:04:21,930 アフリカ人とスペイン人の船員は侮辱しあい タヒチ人は故郷が恋しいと訴え 63 00:04:21,930 --> 00:04:25,650 中国人とポルトガル人の船員は 踊りたいと訴え 64 00:04:25,650 --> 00:04:29,330 ある少年は災難を予言します 65 00:04:29,330 --> 00:04:30,950 別の章では 66 00:04:30,950 --> 00:04:36,200 イシュメイルは鯨油の移し替え作業を 叙事詩で歌います 67 00:04:36,200 --> 00:04:40,145 そのとき 船は真夜中の海で 縦に横に揺れ 68 00:04:40,145 --> 00:04:44,377 船の中の大樽は地すべりのように ゴロゴロと音を立てて転がります 69 00:04:44,377 --> 00:04:48,800 この本は様々なテーマを取り上げているので 誰もが何らかの価値を見出せます 70 00:04:48,800 --> 00:04:52,611 宗教的かつ政治的な寓話 71 00:04:52,611 --> 00:04:57,801 人間の存在に対する疑問 社会風刺 経済分析 72 00:04:57,801 --> 00:05:00,851 さらにはアメリカ帝国主義 73 00:05:00,851 --> 00:05:04,851 労使関係 人種紛争の描写までを 見出すことができます 74 00:05:04,851 --> 00:05:09,524 イシュメイルが 意味を求め エイハブ船長が白いクジラを追いかけるように 75 00:05:09,524 --> 00:05:14,732 相反する考え方 例えば 楽観と不安 76 00:05:14,732 --> 00:05:19,575 好奇心と恐怖を通して 人間の存在を描写しています 77 00:05:19,575 --> 00:05:22,965 探求するものが何であろうと 78 00:05:22,965 --> 00:05:25,145 長編『モービィ・ディック』を通して 79 00:05:25,145 --> 00:05:28,965 メルヴィルは 読者を 未知の世界へ飛び込ませ 80 00:05:28,965 --> 00:05:34,805 「つかみどころのない命の幻影」を 探求する旅に連れてゆくのです