WEBVTT 00:00:06.977 --> 00:00:10.977 [ジョアン・ジョナス: ドローイング] 00:00:28.463 --> 00:00:46.006 [犬のおもちゃがキーキー鳴る音] NOTE Paragraph 00:00:51.654 --> 00:00:53.584 私はアーティストがスタジオにひとりで 00:00:54.788 --> 00:00:57.105 作品を制作することにこだわると 00:00:57.105 --> 00:00:58.398 思っていません。 00:00:58.398 --> 00:00:59.588 できると思いません。 00:01:02.760 --> 00:01:04.040 常に準備していますよね? 00:01:12.601 --> 00:01:15.722 つまり、一定のやり方で飾り立て、 00:01:15.727 --> 00:01:17.679 よい感じに見せたかった。 00:01:17.679 --> 00:01:19.346 面倒なものをすっきりさせました。 00:01:19.593 --> 00:01:20.692 つまり… 00:01:21.970 --> 00:01:23.385 ちょうど違う状況なんです。 00:01:28.562 --> 00:01:31.608 私的な瞬間を持つのに関心がありません - 00:01:31.642 --> 00:01:34.128 全く、できるとは思わないからです。 00:01:54.251 --> 00:01:55.852 こういう感じの仕事をたくさんします - 00:01:56.883 --> 00:01:58.483 これは、ドローイングが 99:59:59.999 --> 99:59:59.999 極端に早く描いたらどのようになるか 99:59:59.999 --> 99:59:59.999 決まった道具とこのインクで試しているのです。 99:59:59.999 --> 99:59:59.999 だから、これらが着地するかどうかはほとんど偶然です。 99:59:59.999 --> 99:59:59.999 ["Reanimation" (2012)] 99:59:59.999 --> 99:59:59.999 観客の前で演じると、別のモードになります - 99:59:59.999 --> 99:59:59.999 別の世界に入ります。 99:59:59.999 --> 99:59:59.999 ドローイングには二つのカテゴリーがあります : 99:59:59.999 --> 99:59:59.999 パフォーマンスで行うドローイングと、 99:59:59.999 --> 99:59:59.999 この私のスタジオで行うドローイングです。 99:59:59.999 --> 99:59:59.999 ドローイングはピアノを練習するようなものです、 99:59:59.999 --> 99:59:59.999 なぜなら最初のカテゴリは私はそれほど人前に出ません、 99:59:59.999 --> 99:59:59.999 だから何度も何度も練習する必要があります 99:59:59.999 --> 99:59:59.999 気にいるまで。 99:59:59.999 --> 99:59:59.999 ノヴァ・スコティアで手に入れたふくろうがいます。 99:59:59.999 --> 99:59:59.999 それでこのフクロウのドローイングを始めました。 99:59:59.999 --> 99:59:59.999 フクロウの仮面のような相貌に興味を惹かれるのです。 99:59:59.999 --> 99:59:59.999 でも、それが私の仕事ではありません、 99:59:59.999 --> 99:59:59.999 あくまでドローイングの収蔵のひとつです。 99:59:59.999 --> 99:59:59.999 ["Celestial Excursions" (2003)] 99:59:59.999 --> 99:59:59.999 ロバート・アシュリーが私に彼のオペラ"Celestial Excursions"の 99:59:59.999 --> 99:59:59.999 動きと視覚要素を指導してくれるよう頼みました。 99:59:59.999 --> 99:59:59.999 [ロバート・アシュリー、作曲家] 99:59:59.999 --> 99:59:59.999 それで私がしたことのひとつに 99:59:59.999 --> 99:59:59.999 こういう風なドローイングをたくさん行いました、 99:59:59.999 --> 99:59:59.999 とても速く。 99:59:59.999 --> 99:59:59.999 それらは一種漫画のようなアプローチです。 99:59:59.999 --> 99:59:59.999 ["In the Shadow a Shadow" (1999)] 99:59:59.999 --> 99:59:59.999 何年も、うちの犬、ゼナのドローイングをやってきました。 99:59:59.999 --> 99:59:59.999 私に関心を寄せていたから描いたのです。 99:59:59.999 --> 99:59:59.999 彼女はとてもおかしな外見をしていました。 99:59:59.999 --> 99:59:59.999 まだオズのドローイングを始めていません。 99:59:59.999 --> 99:59:59.999 プードルはああいう外見だから難しいのです。 99:59:59.999 --> 99:59:59.999 うちの犬を"Organic Honey"の一部に描き始めました。 99:59:59.999 --> 99:59:59.999 ["Organic Honey's Vertical Role" (1973)] 99:59:59.999 --> 99:59:59.999 神話を参照する物語を語っていました。 99:59:59.999 --> 99:59:59.999 ["Melancholia" (2005)] 99:59:59.999 --> 99:59:59.999 私にとって、馬が神話のなかで介助者に含まれるのと 99:59:59.999 --> 99:59:59.999 同じように犬をとらえています。 99:59:59.999 --> 99:59:59.999 また猫もそうです。 99:59:59.999 --> 99:59:59.999 だから、犬は動物の介助者なんです。 99:59:59.999 --> 99:59:59.999 それで私は犬を飼うことを正当化していました。 99:59:59.999 --> 99:59:59.999 でも私はただイメージを何度も何度も 99:59:59.999 --> 99:59:59.999 描くことに関心があるだけなんです、 99:59:59.999 --> 99:59:59.999 自画像を描くのもそう。 99:59:59.999 --> 99:59:59.999 誰かの自画像を作るなら、 99:59:59.999 --> 99:59:59.999 その性格についていくらか分かっていると思います、もちろん。 99:59:59.999 --> 99:59:59.999 だから、他のドローイングにその性質を得ることに興味があるんです、 99:59:59.999 --> 99:59:59.999 でなければそんなに興味が湧かないと思います。