1 00:00:10,690 --> 00:00:13,226 50年前の7月 2 00:00:13,466 --> 00:00:16,889 人類は初めて月に降り立ち 3 00:00:17,053 --> 00:00:20,179 地球に対する考え方を再定義しました 4 00:00:21,199 --> 00:00:25,769 月面歩行や船外活動する時の様子を いつも見ていると思いますが 5 00:00:26,205 --> 00:00:28,660 彼らは宇宙服を着てきました 6 00:00:29,680 --> 00:00:34,052 宇宙服が具現化しているのは 人類の一員であることの意味 7 00:00:34,249 --> 00:00:38,631 つまり 不可能と思われていたことを 探究し達成することなのです 8 00:00:39,123 --> 00:00:41,627 しかしそれは単なる衣服ではありません 9 00:00:41,867 --> 00:00:47,303 宇宙服はこれまでに達成した 最も優れた技術的偉業のひとつなのです 10 00:00:47,823 --> 00:00:50,333 宇宙船が備えているすべての 11 00:00:50,333 --> 00:00:51,930 人間の生命を維持する機能を持ち 12 00:00:52,120 --> 00:00:54,291 更に着ることができます 13 00:00:55,721 --> 00:00:57,432 それがいかに先進的であっても 14 00:00:57,432 --> 00:01:00,332 宇宙服を着用するのは 驚くほど危険を伴います 15 00:01:00,862 --> 00:01:03,033 宇宙服を見ただけでは 分からないのですが 16 00:01:03,033 --> 00:01:06,032 宇宙服は宇宙飛行士に 怪我を負わせてしまいます 17 00:01:06,784 --> 00:01:10,556 打撲 捻挫 神経の圧迫や 18 00:01:10,727 --> 00:01:13,597 爪の喪失もありました 19 00:01:14,319 --> 00:01:18,086 23人の宇宙飛行士が 肩の外科手術を必要としました 20 00:01:18,086 --> 00:01:21,356 回旋筋腱板 (かいせんきんけんばん) などを 損傷したのです 21 00:01:22,036 --> 00:01:26,073 こんなことが月面や火星表面で起きたら 22 00:01:26,297 --> 00:01:28,493 ミッションは大失敗になります 23 00:01:29,401 --> 00:01:31,450 結論は 宇宙服の改善が 24 00:01:31,450 --> 00:01:35,160 あまり話題に上がらないながらも 人類の宇宙探査における 25 00:01:35,390 --> 00:01:37,128 最大の課題なのです 26 00:01:37,678 --> 00:01:40,884 科学を前進させるためにすべき 最も重要なことの一つが 27 00:01:40,884 --> 00:01:43,915 火星に人類を送ることだと 個人的に信じています 28 00:01:45,030 --> 00:01:47,538 私たちは多くを無人探査機から学びましたが 29 00:01:47,538 --> 00:01:49,638 非常に限定的でした 30 00:01:50,397 --> 00:01:52,665 一人でも火星表面に滞在するようになれば 31 00:01:52,665 --> 00:01:56,496 太陽系形成の歴史もさることながら 32 00:01:56,606 --> 00:01:59,231 生命の起源も解明できるかもしれません 33 00:01:59,634 --> 00:02:02,732 人類を火星に送るためには 何十億ドルもかかるでしょうが 34 00:02:02,732 --> 00:02:07,212 火星に行ったら 居住区で過ごすだけではありません 35 00:02:07,832 --> 00:02:11,019 宇宙飛行士は屋外探査を行い 宇宙服を着る機会も 36 00:02:11,449 --> 00:02:12,509 数多くあるでしょう 37 00:02:12,770 --> 00:02:14,214 最新のNASAの計画では 38 00:02:14,214 --> 00:02:18,308 5人の人間を500日間 滞在させた場合 39 00:02:18,488 --> 00:02:20,862 1回のミッションで 延べ千回の屋外活動が 40 00:02:20,862 --> 00:02:22,864 見積もられています 41 00:02:23,323 --> 00:02:24,847 比較のために 42 00:02:24,847 --> 00:02:28,176 これまでに4百回を超える 船外活動や月面歩行が 43 00:02:28,176 --> 00:02:31,510 有人宇宙飛行の歴史を通して 行われてきました 44 00:02:32,260 --> 00:02:35,354 千回の屋外活動は 常識を超える数です 45 00:02:36,344 --> 00:02:39,989 もしこれを成し遂げようとするなら― まあ 実際にできると思いますが — 46 00:02:40,375 --> 00:02:43,674 宇宙服の定義を根本的に 変える必要があります 47 00:02:44,815 --> 00:02:47,279 私が宇宙探査に興味を持ち始めたのは 48 00:02:47,279 --> 00:02:48,609 小学校3年生で 49 00:02:48,609 --> 00:02:52,179 先生が丸1日かけて宇宙飛行士の話を してくれたことがきっかけでした 50 00:02:52,569 --> 00:02:58,330 その時初めて人間が宇宙に 行けることを知りました 51 00:02:58,840 --> 00:03:02,983 その時以来 有人宇宙飛行は 私の人生を動かす情熱となりました 52 00:03:03,340 --> 00:03:05,043 しかし 宇宙飛行士が 53 00:03:05,043 --> 00:03:08,743 宇宙服の中でどんなに作業しにくいかを 理解し始めたのは 54 00:03:08,743 --> 00:03:10,340 大学院に入ってからでした 55 00:03:10,460 --> 00:03:14,637 宇宙服は人間が呼吸できるように 酸素で与圧されていますが 56 00:03:14,637 --> 00:03:17,946 与圧により硬くこわばってしまいます 57 00:03:18,640 --> 00:03:21,088 バルーンアートの動物作りに 例えてみましょう 58 00:03:21,338 --> 00:03:22,845 風船を曲げてみます 59 00:03:22,845 --> 00:03:26,057 するとばねのように 元に戻ろうとします 60 00:03:26,870 --> 00:03:29,008 技術者がこの問題を解決しようとして 61 00:03:29,008 --> 00:03:32,759 プリーツとベアリングで 関節部分をデザインしましたが 62 00:03:32,759 --> 00:03:37,756 ぎこちなく不自然な動きに なってしまいます 63 00:03:38,616 --> 00:03:39,624 宇宙服で動くには 64 00:03:39,624 --> 00:03:43,723 まず宇宙服の内部に接触するまで 体を動かさなくてはなりません 65 00:03:43,723 --> 00:03:46,658 その後ようやく宇宙服自体が 動き始めるのです 66 00:03:47,206 --> 00:03:49,011 手を上げて頭を触るにも 67 00:03:49,011 --> 00:03:50,254 こんな風にできません 68 00:03:50,254 --> 00:03:53,875 宇宙飛行士は肩を大きく回して 69 00:03:54,041 --> 00:03:57,121 肘を曲げることで ヘルメットに触ることができます 70 00:03:57,549 --> 00:04:00,843 地球上にいてもどのように動かすか 覚えているだけでも大変です 71 00:04:00,843 --> 00:04:03,395 宇宙船の外でたった一人で 72 00:04:03,420 --> 00:04:06,768 時速2万7千kmで飛行しているなら なおさらです 73 00:04:06,988 --> 00:04:09,182 サイズも大きな問題です 74 00:04:09,394 --> 00:04:10,903 2019年の3月 75 00:04:10,903 --> 00:04:14,293 NASAは初の女性だけの船外活動を 中止せざるを得ませんでした 76 00:04:14,443 --> 00:04:17,307 宇宙服のサイズが搭乗員に合わず 77 00:04:17,307 --> 00:04:19,212 時間的な制約があったため 78 00:04:19,212 --> 00:04:23,025 適切なサイズの別の宇宙服を 軌道上で組み上げることもできませんでした 79 00:04:24,185 --> 00:04:26,291 与圧とフィットに問題があるため 80 00:04:26,291 --> 00:04:30,158 宇宙服の中で作業を行うたびに 打撲してしまうのです 81 00:04:31,138 --> 00:04:35,749 そこで私は より優れた宇宙服のデザインに 自分のキャリアの全てをささげています 82 00:04:37,189 --> 00:04:42,014 最初のステップは 宇宙服内部での 人間の動きを知ることです 83 00:04:42,364 --> 00:04:43,989 外側から見るだけでは 84 00:04:43,989 --> 00:04:47,292 宇宙飛行士がなぜ どのように 怪我を負うのかは判りません 85 00:04:47,497 --> 00:04:50,736 そこでコロラド大学ボルダー校の 学生と一緒に 86 00:04:50,880 --> 00:04:52,641 装着型センサーを開発しています 87 00:04:52,641 --> 00:04:53,755 宇宙服内部で 88 00:04:54,166 --> 00:04:57,287 人間の動きと宇宙服との相互作用を 測定するのです 89 00:04:58,406 --> 00:04:59,672 このデータを 90 00:04:59,672 --> 00:05:01,383 予測に使えたらと思っています 91 00:05:01,383 --> 00:05:04,444 2百回程度 着用した後も 宇宙服が快適かどうか あるいは 92 00:05:04,444 --> 00:05:07,635 怪我の原因にならないかを 予測するのです 93 00:05:08,107 --> 00:05:12,235 人類が火星の表面に 最初の1歩を踏み出す時 94 00:05:12,305 --> 00:05:15,022 ブーツが最初に接触します 95 00:05:16,033 --> 00:05:18,915 宇宙飛行士が宇宙服で歩くことは 96 00:05:18,915 --> 00:05:22,659 月面で1972年のアポロ飛行士以来 ありませんでした 97 00:05:22,901 --> 00:05:27,852 ブーツも与圧されていますので 足もブーツ内で固定されていません 98 00:05:28,332 --> 00:05:31,444 自分の足よりも何サイズも大きい ハイキングシューズを 99 00:05:31,444 --> 00:05:32,964 履いているようなものです 100 00:05:33,309 --> 00:05:34,754 一歩踏み出すたびに 101 00:05:34,754 --> 00:05:36,593 かかとが浮き上がり 102 00:05:36,593 --> 00:05:40,729 マメやエネルギーの浪費や ぎこちない動きの原因になります 103 00:05:40,882 --> 00:05:41,936 つまり 104 00:05:41,936 --> 00:05:45,513 ハイキングでマメができると ハイキングが台無しになるだけです 105 00:05:45,821 --> 00:05:48,625 火星表面でマメができると 106 00:05:48,625 --> 00:05:49,975 作業が困難になります 107 00:05:50,505 --> 00:05:53,023 マメ以上の痛みを 伴うことになります 108 00:05:53,570 --> 00:05:55,948 ある宇宙飛行士が ブーツの問題を訴えました 109 00:05:55,948 --> 00:05:58,783 ナイフで切られたような 痛みを感じたそうです 110 00:05:59,998 --> 00:06:02,425 より良い宇宙服用ブーツを デザインするために 111 00:06:02,425 --> 00:06:05,727 学生の1人 オービーは 歩いている間の足の形を測定する 112 00:06:05,727 --> 00:06:08,527 四次元モーションキャプチャー装置を 作りました 113 00:06:09,247 --> 00:06:10,430 このデータにより 114 00:06:10,430 --> 00:06:14,050 ブーツの中の足のフィット具合を デザインし直す計画で 115 00:06:14,050 --> 00:06:17,507 宇宙飛行士が探査を より広く より深くできるようにします 116 00:06:19,027 --> 00:06:22,841 しかし本気で火星用の宇宙服を 大改革したいのなら 117 00:06:22,871 --> 00:06:27,068 現在とは根本的に異なる方法で 身体を保護する必要があります 118 00:06:28,038 --> 00:06:31,068 火星仕様の宇宙服の解決策は 119 00:06:31,068 --> 00:06:34,328 ポール・ウェッブ博士が 1960年代に 最初に提唱した 120 00:06:34,328 --> 00:06:37,666 肌に密着する弾力性のコンセプトに 依存すると思います 121 00:06:38,114 --> 00:06:41,298 MCP(機械的な与圧)という概念を使い 122 00:06:41,298 --> 00:06:44,698 膨張させた着衣を使う代わりに 123 00:06:44,698 --> 00:06:46,442 肌に対する圧力を 124 00:06:46,442 --> 00:06:48,940 宇宙服自体が身体に密着する形で 作り出します 125 00:06:49,824 --> 00:06:53,013 残念ながら この方式の宇宙服は 主流にはなりませんでした 126 00:06:53,013 --> 00:06:54,229 その理由は 127 00:06:54,229 --> 00:06:57,234 人体の複雑な形状に沿って 与圧することが困難だからです 128 00:06:57,234 --> 00:06:58,691 たとえばわきの下などです 129 00:06:59,402 --> 00:07:02,742 大学院生の時に アドバイザーが私をイタリアに送り 130 00:07:02,742 --> 00:07:07,399 オートバイのレーシングスーツをデザインする ダイネーゼという会社と協力しました 131 00:07:07,963 --> 00:07:09,538 そのアドバイザーは言いました 132 00:07:09,538 --> 00:07:12,490 「これまで会ったことのない 最高のデザイナーたちだよ 133 00:07:12,723 --> 00:07:16,320 彼らのデザインの技量と あなたの工学の技量を組み合わせて 134 00:07:16,320 --> 00:07:20,145 MCP式宇宙服のプロトタイプを 作ってほしいんだ」 135 00:07:20,527 --> 00:07:22,726 そういう訳でイタリアに出向きました 136 00:07:22,936 --> 00:07:26,890 その夏の経験は それまで技術者として得た中でも 137 00:07:26,890 --> 00:07:29,100 最も創造的で感動的なものでした 138 00:07:29,900 --> 00:07:34,260 毎日 ステファーノと私は 新しい宇宙服のプロトタイプを手早く作り 139 00:07:34,260 --> 00:07:36,394 試験をしてはデザインを変更して 140 00:07:36,904 --> 00:07:40,940 MCP式宇宙服に 日々近づいていきましたが 141 00:07:40,940 --> 00:07:45,717 宇宙飛行に耐えられるには まだまだ先のようでした 142 00:07:47,152 --> 00:07:51,651 それ以来 友好的なチームとして 協働しています 143 00:07:51,782 --> 00:07:53,463 MITやミネソタ大学 144 00:07:53,463 --> 00:07:56,075 オーストラリアの ロイヤルメルボルン工科大学 145 00:07:56,075 --> 00:07:59,513 デビット・クラーク社 NASAなどからの仲間のチームで 146 00:07:59,513 --> 00:08:03,036 デザイン上の課題の 追及を続けています 147 00:08:04,580 --> 00:08:05,788 私の研究室では 今 148 00:08:05,788 --> 00:08:10,952 MCPを宇宙服に利用するには どうすれば良いかの思考に挑んでいます 149 00:08:11,258 --> 00:08:16,143 MCPまたはガス与圧の 一方を選択するのではなく 150 00:08:16,443 --> 00:08:18,362 両方選択してはどうでしょう? 151 00:08:19,613 --> 00:08:22,049 もしデザイン上の課題を半減出来たら 152 00:08:22,049 --> 00:08:27,336 たとえば密着式弾力層で 圧力の50%を与え 153 00:08:27,336 --> 00:08:32,933 今使っている従来型のガス与圧式宇宙服で 残りの50%を与圧できたら 154 00:08:33,185 --> 00:08:38,298 硬くこわばるのを軽減しながら 宇宙飛行士を保護することができ 155 00:08:38,298 --> 00:08:41,362 冗長性の観点でより安全になります 156 00:08:42,062 --> 00:08:43,844 そのような宇宙服が 157 00:08:43,854 --> 00:08:46,574 有人火星ミッションを可能にします 158 00:08:48,124 --> 00:08:49,987 私が生きている間に 159 00:08:49,987 --> 00:08:53,866 火星表面を歩行する人類の姿を 目にする幸運に恵まれると信じます 160 00:08:54,414 --> 00:08:58,552 しかしこのような規模のミッションを 実行に値するものにするには 161 00:08:58,552 --> 00:09:02,345 宇宙飛行士の安全を 確保する必要があります 162 00:09:02,540 --> 00:09:06,083 そして 確実に探査や科学活動を 163 00:09:06,083 --> 00:09:08,726 日々続けられるようにしなければなりません 164 00:09:09,361 --> 00:09:14,287 象徴的な新しいデザインの 宇宙服を考え出す時が来たのです 165 00:09:14,467 --> 00:09:15,700 ありがとうございます 166 00:09:15,700 --> 00:09:19,617 (拍手)