0:00:08.680,0:00:12.010 Every Frame a Paintingへようこそ 0:00:12.160,0:00:14.980 映画が詩的と言うと どう思う? 0:00:15.110,0:00:18.940 ゆっくり? 壮大? 中身なし? 0:00:21.465,0:00:23.945 "起きて何かするのか?" 0:00:24.080,0:00:25.590 決まり文句だ 0:00:25.719,0:00:26.430 "いえ" 0:00:26.560,0:00:29.690 僕にとっては 話とは関係なく 0:00:29.810,0:00:33.680 画や音がユニークであることだ 0:00:41.880,0:00:48.260 何度も観た映画が私の血肉となりました 0:00:48.380,0:00:51.570 話というよりキャラクターがです 0:00:51.680,0:00:55.831 そしてとても変わったアプローチも 0:00:56.140,0:00:59.100 「間違えられた男」がそうです 0:00:59.260,0:01:02.190 カメラの動きが恐れを生む 0:01:02.320,0:01:06.460 恐怖や不安がカメラと顔で作られる 0:01:06.600,0:01:07.990 "同じ" 0:01:08.109,0:01:10.480 リン・ラムジーも同じだ 0:01:10.600,0:01:14.807 すべてをカメラと顔と細部に込めている 0:01:18.400,0:01:22.050 撮るものは全部コントロールしています 0:01:22.170,0:01:26.430 正しく配置されるよう時間をかけている 0:01:26.570,0:01:31.270 細部はシーンのすべてだからです 0:01:31.480,0:01:33.842 細部から学ぼう 0:01:36.240,0:01:40.090 このシーン 息子がわざと行儀を悪くし 0:01:40.240,0:01:41.612 父親が来ると 0:01:41.770,0:01:42.590 "おーい" 0:01:43.470,0:01:47.060 "パパ どうだった?写真は撮った?" 0:01:47.400,0:01:49.740 父親は画面の端にいる 0:01:49.890,0:01:52.720 周りを見てないからだ 0:01:53.630,0:01:56.000 母親の恐怖も無視する 0:01:56.150,0:02:00.499 "まだ子供なんだ そういうもんさ" 0:02:00.609,0:02:04.215 まだ顔は見えずに このショット 0:02:05.889,0:02:07.650 何がわかるか 0:02:07.800,0:02:10.900 散らかりはひどくなっていく 0:02:11.030,0:02:15.198 これは何を意味しているのだろう 0:02:16.380,0:02:17.884 ラムジーの作品では 0:02:17.997,0:02:21.217 話が細部から暗示される 0:02:21.350,0:02:24.190 物はあまり置かれない 0:02:24.330,0:02:27.960 そうして一つの細部に焦点を当てる 0:02:28.100,0:02:31.410 ロベール・ブレッソンが言っていました 0:02:31.530,0:02:34.910 映像に音はなく 0:02:35.040,0:02:36.909 音に映像はない 0:02:37.020,0:02:40.080 過大に考えるなと 0:02:53.640,0:02:55.580 映画の偉大な点だ 0:02:55.700,0:02:59.100 映像と音だけで精神に訴える 0:02:59.580,0:03:05.330 フレームと人の顔と細部によって 0:03:07.579,0:03:08.870 一つずつ行こう 0:03:09.019,0:03:10.631 まずフレーム 0:03:12.429,0:03:14.590 ラムジーは重要な情報を 0:03:14.709,0:03:16.545 よくフレームから外す 0:03:16.670,0:03:19.122 ここでは女性の目 0:03:20.190,0:03:24.105 ここではキャラがドアで半分隠れている 0:03:26.500,0:03:31.262 全部は見えなくても心情は想像できる 0:03:36.930,0:03:40.080 心情が語られてはいないから 0:03:40.220,0:03:42.239 少し謎めいている 0:03:42.360,0:03:45.029 2番目は 顔 0:03:46.230,0:03:50.189 スクリーンは人をそれっぽくさせる 0:03:50.549,0:03:52.630 プロでなくても 0:03:53.310,0:03:58.630 ラムジーはプロも素人も作品に起用した 0:03:58.830,0:04:02.400 素人こそ最高の役者です 0:04:02.540,0:04:07.959 カメラの意識をなくせば 0:04:08.110,0:04:12.050 カメラがないのと同じで リアルに感じる 0:04:12.299,0:04:16.950 会話なしで感情を伝えていく 0:04:17.090,0:04:20.740 "ライアンにそっくり 目が同じ" 0:04:21.119,0:04:24.430 3番目 細部の繰り返し 0:04:24.569,0:04:28.749 映像の繰り返しに注意してみよう 0:04:28.889,0:04:32.940 これは母と息子のボディランゲージ 0:04:33.070,0:04:37.130 次に10年後 同じことをする 0:04:37.750,0:04:40.765 息子は指でこうする 0:04:42.310,0:04:46.353 そのあと母が卵の殻で同じことをする 0:04:47.750,0:04:50.300 より前の映画で説明しよう 0:04:50.429,0:04:53.669 一つのイメージと別のを見る 0:04:53.799,0:04:56.735 つながりが見えるだろう 0:04:56.869,0:05:00.337 ではこの短編映画を観よう 0:05:00.449,0:05:03.409 「ガス男」1997年 0:05:03.529,0:05:08.469 内容よりも細部を紹介するが 0:05:08.609,0:05:10.679 わかるだろうか 0:05:11.219,0:05:13.689 "おぶって パパ" 0:05:16.049,0:05:22.100 リンネと父親は線路で女の子に出会う 0:05:22.749,0:05:25.630 ドレスをつかみ 手をつなぐ 0:05:25.750,0:05:28.040 顔は見えない 0:05:34.059,0:05:38.007 その後 また手をつなぐが 今度は 0:05:39.960,0:05:40.709 "どうした?" 0:05:40.834,0:05:42.190 "痛い" 0:05:44.179,0:05:47.431 父親は二人を持ち上げる 0:05:51.339,0:05:54.679 最初でも同じことをしていた 0:05:56.099,0:05:58.470 最後 女の子は母に会う 0:05:58.600,0:06:01.809 線路にはリンネの後ろ姿 0:06:04.209,0:06:06.340 何が起きたのか? 0:06:06.510,0:06:08.531 これを観せよう 0:06:10.920,0:06:12.579 わかった? 0:06:12.730,0:06:16.310 前後の描写が子供の心情を表す 0:06:16.430,0:06:19.070 対象的な場面を通して 0:06:19.180,0:06:22.799 間接的で 詩的な映画製作だ 0:06:22.930,0:06:26.910 すぐに響かなくても 後から来る 0:06:27.020,0:06:31.270 魅惑的な目があると言うのですね 0:06:31.400,0:06:34.519 視点が映画には置かれている 0:06:34.649,0:06:38.439 映画に実際現れている画として 0:06:38.590,0:06:43.569 画家のように 美が描かれている 0:06:46.790,0:06:49.104 "カーテンをどうするの!" 0:06:50.770,0:06:53.440 映画には全可能性がある 0:06:53.569,0:06:56.743 音も 視点も 形式も 0:06:56.899,0:06:57.900 その通り 0:06:58.010,0:07:02.453 違った映画作りを教える映画は多くない 0:07:02.579,0:07:05.270 大きくより 小さく 0:07:05.960,0:07:07.900 細部を見せ 0:07:08.035,0:07:10.718 多くより 少なく見せる 0:07:11.890,0:07:14.590 簡潔でいて 詩的 0:07:15.610,0:07:19.262 もし詩的とは何かと聞かれたら… 0:07:21.090,0:07:23.722 わからない 逃げよう