WEBVTT 00:00:08.060 --> 00:00:11.076 ここは結核病棟です 00:00:11.100 --> 00:00:14.916 この写真が撮影された 1800年代後半には 00:00:14.940 --> 00:00:17.556 全人口の7人に1人が 00:00:17.580 --> 00:00:19.340 結核で亡くなっていました 00:00:19.780 --> 00:00:22.540 原因はまったく不明でした 00:00:23.140 --> 00:00:25.196 仮説はありましたが 00:00:25.220 --> 00:00:28.476 この病気にかかるのは 体質のせい というものでした 00:00:28.500 --> 00:00:31.236 また 結核は美化された病でした 00:00:31.260 --> 00:00:34.076 「労咳」とも呼ばれ 00:00:34.100 --> 00:00:37.236 詩人や芸術家や知識人の 00:00:37.260 --> 00:00:39.996 病とされました 00:00:40.020 --> 00:00:43.756 結核が感受性を高め 創造力を与えると 00:00:43.780 --> 00:00:45.980 本気で考える人もいたほどです 00:00:47.700 --> 00:00:49.836 1950年代には 00:00:49.860 --> 00:00:52.436 結核が感染力の高い 00:00:52.460 --> 00:00:55.836 細菌による感染症と判明し 00:00:55.860 --> 00:00:58.036 ロマンチックな面は 薄れましたが 00:00:58.060 --> 00:01:00.316 そのおかげで 00:01:00.340 --> 00:01:03.676 治療薬を開発できる 可能性が出てきました 00:01:03.700 --> 00:01:06.716 その後 新薬イプロニアジドが 発見されました 00:01:06.740 --> 00:01:10.116 医師たちが 治療に 大きな期待を持って 00:01:10.140 --> 00:01:11.916 この薬を投与すると 00:01:11.940 --> 00:01:13.716 患者が陽気になりました 00:01:13.740 --> 00:01:17.236 患者は より社交的で 活発になったのです 00:01:17.260 --> 00:01:21.860 ある報告書には 患者が 「廊下で踊っていた」と書いてあります 00:01:22.500 --> 00:01:24.116 ただ 残念なことに 00:01:24.140 --> 00:01:26.860 それは必ずしも回復の兆しではなく 00:01:27.420 --> 00:01:29.620 多くの人が亡くなっていきました 00:01:30.660 --> 00:01:37.260 別の報告書では 患者の「不自然な 多幸感」を報告しています 00:01:38.220 --> 00:01:41.820 こうして世界初の 抗うつ薬が発見されたのです 00:01:42.980 --> 00:01:47.036 科学の世界では 偶然の発見は珍しくありませんが 00:01:47.060 --> 00:01:50.196 それには単なる幸運を 超えるものが必要です 00:01:50.220 --> 00:01:53.660 発見するには 対象を 認識できなければなりません 00:01:54.500 --> 00:01:57.236 これからする話は 私が神経学者として 00:01:57.260 --> 00:01:58.676 実際に経験したことです 00:01:58.700 --> 00:02:01.916 その経験には「思いがけない幸運」の 正反対である 00:02:01.940 --> 00:02:03.556 「必然的な幸運」が伴いました 00:02:03.580 --> 00:02:06.300 その前に もう少し背景を 説明しましょう 00:02:07.460 --> 00:02:10.116 1950年代以降 幸いなことに 00:02:10.139 --> 00:02:14.116 別の薬品が開発されて 結核治療が実現しました 00:02:14.140 --> 00:02:17.796 他の国はともかく 少なくともアメリカでは 00:02:17.820 --> 00:02:19.316 結核療養所は閉鎖され 00:02:19.340 --> 00:02:23.020 今では 結核を恐れる人など ほとんどいないでしょう 00:02:23.900 --> 00:02:26.556 一方 1900年代初頭の 感染症の状況と 00:02:26.580 --> 00:02:28.436 ほぼ同じことが 00:02:28.460 --> 00:02:31.100 現在の精神疾患をめぐる 状況にも当てはまります 00:02:31.820 --> 00:02:34.836 私たちの周りに まん延しているのは 00:02:34.860 --> 00:02:38.620 うつ病や 心的外傷後ストレス障害 PTSDといった気分障害です 00:02:39.300 --> 00:02:43.156 アメリカでは 成人の4人に1人が 00:02:43.180 --> 00:02:44.660 精神疾患を患っているので 00:02:45.180 --> 00:02:48.316 仮に自分自身や身内は 00:02:48.340 --> 00:02:50.636 患者でなかったとしても 00:02:50.660 --> 00:02:53.916 知り合いの中に 公言はしていないけれど 00:02:53.940 --> 00:02:55.580 経験がある人がいる 可能性が高いのです 00:02:57.220 --> 00:03:00.516 現在うつ病は 世界中で 00:03:00.540 --> 00:03:05.396 HIV・エイズやマラリア 糖尿病や戦争を超える 00:03:05.420 --> 00:03:08.676 障害の主な原因になっています 00:03:08.700 --> 00:03:12.316 また 1950年代の結核と同様 00:03:12.340 --> 00:03:14.396 まだ原因はわかっていません 00:03:14.420 --> 00:03:16.356 一度 発症すると慢性化し 00:03:16.380 --> 00:03:17.876 生涯 続く上に 00:03:17.900 --> 00:03:20.220 治療法も見つかっていません 00:03:21.660 --> 00:03:23.876 2番目に発見された抗うつ薬も 00:03:23.900 --> 00:03:26.356 1950年代に偶然見つかったもので 00:03:26.380 --> 00:03:29.580 抗ヒスタミン薬として開発され 人を躁状態にする作用がある薬 — 00:03:30.860 --> 00:03:32.060 イミプラミンです 00:03:33.220 --> 00:03:36.876 結核病棟の例でも 抗ヒスタミン薬の例でも 00:03:36.900 --> 00:03:38.596 ある効果を期待して 00:03:38.620 --> 00:03:41.036 設計された薬 例えば 00:03:41.060 --> 00:03:43.636 結核治療とか アレルギー反応を抑制する薬が 00:03:43.660 --> 00:03:46.396 うつ病の治療のような まったく違うことに使えると 00:03:46.420 --> 00:03:47.620 認識することが不可欠でした 00:03:48.380 --> 00:03:51.396 そして このような薬の転用は 実際は かなり難しいのです 00:03:51.420 --> 00:03:55.356 医師たちは イプロニアジドが持つ 気分を高揚させる効果を 最初目にした時 00:03:55.380 --> 00:03:57.836 そういう風には まったく認識していませんでした 00:03:57.860 --> 00:03:59.716 医師はこの薬を 00:03:59.740 --> 00:04:02.516 結核治療薬として捉えることに 慣れすぎていたため 00:04:02.540 --> 00:04:04.596 その効果を単なる副作用 00:04:04.620 --> 00:04:07.396 それも有害な副作用として 記載しただけでした 00:04:07.420 --> 00:04:08.571 ご覧の通り 00:04:08.596 --> 00:04:12.620 1954年に記録された患者の多くが 過度の多幸感を経験しています 00:04:13.900 --> 00:04:17.516 そして 医師たちは この多幸感が結核からの回復を 00:04:17.540 --> 00:04:20.396 妨げるのではないかという 懸念を抱きました 00:04:20.420 --> 00:04:26.676 だからイプロニアジドの使用は 患者が重症で 00:04:26.700 --> 00:04:30.380 感情が安定している場合にのみ 推奨されたのです 00:04:31.220 --> 00:04:35.116 もちろん これは抗うつ薬として 使う場合とは正反対です 00:04:35.140 --> 00:04:39.596 医師は結核という1つの病気の視点から 薬を見ることに慣れすぎて 00:04:39.620 --> 00:04:43.540 他の病気に対する より大きな可能性を見逃していました 00:04:44.380 --> 00:04:47.076 ただ公平に言えば 医師だけのせいとは言えません 00:04:47.100 --> 00:04:49.876 「機能的固着」がバイアスとして 影響を与えるのです 00:04:49.900 --> 00:04:53.356 これは ある物を 習慣的な使用法や機能からしか 00:04:53.380 --> 00:04:55.980 捉えられない傾向を指します 00:04:56.740 --> 00:04:58.636 もう1つの問題は メンタルセットです 00:04:58.660 --> 00:05:00.676 これは私たちが あらかじめ持っている 00:05:00.700 --> 00:05:02.666 問題解決に向けての 構想のようなものです 00:05:02.666 --> 00:05:05.756 そして これが転用を とても難しくします 00:05:05.780 --> 00:05:09.316 だからこそ 何でも転用できる 能力を持った人間が 00:05:09.340 --> 00:05:11.140 テレビドラマの主人公になったんです 00:05:11.660 --> 00:05:13.540 (笑) [マクガイバー] 00:05:14.180 --> 00:05:18.516 イプロニアジドもイミプラミンも 00:05:18.540 --> 00:05:19.916 その効果は極めて強力で 00:05:19.940 --> 00:05:22.156 躁状態になったり 廊下で踊ったりするほどでした 00:05:22.180 --> 00:05:25.316 これでは 目につくのも当然ですが 00:05:25.340 --> 00:05:28.820 何か見落としてきたのでは という疑問が湧いてきます 00:05:30.020 --> 00:05:32.196 イプロニアジドとイミプラミンは 00:05:32.220 --> 00:05:34.636 単なる転用の一例というだけでなく 00:05:34.660 --> 00:05:37.636 とても重要な 2つの共通点があるのです 00:05:37.660 --> 00:05:40.156 1つ目は どちらにも 重大な副作用があります 00:05:40.180 --> 00:05:42.796 それには肝毒性 00:05:42.820 --> 00:05:45.796 20kgを超える体重増加 00:05:45.820 --> 00:05:47.596 自殺念慮が挙げられます 00:05:47.620 --> 00:05:51.796 2つ目に どちらも セロトニンの量を増やします 00:05:51.820 --> 00:05:54.156 セロトニンとは 脳の一種の化学信号すなわち 00:05:54.180 --> 00:05:55.380 神経伝達物質です 00:05:56.380 --> 00:05:58.876 この どちらか一方であれば 00:05:58.900 --> 00:06:00.516 それほど重大では なかったかもしれませんが 00:06:00.540 --> 00:06:04.276 2つ揃うと より安全な薬の 開発が必要になりました 00:06:04.300 --> 00:06:07.820 そしてセロトニンが 有力な手がかりに見えたのです 00:06:08.660 --> 00:06:12.556 そこで セロトニン神経系に より直接 働きかける薬 00:06:12.580 --> 00:06:16.236 「選択的セロトニン再取り込み阻害薬」 略して SSRI が開発され 00:06:16.260 --> 00:06:18.996 中でも有名なのがプロザックです 00:06:19.020 --> 00:06:20.996 これは30年前のことですが 00:06:21.020 --> 00:06:24.220 それ以来 研究の中心は 薬の最適化だけでした 00:06:24.740 --> 00:06:27.956 SSRI はそれ以前の薬に 比べるとましですが 00:06:27.980 --> 00:06:30.076 それでも副作用が多く 00:06:30.100 --> 00:06:32.996 体重増加や不眠や 00:06:33.020 --> 00:06:34.220 自殺念慮があります 00:06:35.100 --> 00:06:37.436 しかも効き目が現れるまで かなり時間がかかり 00:06:37.460 --> 00:06:39.996 4〜6週間くらいかかる 患者も多いのです 00:06:40.020 --> 00:06:42.196 それも効き目がある時の話で 00:06:42.220 --> 00:06:45.076 こういう薬が効かない患者も たくさんいます 00:06:45.100 --> 00:06:48.476 つまり 2016年現在 00:06:48.500 --> 00:06:52.316 まだ どんな気分障害にも有効な 治療法はなく 00:06:52.340 --> 00:06:54.396 症状を抑える薬しかありません 00:06:54.420 --> 00:06:58.476 これは 感染症に対して 抗生物質の代わりに 00:06:58.500 --> 00:06:59.916 鎮痛剤を使うようなものです 00:06:59.940 --> 00:07:01.796 痛み止めを使うと 症状は良くなりますが 00:07:01.820 --> 00:07:04.900 原因である病気の治療には まったく役立ちません 00:07:05.700 --> 00:07:08.036 私たちの思考が柔軟になったおかげで 00:07:08.060 --> 00:07:10.996 イプロニアジドとイミプラミンが このように転用できると 00:07:11.020 --> 00:07:13.116 認識することができ それが 00:07:13.140 --> 00:07:15.116 セロトニン仮説に つながりましたが 00:07:15.140 --> 00:07:18.140 皮肉にも 今度はその仮説に 固執するようになったのです 00:07:18.980 --> 00:07:21.516 これはSSRIの CMで描かれた 00:07:21.540 --> 00:07:22.796 脳の信号 セロトニンです 00:07:22.820 --> 00:07:25.180 一応 お伝えしますが これはイメージです 00:07:25.660 --> 00:07:29.716 科学ではバイアスを取り除くために 00:07:29.740 --> 00:07:32.116 二重盲検法による試験を行い 00:07:32.140 --> 00:07:35.836 結果について統計的な先入観が 入らないようにします 00:07:35.860 --> 00:07:40.156 ところがバイアスは 研究対象や研究方法の中に 00:07:40.180 --> 00:07:41.900 ひそかに紛れ込んできます 00:07:43.260 --> 00:07:46.836 私たちはこれまで30年に渡って セロトニンに注目し 00:07:46.860 --> 00:07:49.100 他のものを しばしば無視してきました 00:07:49.860 --> 00:07:51.220 まだ治療法はありませんが 00:07:52.180 --> 00:07:55.596 もし うつ病がセロトニンだけの 問題ではなかったら? 00:07:55.620 --> 00:07:57.676 それが主な要因ですらなかったら? 00:07:57.700 --> 00:07:59.876 そうなると どれだけ時間や 00:07:59.900 --> 00:08:02.636 お金や努力を注ぎ込もうとも 00:08:02.660 --> 00:08:04.580 治療法にはたどり着かないでしょう 00:08:05.500 --> 00:08:08.076 ここ数年で医師たちが発見したのは 00:08:08.100 --> 00:08:13.020 恐らくSSRI以来 初の 本当に新しい抗うつ薬 — 00:08:13.540 --> 00:08:14.836 カリプソルです 00:08:14.860 --> 00:08:18.316 この薬は即効性があり 数時間とか1日で効き目が現れ 00:08:18.340 --> 00:08:20.236 セロトニンには作用しません 00:08:20.260 --> 00:08:22.940 別の神経伝達物質である グルタミン酸に作用します 00:08:23.380 --> 00:08:24.876 しかも これも転用されたものです 00:08:24.900 --> 00:08:27.980 元々は外科手術の麻酔薬として 使用されていました 00:08:28.540 --> 00:08:30.196 ただ 他の薬では 00:08:30.220 --> 00:08:32.035 すぐに効果が認識されたのに 00:08:32.059 --> 00:08:33.756 カリプソルが抗うつ薬だと 00:08:33.780 --> 00:08:36.436 判明するまでに 20年かかりました 00:08:36.460 --> 00:08:39.316 抗うつ薬として この薬は おそらく他の薬より 00:08:39.340 --> 00:08:40.956 優れているにも関わらずです 00:08:40.980 --> 00:08:45.076 たぶんカリプソルが 抗うつ剤として あまりに優れすぎて 00:08:45.100 --> 00:08:46.995 わかりにくかったのでしょう 00:08:47.019 --> 00:08:49.100 効果の兆しである 躁状態が見られなかったのです 00:08:49.580 --> 00:08:52.676 2013年にコロンビア大学で 00:08:52.700 --> 00:08:54.276 私は同僚の 00:08:54.300 --> 00:08:56.276 クリスティン・アン・デニー博士と 00:08:56.300 --> 00:09:00.100 抗うつ薬としてのカリプソルの効果を マウスで研究していました 00:09:00.660 --> 00:09:03.476 カリプソルは半減期が非常に短く 00:09:03.500 --> 00:09:06.556 数時間で体内から排出されます 00:09:06.580 --> 00:09:07.996 まだパイロット試験段階だったので 00:09:08.020 --> 00:09:10.276 マウスに注射して 00:09:10.300 --> 00:09:11.596 1週間経ってから 00:09:11.620 --> 00:09:14.300 別の実験をすることで 経費を節約していました 00:09:15.020 --> 00:09:17.156 私がやっていた実験に 00:09:17.180 --> 00:09:18.836 マウスにストレスを与え 00:09:18.860 --> 00:09:21.076 うつ病のモデルとして 使うものがありました 00:09:21.100 --> 00:09:24.080 最初は まったく効き目が ないようでした 00:09:24.080 --> 00:09:26.070 だから そこで やめていたかもしれません 00:09:26.550 --> 00:09:29.436 ただ何年も このうつ病モデルの 実験を続けたところ 00:09:29.460 --> 00:09:31.356 データが何かおかしいのです 00:09:31.380 --> 00:09:33.236 どうも腑に落ちませんでした 00:09:33.260 --> 00:09:34.476 そこで遡って 00:09:34.500 --> 00:09:35.996 カリプソルを1週間前に 00:09:36.020 --> 00:09:39.836 注射されていたかどうかという点から 00:09:39.860 --> 00:09:41.060 データを再分析しました 00:09:41.940 --> 00:09:43.956 すると結果は こうなりました 00:09:43.980 --> 00:09:46.116 一番左を見てください 00:09:46.140 --> 00:09:48.636 マウスを新しい環境である 00:09:48.660 --> 00:09:50.916 この箱に入れると 興奮して 00:09:50.940 --> 00:09:53.076 歩き回ったり 周囲を探ったりします 00:09:53.100 --> 00:09:57.396 ピンクの線は実際にマウスが歩いた 距離を表しています 00:09:57.420 --> 00:10:00.596 さらに 鉛筆立てに もう1匹マウスを入れて 00:10:00.620 --> 00:10:02.676 2匹が交流できるようにします 00:10:02.700 --> 00:10:05.916 念のため これもイメージです 00:10:05.940 --> 00:10:09.636 普通のマウスなら周囲を探ります 00:10:09.660 --> 00:10:10.900 交流もします 00:10:11.620 --> 00:10:12.996 どうなるか 見てみましょう 00:10:13.020 --> 00:10:15.916 うつ病モデルとして マウスにストレスを与えると 00:10:15.940 --> 00:10:17.220 中央の箱が そうですが 00:10:18.100 --> 00:10:19.996 交流はなく 周囲も探りません 00:10:20.020 --> 00:10:23.300 だいたい後ろの隅 カップの後ろに隠れています 00:10:24.020 --> 00:10:28.046 ところがカリプソルを 1回注射された右のマウスは 00:10:29.060 --> 00:10:31.020 周囲を探り 交流しました 00:10:31.740 --> 00:10:34.220 まるでストレスなど 与えられなかったように見えますが 00:10:35.020 --> 00:10:36.220 それは ありえません 00:10:37.260 --> 00:10:38.980 さて ここでやめてもよかったのですが 00:10:39.780 --> 00:10:44.076 クリスティンも 以前から カリプソルを麻酔として使っていて 00:10:44.100 --> 00:10:45.676 数年前から気づいていました 00:10:45.700 --> 00:10:48.076 この薬には 細胞や ある行動に対して 00:10:48.100 --> 00:10:49.316 奇妙な効果があって 00:10:49.340 --> 00:10:52.356 しかも投与から数週間 程度 00:10:52.380 --> 00:10:53.636 効果が続くらしいのです 00:10:53.660 --> 00:10:54.916 私たちは 00:10:54.940 --> 00:10:57.116 ありえない話ではないとは 思いましたが 00:10:57.140 --> 00:10:58.636 かなり疑っていました 00:10:58.660 --> 00:11:01.196 そこで確証がない時に 科学者がすること つまり 00:11:01.220 --> 00:11:02.420 再実験したのです 00:11:03.460 --> 00:11:06.476 覚えているのは 私が動物実験室で 00:11:06.500 --> 00:11:10.156 ネズミを箱から箱へと移しながら 実験し クリスティンは 00:11:10.180 --> 00:11:13.796 膝の上にパソコンを置いて ネズミの視界に入らないように 00:11:13.820 --> 00:11:15.236 床に座りながら 00:11:15.260 --> 00:11:17.516 リアルタイムでデータを 分析していた様子です 00:11:17.540 --> 00:11:18.916 それから 実験室で 00:11:18.940 --> 00:11:22.236 本当はダメなんですが 2人で叫んだのを覚えています 00:11:22.260 --> 00:11:23.836 実験がうまくいったのです 00:11:23.860 --> 00:11:28.236 対象のネズミは — 言い方は色々あるでしょうが 00:11:28.260 --> 00:11:31.316 ストレスから守られているというか 不自然な多幸感を示していて 00:11:31.340 --> 00:11:33.780 私たちはとても興奮しました 00:11:34.820 --> 00:11:38.300 ただ うまくいき過ぎに思えて 疑念がわいてきたので 00:11:38.860 --> 00:11:40.060 再実験したのです 00:11:40.740 --> 00:11:43.476 その後 PTSDモデルで実験し 00:11:43.500 --> 00:11:45.916 ストレス・ホルモンを投与する 00:11:45.940 --> 00:11:48.156 生理学的モデルでも試しました 00:11:48.180 --> 00:11:49.796 授業でも学生に実験させ 00:11:49.820 --> 00:11:53.940 地球の裏側 フランスの協力者にも 実験してもらいました 00:11:54.780 --> 00:11:57.996 そして実験の度に 同じ結果が確認できたのです 00:11:58.020 --> 00:12:00.836 どうもカリプソルを1度注射すると 00:12:00.860 --> 00:12:03.620 何週間もストレスから 守られるようでした 00:12:04.180 --> 00:12:06.036 結果を公表したのは つい1年前ですが 00:12:06.060 --> 00:12:10.140 それ以降 色々な研究施設が それぞれ効果を確認しています 00:12:10.940 --> 00:12:12.860 さて うつ病の原因は不明ですが 00:12:13.460 --> 00:12:17.156 わかっているのは 症例の80%が 00:12:17.180 --> 00:12:19.516 ストレスがきっかけで 発症していることです 00:12:19.540 --> 00:12:21.756 うつ病とPTSDは別の病気ですが 00:12:21.780 --> 00:12:23.796 両者に共通するのは この点です 00:12:23.820 --> 00:12:25.636 激しい戦闘や自然災害 00:12:25.660 --> 00:12:28.556 地域社会での暴力や性的暴行といった 00:12:28.580 --> 00:12:31.036 心的外傷性ストレスは 00:12:31.060 --> 00:12:33.340 PTSDの原因になりますが 00:12:33.980 --> 00:12:39.596 ストレスに晒された人が全員 気分障害を発症するとは限りません 00:12:39.620 --> 00:12:42.516 ストレスを経験しても 立ち直って回復し 00:12:42.540 --> 00:12:46.700 うつ病やPTSDを発症しない力を 00:12:47.500 --> 00:12:49.756 「ストレス耐性」と呼びますが 00:12:49.780 --> 00:12:51.636 これには個人差があります 00:12:51.660 --> 00:12:54.996 ストレス耐性とは 受動的特性のようなもので 00:12:55.020 --> 00:12:57.556 気分障害の感受性因子や 危険因子が欠如した状態だと 00:12:57.580 --> 00:12:59.660 私たちは考えてきましたが 00:13:00.620 --> 00:13:02.500 もしも身に付けられる ものだとしたら? 00:13:03.420 --> 00:13:04.916 おそらく鎧をつけるように 00:13:04.940 --> 00:13:07.100 ストレス耐性を 強化できるかもしれません 00:13:08.220 --> 00:13:12.820 私たちが偶然発見したのは ストレス耐性を強める 初の薬でした 00:13:13.740 --> 00:13:16.516 先ほど お話しした通り この薬を少し与えるだけで 00:13:16.540 --> 00:13:18.116 効果は何週間も 持続しますが 00:13:18.140 --> 00:13:21.356 これは抗うつ薬には 見られないことです 00:13:21.380 --> 00:13:25.700 一方 これは免疫ワクチンの効果に 少し似ています 00:13:26.180 --> 00:13:29.116 免疫ワクチンでは 注射を打ってから 00:13:29.140 --> 00:13:32.516 何週間、何か月、何年も経って 00:13:32.540 --> 00:13:34.876 実際に細菌に晒された時 00:13:34.900 --> 00:13:37.356 体を守るのはワクチンではありません 00:13:37.380 --> 00:13:38.756 自分の免疫システムが 00:13:38.780 --> 00:13:42.916 抵抗力や耐性を高め 細菌を撃退するので 00:13:42.940 --> 00:13:45.076 感染しなくなるのです 00:13:45.100 --> 00:13:48.156 これは 普通の治療法とは だいぶ違うでしょう? 00:13:48.180 --> 00:13:51.996 普通の治療法では 細菌に晒され 感染し 00:13:52.020 --> 00:13:55.876 病気になると 治療するために 例えば抗生物質を飲みますが 00:13:55.900 --> 00:13:59.140 そういう薬は実際に細菌を 殺す働きがあります 00:13:59.780 --> 00:14:02.276 また 先ほど話した 苦痛緩和剤のような 00:14:02.300 --> 00:14:05.156 症状を抑えるものを 飲むことになりますが 00:14:05.180 --> 00:14:07.876 その薬は 原因である 感染症は治療せず 00:14:07.900 --> 00:14:11.236 気分が良いのは 薬が効いている間だけなので 00:14:11.260 --> 00:14:13.196 飲み続ける必要があります 00:14:13.220 --> 00:14:15.916 うつ病やPTSDの場合 00:14:15.940 --> 00:14:17.916 ストレスに晒され 起きるのですが 00:14:17.940 --> 00:14:20.556 苦痛緩和ケアだけが 唯一の治療法です 00:14:20.580 --> 00:14:23.076 抗うつ薬は症状を抑えるだけで 00:14:23.100 --> 00:14:25.956 病気が続く限り 基本的にはその薬を 00:14:25.980 --> 00:14:27.676 飲み続ける必要があり 00:14:27.700 --> 00:14:29.900 その期間は一生に及ぶ 場合も多いのです 00:14:30.940 --> 00:14:34.970 私たちは この耐性強化薬 カリプソルを 「パラワクチン」つまり 00:14:34.970 --> 00:14:36.716 ワクチンに似たものと呼んでいます 00:14:36.740 --> 00:14:39.236 なぜなら これは ストレスから身を守ってくれる 00:14:39.260 --> 00:14:41.076 可能性があるように見え 00:14:41.100 --> 00:14:44.516 マウスが うつ病やPTSDを 発症するのを 00:14:44.540 --> 00:14:47.300 防いでくれている かもしれないからです 00:14:47.780 --> 00:14:51.220 また 抗うつ薬が全部 パラワクチンになるわけではありません 00:14:52.300 --> 00:14:53.916 プロザックも試しましたが 00:14:53.940 --> 00:14:55.300 効果は見られませんでした 00:14:56.060 --> 00:14:59.076 もし実験結果が人間にも 当てはまるとすれば 00:14:59.100 --> 00:15:01.676 ストレスが原因となる 00:15:01.700 --> 00:15:03.956 うつ病やPTSDといった疾患の 00:15:03.980 --> 00:15:07.836 リスクがある人々を 守れるかもしれません 00:15:07.860 --> 00:15:10.996 緊急救急隊員や消防士 00:15:11.020 --> 00:15:15.156 難民、受刑者と看守、兵士など 00:15:15.180 --> 00:15:17.260 あらゆる人々です 00:15:18.220 --> 00:15:22.020 こういった病気が どのくらい広がっているかというと 00:15:22.620 --> 00:15:25.676 2010年の世界の疾病負荷は 00:15:25.700 --> 00:15:29.540 推定2.5兆ドルでしたが 00:15:30.060 --> 00:15:31.596 これらは慢性の病気なので 00:15:31.620 --> 00:15:34.836 コストは積み重なり わずか15年後には 00:15:34.860 --> 00:15:38.100 6兆ドルにも上ると 予想されています 00:15:39.460 --> 00:15:41.039 先程お話した通り 00:15:41.064 --> 00:15:45.140 私たちにバイアスがあるせいで 薬の転用が難しい場合があります 00:15:45.860 --> 00:15:47.380 実は カリプソルは別名 00:15:48.100 --> 00:15:49.300 ケタミンといいます 00:15:50.380 --> 00:15:51.940 さらに もう1つの名前は 00:15:52.460 --> 00:15:53.876 スペシャルK — 00:15:53.900 --> 00:15:56.300 クラブドラッグで麻薬です 00:15:57.540 --> 00:16:00.636 また 今でも世界中で麻酔薬として 00:16:00.660 --> 00:16:03.516 子供にも戦場でも使われています 00:16:03.540 --> 00:16:06.516 多くの新興国で この薬が使われているのは 00:16:06.540 --> 00:16:08.396 呼吸を抑制しないという 利点があるからです 00:16:08.420 --> 00:16:13.100 世界保健機関の必須医薬品リストにも 掲載されています 00:16:13.580 --> 00:16:17.140 最初からパラワクチンとして ケタミンを発見していたら 00:16:17.820 --> 00:16:20.676 開発は容易だったでしょうが 00:16:20.700 --> 00:16:24.556 凝り固まった従来の思考法から 00:16:24.580 --> 00:16:27.380 逃れる必要があるのが現状です 00:16:28.700 --> 00:16:32.556 幸い これは私たちが発見した 予防的でパラワクチンの効果を持つ 00:16:32.580 --> 00:16:36.020 唯一の化合物というわけでは ありませんが 00:16:36.700 --> 00:16:38.900 発見した他の薬 あるいは化合物は 00:16:39.780 --> 00:16:41.956 新たに発見されたものばかりで 00:16:41.980 --> 00:16:45.596 人に投与できるようになるとしても それ以前に 00:16:45.620 --> 00:16:49.196 FDAの認可プロセスを 一通り経なければなりません 00:16:49.220 --> 00:16:50.876 完了までには数年かかるでしょう 00:16:50.900 --> 00:16:53.156 もっと早く手に入れたければ 00:16:53.180 --> 00:16:55.556 既にFDAの認可を得た ケタミンがあります 00:16:55.580 --> 00:16:58.276 ジェネリック医薬品があって 広く利用可能です 00:16:58.300 --> 00:17:02.460 つまり わずかな経費と時間で 製造できます 00:17:03.380 --> 00:17:07.756 ただ 実際には 機能的固着や メンタルセット以上に 00:17:07.780 --> 00:17:11.356 薬の転用を妨げている ものがあります 00:17:11.380 --> 00:17:12.579 政策です 00:17:13.179 --> 00:17:15.395 薬の特許が切れて 00:17:15.419 --> 00:17:19.155 ジェネリックになり独占できなくなると そういう薬を製造する 00:17:19.179 --> 00:17:21.516 積極的な動機は薄れます 00:17:21.540 --> 00:17:22.969 儲からないからです 00:17:23.380 --> 00:17:26.500 これはケタミンに限らず どの薬にも当てはまります 00:17:27.579 --> 00:17:33.236 それでも 薬を使って精神疾患を 治療するのではなく 00:17:33.260 --> 00:17:37.156 予防するという考え方自体は 精神医学では 00:17:37.180 --> 00:17:38.540 まったく新しいものです 00:17:39.740 --> 00:17:44.796 この先 20年後、50年後、100年後には 00:17:44.820 --> 00:17:48.916 現在のうつ病やPTSDにまつわる状況を 00:17:48.940 --> 00:17:52.100 私たちが結核療養所を振り返るように 過去の遺物として 00:17:52.100 --> 00:17:53.900 振り返れるようになるでしょう 00:17:54.180 --> 00:17:59.420 これは蔓延する精神障害を なくせる兆しかもしれません 00:18:00.380 --> 00:18:03.580 ただ 科学に詳しい ある偉大な人は こう言いました 00:18:04.900 --> 00:18:07.156 「確実と思うのは愚者 — 00:18:07.180 --> 00:18:09.220 推測し続けるのが賢者」 00:18:09.634 --> 00:18:11.014 [マクガイバー] 00:18:11.020 --> 00:18:12.216 ありがとう 00:18:12.240 --> 00:18:14.790 (拍手)