イエスの召命 ようこそ レッスン19は『聖書の全貌』です この動画で扱うのは 最も大切なことです 最も大切なこととは なぜ、私たちはここにいるのか? 何が 人を神から引き離し いかに 罪が人を神から引き離したのか イエスが 十字架でなされたことは何なのか?についてです これは ものすごく重要なことです 私達が これを理解することは大切です あなたが これを理解することは大切です また 時間をかけて あなたがこれを他の人達に説明することや 聖書の全貌を伝えることは大切なことです “感じ良い人”になって妥協することがないように あまりにも多くのクリスチャンが“良い人”で 人が苦しむのを見たくないため何も話さず 沈黙して罪について 話そうとしません その問題に触れたくないのです しかし、人はキリストを受け入れる前に罪について知る必要があります 想像してみてください ガン患者を診察する医者を その患者は 重篤な状態で死期が近づいています でも その医者には治療薬があります この薬は よく効きます 患者が 用法を 100%守るならば 用法をすべて守り毎日一定時間に 服用しなくてはいけません さもないと その薬は効きません 医者は その患者が来たら こうは言いません 「悪いところは無く問題ありませんが 飲みたければ この薬を飲むといいでしょう 用法を守ることを お勧めしますが なんであれ大丈夫です」 いいえ 医者は 恐れずに真実を告げます 実のところ 全身に癌があります 全身に癌があり あなたは死ぬでしょう あなたは死ぬでしょう もし・・・・ この癌を 治療しなければ すでに 癌は そこら中に転移しています」と そして 時間をかけて 癌についてと いかに 癌が体を蝕むのかを 説明します 患者は 泣き出し 悲しむかもしれません なぜか? それが真実だからです この悪い知らせを 告げずして 患者は 良い知らせを 受け取れないのです そして、彼が患者にその悪いニュースと 悪い知らせの後 全身が癌だと 患者に告げた後で 医者は こう言えます 「でも・・・ 「でも 良い知らせです この治療があなたを助けますが 100%従わなくてはいけません」 その瞬間その時には 先に 悪い知らせを聞いていた患者は その治療を受け入れ 100%従う準備ができています 悪い知らせとは 罪のことです 私達は 誰もが 罪を犯しました そのことを 知らなくてはいけません 私が イエスのことを 人に話す時は ことの始まりから 話すのが好きです 私がお勧めするのは ことの始まりから話して どこから すべてが狂いだしたのかや 神が 地上を どうご覧になっているかや なぜ 赦しが必要なのかを 人々に示すことです どのように 神が天地を創造されたかや ご自分の全創造物を「非常に良い」と 言われたことが記されています 初めに神が創造されたものは 全て良く 完璧だったのです 神は 完璧な世界を お造りになりました 人は そのことを 知る必要があります また 私が焦点を当てるのは いかに 人が神と歩んだのかです 創世記2章に 神によるアダムとイヴ創造の詳細と ご自身とともに エデンの園に 彼らを置かれたことが記されています 創世記2章には神が アダムとイブを創造し 彼らを エデンの園に置いて 園の世話をさせ 彼らが 神と歩んでいた様子が 書かれています また こうも書かれています 園の中央には いのちの木があり その木から食べると 永遠に生きるようになるが もう一本 善悪の知識の木もあり この木から食べることは 彼らに許されていませんでした しかし 彼らは 神の命令に背き 食べてはいけない木から 取って食べたと書かれています そのために 彼らは 園を追放され 神から 引き離されました なぜか? いのちの木からも食べて 永遠に生きることのないようにです そうなれば罪の問題を 持ち続けてしまうからです これが ことの始まりです 初めは・・・ 神が 人を創造したのは ご自身とともに歩ませるため 親しい交わりを持つためでした 神と人は エデンの園をともに歩き 親しく交わり 神が造った世界は 完璧でした 人は 命の木から食べて 永遠に生き すべて 上手くいくはずだったのに 彼らは 神に背き 禁じられた木から食べ 罪が入ってきました 神は 言われました 「彼らが いのちの木からも食べれば 彼らは 永遠に生き 罪の問題を抱えたままになる それで 人は 園を追放され いのちの木から 離され 神から 引き離されたのです そして、人々がこれを知ることはとても重要です 非常に重要なことは これが発端だと知らせ 今日の世界が なぜこうなのかを 明確に説明することです 現在の世界は 完璧とは言えません この世界は 完璧からは ほど遠く 間違った道を 破滅に向かっています 私の出会った多くの人が こう言います こんなに酷いあり様なのに どうして神がいるものか その答えは 始まりにあります 神が造られた世界は こんなではなかったのです 神は完璧な世界を創造し 人は神と共に歩んでいました しかし 人は 反逆して 罪を犯し エデンの園から 追放されたのです その時から 世界は悪くなる一方でした 神は 今日の世界を見て こうは言われません 「すべて愛おしい! とても美しい!」 「地上の悪すべてが 素晴らしい!」 いいえ! そのようには ご覧になりません 創世記6:5-6には こう書いてあります 『主は 地上に 人の悪が増し 常に悪いことばかりを 心に思い計っているのを御覧になって 地上に人を造ったことを後悔し、 心を痛められた ここで 神が 地をご覧になり 人を創造したことを 後悔したことが分かります 罪のためです 神は深く 心を痛めたのであって 「すべて素晴らしい!」とは 言われませんでした 神は 地上のこのあり様を 好まれなかったのです お好きではないのです その頃 ノアを見出した神は 彼に箱舟を造らせ 人間の罪のゆえに 世界を裁いたのです しかしながら ノアが箱舟から 降りるやいなや 人はまた 罪を犯したのです なぜなら ただ 地上に 罪が存在するというのではなく 人の奥深くに 存在するからです 罪は 人の奥深くにあり あなたの奥深くにあり 私の内にも 神から離れ 新生せず まだ 新しい心を持っていない すべての人の内にあります 問題なのは私たちの心であり 罪なのです ここから 始めなくてはいけません 事の発端から 始める必要があるのです どうして 救い主を求めるでしょうか? 自分の滅びを知らないなら どうして 赦しを求めるでしょうか? 罪を犯したことを知らないなら 教会である私たちは たいへんに重大な間違いを犯してきました 私たちが、自分を良しとする人々、 自らを義とし 罪の認識が無い人々に イエスを伝えてきたことです それは豚に真珠を投げるようなものです マタイ7:6で イエスは言われました ”真珠を豚に投げてはならない 豚はそれを足で踏みつけ 向き直って あなたがたを引き裂くであろう 私たちがやってきたのはこれです イエス様、イエス様、イエス様 ばかり伝えて 先に罪のことを 話さないのです 人々は 私たちをあざけり 「なんでイエスが必要なのか?」と 言い返してきます これはだめです 罪について 時間をかけて話す必要があります 理解できるように 助けなくてはいけません 彼らが 罪を犯し 救い主を必要とすることを その前に 病気について話す前に 治療のことは話せません ローマ書3:23には こう書いてあります 人は皆 罪を犯したため 神の栄光を受けられなくなっています すべての人は罪人なのですが そのことがわからないのです 自分が罪を犯していることを 理解していません ですから 信徒の私たちは 自分の罪がわかるように手助けしなくてはいけません 神の律法を用いて 私自身が よく使うマタイ5章では 色々なことについてイエスは語っておられます ある時 怒りについて 話されました マタイ5:21~22です あなたがたも聞いているとおり 昔の人は 『殺すな。人を殺した者は裁きを受ける』 と命じられている しかし わたしは言っておく 兄弟に腹を立てる者は だれでも裁きを受ける 兄弟に『ばか』と言う者は 最高法院に引き渡され 「愚か者」と言う者は 火の地獄に投げ込まれる ものすごく 強烈な言葉です 『隣人を自分のように愛しなさい』は よく聞きますが こういう強い言葉は あまり耳にしません でもこれは真理です 人を殺せば有罪ですが イエスは さらに踏み込みました 心が問題だからです 心に憎しみを抱くなら すでに有罪だと言われたのです 「ばか」とか「愚か者」と 誰かに言うなら 有罪で 地獄行きなのです これはイエスの言葉です 続いて 失われた人々のことを 語っておられます マタイの5:27~30 あなたがたも聞いているとおり 『姦淫するな』と命じられている しかし わたしは言っておく みだらな思いで 他人の妻を見る者はだれでも 既に心の中で その女を犯したのである もし 右の目があなたをつまずかせるなら えぐり出して捨ててしまいなさい 体の一部がなくなっても 全身が地獄に投げ込まれない方が ましである もし 右の手があなたをつまずかせるなら 切り取って捨ててしまいなさい 体の一部がなくなっても 全身が地獄に落ちない方がましである これはイエスの言葉です イエスが言われたことです なぜ こんなことを? なぜなら 罪の深刻さを 知る必要があるからです 救い主を必要とするには 自分の罪を知らなくてはいけないからです そして、それが問題なのです 自分を義とする当時のパリサイ人は イエスの必要性を理解しませんでした 自分の罪に気づいた人は 救い主を必要とした人でした 心当たりは無いですか? 情欲を抱いて 誰かを見たことは? ポルノを観たことは? 現在そういうことを していませんか? 罪の中で 生きていませんか? そうなら あなたは失われた者です あなたには 新しい心が必要です ボーンアゲイン(新生) しなくはいけません あなたには 新しい心と新しい霊が必要ですし 罪からの自由が必要です 神がいることを信じるだけでは 十分ではありません あなたには新しい心が必要なのです。 罪を洗い流すことと 新しい霊が必要です あなたの中に 新しい命が必要なのです。 私が あなたの人生を撮影するカメラを 持っているとしましょう 私が 罪について話す時 このたとえをよく使うのですが 私が あなたの人生を撮影していると 想像してみてください あなたの全人生が カメラに収められていて 私には すべてが見えますが 良い行いは見えません なぜなら 良い行いは得点とならず 悪い行いは減点されるからです 「減点分より得点を稼けばOKだ」と 違います。 良い行いは0点です 良い行いは 当然のことだからです しかし 罪は罪 それは 減点です あなたの人生が カメラに収められていて あなたの一生を お見せするとしましょう あなたの 汚れた言葉や 汚れた行い 悪い言葉や 悪い行い 何かを盗んだ時 神の言葉を悪用した時 情欲を抱いて誰かを見て みだらな空想に耽った時 嘘をついた時 神の律法を破った時などをです ヤコブの2章によると 「律法全体を守ったとしても一つの点でおちどがあるなら すべての点について 有罪となる」のです あなたの人生が カメラに収められているとして 最も邪悪で 自己中心的で 汚れた部分を あなたと全世界に見せたなら あなたは ひどく恥じ入ることでしょう 周りの人たちに 陰で あなたが見ていたものや 考えていたこと、やってたことを知られたなら 恥じ入ることでしょう あなたは 有罪、有罪、有罪、有罪なのです あなたも そして誰もが 地獄に値するのです なぜか 神は善で あなたはそうではないからです 自分に罪が無いというなら 神を偽り者にしていて あなたの内に真理は無い と聖書は言います これが真理です このことを知る必要があります 自分が どれだけ罪を犯したのかや 罪とは何かを知る必要があります 福音-キリストを語る前に ルカ7章で イエスは あることを語られました 金貸しから借金をした 二人の人の話です 金貸しは 二人とも 借金を免除してやりました ひとりは 500デナリ もう一人は 50デナリです イエスは聴衆に尋ねました 「どちらが 多く金貸しを愛するか?」と 彼らは答えました 「免除された額の多い方です」 イエスは続けます「だから 言っておく」 罪に陥った女の話です 「この人が 多くの罪を赦されたことは わたしに示した愛の大きさで分かる 赦されることの少ない者は 愛することも少ない」 イエスが 伝えようとされたのは 一番多く愛する者 または より多く愛する者は より多く赦されている者だということです なぜ 今日の教会の人達は その者たちのようにより多くイエスを愛さないのか 答えは シンプルです 自分がどれほど赦されているのか 分かっていないからです 自分の罪も 自分がどれだけ赦されたのかも 真に理解していないのです 生涯 教会で過ごしてきた “良い人”であれ 薬物中毒で 刑務所に入っている人であれ 有罪であることに 変わりありません “良い人”のあなたが 自分の罪を見つめ始めるなら 薬物中毒で服役したホームレスと同じだけ イエスを愛するようになるでしょう あなたも 彼らと同じだけ 赦されているからです なぜなら 私たちは 皆 罪を犯したからです その人の罪に触れないことが 親切ではありません その逆です その人の罪について触れず 目を向けさせないなら 彼が 救い主を必要とすることは 決してないでしょう 決して 真に悔い改めることも イエスを本当に愛することもないでしょう その人を愛するなら 事の始まりから 話して なぜ 自分に救い主が必要なのかを 分からせないといけません ワクチン / イエスを 差し出す前に その人の病を示し その人の罪を示すのです 前回も お伝えしましたが 私たちの 教材や動画で 福音の伝え方を教えてるので 視聴をお勧めします この説明欄に まとめてリンクを貼っておきます 『コップとクッキー』という動画や 福音カードを使った動画もあります 心からお勧めすることは 次回の動画までに 時間をかけて それらを見て 福音の伝え方を 学ぶことです 人の罪について話す時 こんな態度ではいけません 「あなたは これをした」 「あなたは...」ではなく キリストの言葉 イエスの言葉を用いて イエスは 言われました 「だれでも情欲を抱いて誰かを見る者は すでに心の中で姦淫を犯したのです」 身に覚えがある? それは 神の律法を 犯したということです こうも言われました 「一つの律法を犯すなら律法全てについて有罪となる」とか また「憎む者は 人殺しだ」と 誰かを 憎んだことがあるのなら あなたは人殺しです 有罪宣告をするのではなく 正直に 率直に話してください その人が自分の罪や 自分の邪悪な石の心を 悟れるように その人が それを理解したら 解決を示してください 私が 福音を伝える時・・・ 数週間前・・・いや 一週間前もそうしたのですが 「10分ください 福音を説明させてください」と ある男性と座りました 私は 伝道し始めたのですが 罪の話をしても まったく無関心でした 私はどうしたか? そこで 止めて イエスのことや 解決策を伝えませんでした 彼の準備が まだだったからです 罪の話から 始めてください その際 罪とは何なのかを 説明してください 医者ががん患者に 説明するように それから言うのです 「でも 良い知らせがあります」と 次回の動画は 『良い知らせ』についてです では また バイバイ! イエスの召命