のろしは間違いなく、情報伝達の技術としては最も古いもので、
おそらく火が初めて使われた時代にさかのぼる。
のろしは、遠く離れた人間の知識状態に影響を与えることができる。
何かが存在「する」か「しない」かに気づくことができれば、
2つの知識状態のうち1つに切り替えることができるからだ。
1つの違いが、2つの状態に。
歴史を振り返れば、
軍事は効率的な意思疎通に強く依存するため、
この技術が大きく貢献したのが分かる。
きっかけは、ギリシャ神話に登場するカドモスだ。
フェニキア人の王子である彼は、ギリシャに表音文字をもたらした。
ギリシャ文字の起源であるフェニキア文字が、
軽くて安価なパピルスにより伝えられ、
その伝達力の強さは、聖職者から軍事階級まで影響を与えた。
ギリシャの軍事史には、のろしを始めとした意思伝達の、
初期の進歩の証拠が見られる。
ポリュビオスは紀元前200年生まれのギリシャの歴史家だ。
彼の著書『歴史』には、
当時の意思伝達技術についての発見が詳細に記されている。
本にはこうある:「適切な瞬間に行動する力が、
事業の成功にとって極めて重要である。
そして のろしは、それを促進するための最も効率的な装置である。」
しかし、彼はのろしの限界についても記していた。
「伝える情報を次のように事前に取り決めれば、のろしは有効だ。
例えば『船隊が到来』など。
しかし次の場合は伝えようがない:
ある市民が反逆罪であるとか、
町で大虐殺が起きているとか、
よくあるけれども全てを予測できない場合には、
全く太刀打ちできないのだ。」
のろしは、生じ得るメッセージ空間が小さい時に有効だ。
例えば敵が来たか来ないかなど。
しかし、生じ得るメッセージの総数が増え、メッセージ空間が大きくなると、
様々に違ったやり取りをする必要がある。
そして、ポリュビオスは次の技術も歴史書に記した。
発明者はアイネイアス・タクティコス、
最も初期の兵法の作家の1人で、
紀元前4世紀に生まれた。
彼の技術は次のように記載されている:
「のろしを用いて緊急の知らせをお互いにやり取りするためには、
まず全く同じ幅と深さの容器を2つ用意する。
そして真ん中に棒を通す。
棒には等間隔で目盛りを付け、
目盛りを区別するため、横にギリシャ文字を表示する。
各文字は、対応表の中の1つのメッセージに対応する。
戦争でよく起こる出来事を、メッセージとして割り振っておくのだ。
通信は次の手順で行う:
まず送信者は松明を掲げ、メッセージがあることを知らせる。
次に受信者も松明を掲げ、受信する準備ができたことを知らせる。
そして送信者が松明を下ろすと同時に、
容器の底にあけられた同じ大きさの穴から、双方が排水を始める。
伝えたいところに達した時点で、送信者は松明を掲げ、
それを合図に双方が排水を止める。
双方の水位は等しくなり、
これが共有されたメッセージとなる。
この巧妙な手法では、メッセージを伝えるために時間差を用いた。
しかし これには時間がかかり、伝達能力は限られていた。
ポリュビオスはさらに新しい手法について記していた。
発案者のデモクリトスが言うには「私の論こそ完ペキだ」とのことで、
その手法は明確かつ伝達性に優れ、
あらゆる種類の緊急メッセージを正確に伝えることができる。
「ポリュビオスの換字表」として知られるその手法とは、次のようなものだ:
遠く離れた2人がそれぞれ松明を10本持ち、
それを5本のグループ2つに分ける。
始めに、送信者は松明を掲げ、受信者の応答を待つ。
次に、各グループの松明のうち特定の数だけを灯し、それを掲げる。
受信者は次に、1番目のグループで灯された松明の数を数える。
この数は、共有のアルファベット表の、ある行番号を表す。
そして2番目のグループの松明は、この表の列番号を表す。
行・列番号の交点が、送信された文字となる。
さてこの手法は、2文字のやり取りとみなせるのだ。
松明5本のグループが1文字で、5種類のみの文字とみなす。
1から5本で5種類だ。
これらの文字を2つ合わせると、
掛け合わせて 5 × 5 = 25種 になる。
5 + 5 ではないのだ。
この掛け算が意味することは、
この話の中で重要な、組み合わせに関する理解があったことだ。
このことは紀元前6世紀のインドで書かれた、
ススルタ著の医学書にはっきり示されている。
古代インドの賢人ススルタは、次のように記した:
「6種類の異なるスパイスがあるとき、
異なる味を何種類つくることができるか?」
さて、スパイスの混ぜ方は、
次の6つの質問に分解することができる。:
Aを加えるか? はい/いいえ
Bを加えるか?
Cは?
Dは?
Eは?
そしてFは?
こうして回答列のパターン数が、
木のように倍々に増えていくのがポイントだ。
2 x 2 x 2 x 2 x 2 x 2 = 64 より、
64通りの異なる回答列を作ることができる。
イエスorノー形式の質問が n 個あるとき、
考えられる回答パターンは 2のn乗 個になるのが分かるだろう。
さて 1605年、フランシス・ベーコンは、
この着想をもとに、たった2通りの違いからー
全種類のアルファベットを送信できることをはっきり説明した。
ベーコンの「バイラテラル暗号」の説明が遺っている:
「2種類の文字を5つ並べれば、
32種を表すのに事足りる。
この技を用いると、2種類の状態を持つ物体を用意するだけで、
距離に関係なく、ある人の心の中の意図をー
表明する方法ができたことになる。」
全種類のアルファベットをやり取りするために2種のものを利用するというー
単純な考えは、17世紀に大きな飛翔を遂げた。
きっかけは、1608年のリッペルスハイと1609年のガリレオが望遠鏡を作ったことだ。
人間の視覚の及ぶ範囲が急激に伸び、
3倍、8倍、33倍…と増えていったのだ。
そのため、はるかに遠い距離間でも、2種類の差異を観測できるようになった。
イギリスの博学者であるロバート・フックはー
レンズを使った人間の視覚の拡張に興味を持ち、
1684年に王立協会でこう語って議論に火を付けた。
「理論の実現があと少し進めば、
ロンドンで文字を掲げた直後に、
同じ文字をパリで見ることができるだろう。」
それからというもの、状態の違いをより遠くへー
効率的に伝達するための発明が、あふれるように生まれた。
1795年に生まれたある技術によって、
2種類の違いのみで全てのことをやり取りできると完璧に示された。
ジョージ・マレー卿の「腕木通信」が、
イングランドの脅威「ボナパルト家支持者」に対するイギリスの対応に用いられた。
これは回転する6つのシャッターからなり、
それぞれ「開」か「閉」どちらかにセットできる。
ここでは、シャッターそれぞれを「2種の違い」とみなせる。
6つのシャッターは、6つの質問に該当する。「開」か「閉」か?
その違いは 2の6乗 = 64通りあり、
全ての文字と数字を割り当てても余るほどだ。
さて、 この標識塔を観測するのは、
64通りある決定木の経路のうち、1つを観測することでもあるのだ。
これと望遠鏡があれば、複数の標識塔を通してー
とてつもない距離へ文字を送信できるようになった。
しかし1820年の発見が、革命的な技術につながった。
通信機間で2種の文字を通信できる距離において、
後世まで影響をもたらした技術だ。
その新しい着想は、私達の「情報化時代」への道しるべとなったのだ。